
教えてくれた人
小倉ヒラク(おぐら・ひらく)/1983年生まれ。発酵デザイナー。展覧会『発酵ツーリズム展』を2019年に開催し、5万人を動員。著書に『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』(木楽舎)などがある。
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“発酵デザイナー”というユニークな肩書きを持つ小倉ヒラクさん。発酵との出合いは、グラフィックデザイナーとして多忙を極めていた20代の頃だった。
「疲労がたたり、体調を崩して倒れてしまったことがあって。当時の同僚に味噌屋さんの娘がいて、彼女は発酵学の第一人者である、小泉武夫先生の弟子だったんですね。ヘロヘロの僕を見かねた彼女が、先生に引き合わせてくれたのが、すべての始まりでした」
その時小泉先生に勧められたのが、朝だけでも発酵食品を摂ること。教えの通り、納豆や味噌汁を中心にした朝食を食べるようになると、2週間ほどで変化が表れた。
「それまでは血圧が低すぎて、朝目覚めても起き上がれないことがあったのですが、すっと起きられるようになったんです。ボロボロだった肌も改善された。発酵食品は、薬のように食べてすぐ効果が出るわけではないけれど、体質を丈夫にする基礎体力を作ってくれる。それが実感としてわかったので、本を読み漁り、自分で味噌造りもするようになり、のめり込んでいきました」
小倉さんが発酵好きだということを聞きつけた発酵食品メーカーからのデザイン依頼が増え、“発酵の世界に呼ばれている”と感じたそう。一念発起して、働きながら東京農業大学の研究生となり、発酵の知識と技術を習得。すると次第に増えたのが、地域のまちづくりや産業推進を目的とした、メーカーと共同での商品開発の依頼。発酵にまつわる仕事がどんどん広がっていった。
「各地の発酵食品に触れ、その背景を知るうちに、発酵食品の文化的な側面に興味を持つようになりました。地域の発酵食を掘り下げることは、その土地の人が何を大切にして、どのように暮らしてきたかを考えることと、ほぼイコールなんです。わかりやすい例で言うと、佐賀県呼子には“松浦漬”という、クジラの顎の骨を酒粕に漬けた珍味があります。“クジラを獲ったら、骨まで余すことなく食べ尽くさなければ”という思いから生まれた食べ物で、クジラや海への信仰心が反映されています。また石川県には、フグの卵巣を発酵させて食べる文化があります。毒があるけど、発酵させればおいしく食べられる。このフグの卵巣の糠漬けからは、江戸時代に加賀藩が珍しい食品を作って外貨獲得を試みた歴史が見えてきます。そのように、発酵食品を深掘りしていくことは、地域の特性や文化の多様性を発見することなんです」
全国の発酵食品を集めた〈発酵デパートメント〉の店主でもある小倉さん。そこは、これまで積み重ねたフィールドワークの集大成ともいえる場所。
「最近は海外からのお客さまが多く、世界的な発酵食ブームを感じます。その理由は、美容や健康への関心の高まりに加えて、ガストロノミーとしての可能性の高さも大きく影響している。日本の豊かな発酵文化を、どうやって人類全体で共有していくか。それが今の僕にとって、最大の関心事です」
小倉さんイチ押し!東日本の発酵食品&調味料。
1.伊勢藏 《丸大豆醤油》|三重県

「東海地方の醬油と関西の醬油のハイブリッド的存在。濃厚な旨みに加え、人懐こい甘さがあるのも特徴です」(小倉さん)
三重県四日市で大正3年より、木桶仕込みによる味噌と醬油を製造。大豆の選別から麴付け、仕込みまでを一貫して行う。厳選された三重県産の大豆と小麦から造られた《丸大豆醤油》は、深いコクが魅力。素材の味を邪魔せず、色も濃すぎないから、オールマイティに使える。900mL1,950円。WEBサイト
2.澤田酒造 《おおごっつぉ》|愛知県

「アミノ酸豊富で旨みが強い。これで作る酒蒸しが最高。少量で料理を格上げしてくれるので常備しています」(小倉さん)
愛知県西部に位置する、知多半島産の減農薬栽培米「若水」を使用した純米料理酒。米の旨みを引き出すには、伝統的な製法が一番という考えから、和釜や木製の甑、麴蓋といった昔ながらの道具を使い丁寧に仕込まれている。添加物や醸造アルコールは不使用。飲んでもおいしい。720mL1,446円。WEBサイト
3.上澤梅太郎商店 《らっきょう漬》|栃木県

「理性が壊れるようなおいしさ。このラッキョウがあれば、無限にごはんを食べられる気がします」(小倉さん)
栃木県日光市にある、たまり漬け発祥の店。数あるラインナップの中で一番人気なのが、このラッキョウ。初夏の収穫と同時に下ごしらえをして、晩秋まで熟成させたのち、甘口のたまりで仕上げている。爽やかな味わいで、非加熱製法ならではのシャキシャキとした食感も持ち味。150g680円。WEBサイト
4.石橋糀屋 《三五八》|福岡県

「粕漬けより簡単で、塩麴よりリッチ。食材に塗り込むだけで、複雑な味わいの料理を作れるのがいい」(小倉さん)
麴文化が根付いた福島県の会津若松地方で親しまれている「三五八(さごはち)」は、原料を塩3:米5:糀8の割合で混ぜて仕込んだ、一夜漬けの素。〈石橋糀屋〉の三五八は手作りで、添加物は一切不使用。肉や魚に塗って冷蔵庫で寝かせ、翌日焼けば旨みたっぷりのおかずが完成。500g715円。WEBサイト
5.有限会社かんずり 《かんずり》|新潟県

「雪にさらしてアクをとる製法は、豪雪地帯ならでは。料理に辛味と旨みを加えたい時に重宝します」(小倉さん)
新潟県妙高市で作られる辛味調味料で、製造しているのはこの1社のみ。地元産の唐辛子、糀、柚子、食塩を使い、3年以上の年月をかけてじっくりと作られる。マイルドな辛さで料理を邪魔せず、程よいアクセントになってくれる。左/かんずり吟醸6年仕込70g1,296円、右/かんずり70g864円。WEBサイト
6.旭洋酒 《それいゆ ピノ・ノワール 2022年のきろく》|山梨県

「酸味が少なくミネラル感があり、特に和食との相性が抜群。僕は焼き鳥に合わせるのが好きです。」(小倉さん)
〈ソレイユワイン〉は、山梨県山梨市の小さなワイナリー。自社の畑で採れたピノ・ノワールで造られる赤ワインは、オレンジがかった淡い色合い。軽やかな飲み口ながら、旨みの余韻が長く続くのが特徴。和洋問わず、幅広い料理にマッチする。720mL3,960円。*完売品。2023年産が11月に発売。WEBサイト
7.〈コムラ醸造〉 なんばんみそ|青森県

「野菜をディップしたり、酒のつまみとしたり多彩な使い方を楽しめる。素朴なおいしさが気に入っています」(小倉さん)
一見味噌のようだけど、実は明治時代から青森県南地方で、冬の保存食として親しまれてきた漬物。大根、人参、牛蒡、胡瓜、唐辛子を熟成されたもろみに漬け込んで作られている。シャキシャキとした野菜の食感と、芳醇なもろみの香りでごはんが進む。右/甘口110g246円、左/辛口110g246円。WEBサイト
8.日東醸造 《しろたまり》|愛知県

「大豆を使わず小麦で造る、いわゆる白醬油です。プリンに似た甘みがあり、茶碗蒸しなど卵料理によく合います」(小倉さん)
愛知県産の小麦と、伊豆大島の海塩を原料にして、木樽で仕込む天然醸造の調味料。ミネラル豊富な天然水もおいしさの要となり、ほんのりとした甘みとまろやかなコクが実現。醬油のように濃い色がつかず、味も主張しすぎることがないので、料理を品よく仕上げてくれる。1.8L2,624円。WEBサイト
9.まるや《八丁味噌》|愛知県

「八丁味噌は中国から渡来した発酵調味料の名残があるのが面白い。〈まるや〉の味噌はどっしりしたコクが魅力」(小倉さん)
材料はシンプルに、大豆と塩、水のみ。木桶に入れ、その上に3トンもの重石を積み上げ、人の手を入れずに2年以上かけてじっくりと仕込む。大豆のタンパク質がアミノ酸に分解され、旨みがぎゅっと凝縮。蔵に棲み着く酵母や乳酸菌が醸す、渋みや酸味によって奥行きのある味わいに。300g756円。WEBサイト
10.九重味淋 《純三河本みりん》|愛知県

「クセがなく使いやすい。これがあれば料理に砂糖を要しません。江戸時代にはお酒として飲まれていたとか」(小倉さん)
料理人からも愛される、江戸時代から続くみりんメーカー。愛知県三河産の原料米のみを使い、約300年の歴史を持つ蔵で熟成される本みりんは、発酵によって得られる上品な甘みと芳醇な香りが特徴的。少量で料理に奥行きを与え、素材のおいしさを引き立ててくれる。500mL1,313円。WEBサイト


