歯の病気、放置すると医療費が1.7倍? 歯と健康の意外な関係。
たかが歯と侮るなかれ。むし歯を放置し歯を失う。事はお口の中にとどまらない。全身を蝕み、金を失い、寿命を縮めるリスクがあることを知ろう。
取材・文/石飛カノ 撮影/内田紘倫 スタイリスト/高島聖子 ヘア&メイク/村田真弓 イラストレーション/加納徳博 取材協力・資料提供/竹内研時(東北大学大学院歯学研究科特命教授) 編集/CAPSTAR
初出『Tarzan』No. 913・2025年10月23日発売

教えてくれた人
竹内研時(たけうち・けんじ)/東北大学大学院歯学研究科歯学イノベーションリエゾンセンターデータサイエンス部門特命教授。口腔保健に関するヘルス・ビッグデータを分析し、政策科学研究に携わる。
1.歯とお金|歯の病気放置で医療費が1.7倍に。
歯の病気に罹ると痛みで仕事を休んだりパフォーマンスが落ちる。それによる社会的な損失額は約48兆円(!)という報告がある。
「また、歯科疾患の診断をされて歯科医院に行く人と行かない人では医療費が異なることも分かっています。歯科疾患を放置している人はそうでない人に比べて2年間で約1.7倍医療費がかかる可能性があります」
歯の病気の放置は他の疾患を招くということ、覚えておこう。
累積医療費の比較。

歯科を受診したグループと受診しなかったグループを2年間追跡し、累積医療費を比較。前者を1とした場合、後者は約1.7倍医療費がかかった。
出典/衣川安奈ら、第83回日本公衆衛生学会総会
2.歯数と健康寿命|歯が少ないと健康寿命が短い。
人生100年時代と言うけれど、ただ長生きすればいいという話ではない。理想は自立した生活を営み、最期までQOLを維持すること。そう、健康寿命の延伸こそが超高齢化社会の大きな課題。
その健康寿命に歯の数が少なからず影響していることが分かっている。下のグラフをご覧いただこう。65歳以上の高齢者で歯が20本以上残っている人と、それ未満の人を比較すると、オレンジの部分の健康寿命が歯の数と比例して短くなっていくのが分かる。
「他にも口腔状態の悪化が要介護リスクを上げるという研究もあります。高齢者全員の歯の本数が20本以上という世界になったら、要介護発生の時期も遅れ、健康寿命の延伸が期待できると思います」
高齢者の歯の数と健康寿命の比較。

男性は歯の数と健康寿命がきれいに比例。女性は顕著な差はないが20本と0本では後者の健康寿命が短い。
出典/Matsuyama et al., J Dent Res, 2017
3.歯科疾患と全身疾患|歯の病気と思わぬ病の関連。
前述したように、歯の病気をほったらかしにしていると、歯科医にかかる治療費は節約できても、その他の医療費が嵩んでいく。
下の表は歯のトラブルと全身疾患との関わりを表した一部の例。糖尿病患者は歯周病になりやすく、歯周病患者は糖尿病を悪化させやすい。これは数多くの研究がなされているよく知られた話。
また、肺の炎症など呼吸器系の病気は歯周病だけでなくむし歯や口の中を不衛生にすることでも引き起こされる。口の中の細菌が誤嚥によって肺に達し、炎症に繫がると考えられている。
後に解説するが歯周病や歯の喪失が認知症やがんに関わっていることも分かってきているほか、なんと歯周病やむし歯が肥満にも関係しているという説も。歯医者さんキライと言ってる場合ではない。
全身疾患と口腔疾患の一例。

疫学的関連が最も強い糖尿病以外にも、関連の強さが中等度の意外な全身疾患は数多い。
資料提供/竹内研時
4.歯数と死亡リスク|歯を失うと命も失うリスクが!?
運動不足に喫煙に飲酒、ストレスに高い血圧。死亡のリスクを高めるファクターは数え上げればキリがない。その中でダントツのリスクは何といっても年齢。歳を重ねればどんなに健康志向の人もまたその逆の人も、等しく死亡リスクは増していく。
その年齢を織り込み済みとして、それ以外のさまざまな死亡リスクを比較した研究がある。
「2023年に私たちの研究室で行った、今まで言われていたような生活習慣や持病の中に歯の数というものを加えてリスクを比較した研究をご紹介します。その結果、男性では年齢に次いで歯の数が死亡リスクに関わっていることが分かりました」
女性も男性ほどではないが歯の数が死亡リスクのベスト10入り。しかもこれ、歯学界だけでなく海外の医学雑誌で認められた研究だそう。なんともショッキングな話。
さまざまな死亡リスク因子の比較。


それぞれの数値はそのリスク因子を取り除いたとき、死亡イベントがどの程度減るかを示した指標。
出典/Nakazawa N et al. J Gerontol A Biol Sci Med Sci 2023
5.歯と認知症|認知症のリスク要因も歯数。
「久山町スタディ」という世界的に有名な疫学研究がある。これは福岡県の久山町の住人の健康状況を長期にわたって追跡調査した研究。その一部に歯の本数と認知症との関連を示したものがある。
60歳以上の高齢者を調べたところ、歯が20本以上ある人の全認知症とアルツハイマー病のリスクを1とした場合、それ以下の本数になると歯が少なければ少ないほどリスクが増していくという結果になった。
「これ以降、いろんな研究が世界中で行われるようになりました。最近では日本、アメリカ、韓国などの研究結果を同じ条件で比較したシステマティックレビューが報告され、それによると歯を失うと認知症のリスクが15%程度上がることが示されています」
歯の本数と認知症の関係。

久山町の60歳以上の高齢者を5年間追跡。全認知症もアルツハイマー病も歯数が20本以下でリスクが高い。
出典/Takeuchi K, et al, J Am Geriatr Soc 2017
6.歯数と味覚|20本死守でだいたい美味しい。
歯の数は親知らずを除いた上14本、下14本の計28本。このうち、大臼歯と呼ばれるのが上下左右の奥歯各2本。28本の歯を死ぬまで維持できれば万々歳。でも、歯の病気や老化でたとえ大臼歯が全部なくなっても、それ以外の歯が20本残っていれば食事を楽しめるだろうといわれている。
80年代に行われた興味深い研究がある。それによると美味しく食べるために必要な歯の数は食品によって異なるという話。たとえばフランスパンやたくあんを嚙み砕くには18〜20本必要できんぴらごぼうやかまぼこを味わうためには6〜17歯が必要、5歯以下で美味しくいただけるのはバナナやうどんといった具合だ。
柔らかいものしか食べられなくなると咀嚼の数が減って食べる量も多くなり、肥満に繫がる可能性も高くなる。やはり将来、8020運動の成功者でありたいもの。
美味しく食べるために必要な歯数。
0〜5歯
- バナナ
- うどん
- ナスの煮付け
6〜17歯
- せんべい
- かまぼこ
- 豚肉(薄切り)
- レンコン
- きんぴらごぼう
- おこわ
18〜28歯
- たくあん
- スルメイカ
- 酢だこ
- 堅焼きせんべい
- フランスパン
大臼歯を失っても小臼歯があれば大抵のものが咀嚼できる。それすら失うと美味しく食べられる食品は減る。
出典/厚生労働省:標準的な健診・保健プログラム〈別冊〉保健指導における食学習教材集「歯の数と食べられるものの関係」より
7.歯数と笑い|歯抜け状態の放置はNG。
笑うという行為は極めて重要。単純にストレス解消になるだけでなく、健康や寿命に深く関わる行為だからだ。
たとえば、週1回以上笑っている人は月に1度も笑わない人に比べて死亡リスクが半分くらい低いという研究があったり、ほぼ毎日笑う人に比べてほとんど笑わない人は要介護認定リスクが約1.4倍高くなるという研究もある。
「歯の数と笑わないリスクを調べた研究もあります。歯の数が20本以上ある人の笑わないリスクを1とすると、それ未満の歯の数になると数が少ないほど笑わないリスクが高くなります。ただし、入れ歯などを使っている場合は20本以上ある人とほとんどリスクは変わりません」
歯抜けの状態で人と親しく話したり、大笑いできるほど度胸のある人は多くない。歯の数が減ったときに放置していると、将来うまく笑えなくなる日が来るかも?
歯の本数と笑わないリスク。

数値が大きいほど笑わないリスクが高くなる。歯が9本以下でも入れ歯をしていればリスクは減らせる。
出典/Tamada Y, et al. J Prosthodont Res 2023
8.入れ歯と栄養|タンパク質摂取の補助役。
歯の数が減っていくにつれ、食事のバリエーションが狭くなっていく。硬いものが食べられなくなっていくだけではない。カラダの材料になる大事な栄養、タンパク質の摂取量にも影響することが分かっている。
こちらもゼロベースは歯が20本以上ある人。それと比較したタンパク質摂取量の割合。歯の数が10〜19本ある人たちの総タンパク質摂取は0.数%減でさほど影響はない。10本以上あればなんとかタンパク質はカバーできそうだ。ところが、0〜9本になると2%以上のマイナスとなる。ただし、こちらも入れ歯を使用すれば減った摂取量を7〜8割改善することが可能。健康維持には歯の保持が第一、入れ歯導入が第二条件。
入れ歯の有無によるタンパク質摂取量。

被験者は74歳以上の高齢者。歯の数が9本以下の場合は入れ歯の有無によってタンパク質摂取量が段違い。
出典/Kusama T et al., J Oral Rehabil 2023


