世界人口の半分が疾患保持者。今、歯をケアすべき重要性。
幼年期の苦い記憶も相まって歯医者に行かない、という人も多かろう。しかしデータの数々を俯瞰して見れば、いまケアすることの重要性が見えてくる。
取材・文/石飛カノ 取材協力・資料提供/竹内研時(東北大学大学院歯学研究科特命教授) 編集/CAPSTAR ©Adobe stock
初出『Tarzan』No.913・2025年10月23日発売

教えてくれた人
竹内研時(たけうち・けんじ)/東北大学大学院歯学研究科歯学イノベーションリエゾンセンターデータサイエンス部門特命教授。口腔保健に関するヘルス・ビッグデータを分析し、政策科学研究に携わる。
世界人口の半数は歯科疾患保有者。どんな疾患より一番多いのだ。
世界規模で行われた研究によると、数ある慢性疾患の中で最も有病率が高かったのは歯にまつわる病気だったという。しかも有名どころの5大疾患に比べてぶっちぎりのワースト1。実に世界人口の半分の約35億人が歯科疾患を抱えていることが分かった。歯学のデータサイエンスの専門家、竹内研時さんは次のように言う。
「歯科関係者たちは昔からむし歯の有病率が高いということを知っていましたが、他の疾患と比べたことがありませんでした。それだけに、この結果は非常にインパクトをもって伝えられました」
同じ調査では世界の全疾病のトップ10のうち歯科疾患は1、6、10位に食い込んだ。世界で最も蔓延しているのは歯の病気なのだ。
歯科疾患と5大非感染性疾患の推定患者数比較。

出典/WHO. Global oral health status report. 2022
世界の疾病負担研究における疾病の有病率上位。

*う蝕=むし歯
出典/Marcenes W, et al. J Dent Res 2013、Kassebaum NJ et al. Dent Res 2017
歯の疾患はゆりかごから墓場まで。すべてのライフステージで罹患する。
ただ単に何らかの歯の病気を持っている人が多いだけではない。興味深いのは歯の病気は生まれて間もない子どもからバリバリ働く現役世代、リタイア後の高齢者に至るまですべてのライフステージで罹患する病気であること。
「がんなどの病気は中高年以降になってからかかりやすい傾向があります。ところが左の丸囲み部分が示すように、歯科疾患は乳児のむし歯、10代後半からは大人のむし歯、壮年期では歯周病、高齢者では歯を喪失した無歯顎と、どのライフステージでも高い有病率が維持されているのが特徴です」
文字通り、ゆりかごから墓場まで。歯の病気は常に誰しもの隣をひた走る伴走者。
歯科疾患ごとの有病率の推進。
出典/Kassebaum NJ et al. Dent Res 2017
8020運動は確実な成果。いまや達成率は50%以上。
8020(ハチマルニイマル)とは、1989年に厚生労働省(当時は厚生省)と日本歯科医師会が提唱した国民運動のこと。スローガンはその名の通り「80歳になっても20本以上の歯を保ちましょう」。一生涯、自分の歯で食事を楽しむことで健康維持とQOLを高めるのがその狙い。
啓蒙の甲斐あってか、現在、80代前半で20本以上の歯を保っている人の割合は約50%。2人に1人は8020運動達成者だ。
「2016年の調査で80歳の方の約半数が20本以上の歯を保持していることが分かり、当初の目標が達成。医療アクセスの改善や歯科治療技術の進歩、定期健診の普及などが理由と考えられます」
今、あなたの自前の歯は何本?
20本以上の歯を有する人の割合の年次推移。

出典/厚生労働省「令和4年(2022年)歯科疾患実態調査結果の概要」
子どものむし歯は減少し、大人のむし歯が増加している。
むし歯はどんどん減っていく一方、歯周病が増えている。そんなアナウンスをよく耳にするが、これ、ある意味では正しく、ある意味では不正確かも。
「確かにむし歯は減っています。とくに80年代後半以降は市販の歯磨き粉のなかでフッ化物を配合したものの割合が急増したので、子どものむし歯は激減しました。でもそれはむし歯の罹患率が異常に高かった昔に比べて減ったということで、今ようやく世界レベルの有病率になったということです」
下のグラフがその事実を表している。20代前半までは目に見えてむし歯の割合が減っているが、それ以降の増減はほとんど見られない。さらに50代後半以降は残った歯がむし歯に冒されるケースも。
う蝕を持つ人の割合の年次推移(永久歯:5歳以上)

出典/厚生労働省「令和4年(2022年)歯科疾患実態調査結果の概要」
未処置のむし歯を抱える日本人は約3割いる。
歯を削る甲高い金属音、麻酔注射の激痛、神経を刺激する痛み。子どもの頃の経験がトラウマになり歯医者を嫌う人は少なくない。そこまで苦手意識はなくとも、日本人は大人になると歯医者に通う習慣を持たない人が一定数存在する。というのは左下のグラフをご覧の通り、未処置のう蝕=放置しているむし歯を持っている20代以降の人が約3割いるからだ。
「日本人の場合、年に1回以上歯医者に行く人の割合が約5割といわれています。この人たちがむし歯を放置していないとすると、残りの5割の中の6〜7割の人が未処置のむし歯を持っているわけです。大人のむし歯は子どもに比べて進行が遅く、痛みを感じにくいため、つい放置してしまうことが理由のひとつかもしれません」
未処置のう蝕を持つ者の割合。

出典/厚生労働省「令和4年(2022年)歯科疾患実態調査結果の概要」
歯科医の数はコンビニより多い、は本当か。
「歯科医院の数はコンビニより多い」と聞くと、そんなに!? と驚く人が少なくない。
コンビニの初登場は1974年。80年代以降は急速に店舗数を増やし2020年の段階では約5万5000店。一方の歯科医院も70年代後半から増え続け、2000年代にピークを迎えて以降は横ばい。その数約6万8000軒。実際、コンビニより1万軒以上多い。で、2020年頃から冒頭のフレーズが一般に流布されるようになった。
「確かに事実ですが、コンビニより歯科医院の軒数が多いのは昔からで、数が急に増えたわけではありません。世界的に見ても突出して多いとは言えないと思います」
ちなみに理美容室の数は約37万軒、コンビニのおよそ7倍。
歯科医師数の推移(1995〜2018年)

出典/厚生労働省 医師・歯科医師・薬剤師統計調査より
近い将来、歯医者さんがいなくなる!?
コンビニより多いとなればこれはもう過剰供給。歯医者はもう増やさなくていいのでは? という風潮になったが、フタを開ければ現実は高齢歯科医師の引退や若い世代の歯科医師が激減したという話。
「歯科医師の人口ピラミッドを見てみると、2018年の段階でのピークが50代後半から60代前半。現在は60代後半から70代が歯科医師のボリュームゾーンです。あと5年くらいしてその年代の歯科医師が一気に引退すると考えると、今後は歯科医が足りない時代が来るだろうといわれています」
都市部はともかく地方では歯科医不足がより深刻な問題になってくると考えられる。今後は確実に歯の自己管理が重視される時代がやってくる。備えるべきは今だ。
歯科医師人口ピラミッドの推移(1988〜2018年)

出典/厚生労働省 医師・歯科医師・薬剤師統計調査より






