
教えてくれた人
渡邉格(わたなべ・いたる)/1971年生まれ。妻の麻里子さんと〈タルマーリー〉を開業。著書に『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』(講談社)、共著に『菌の声を聴け』(ミシマ社)が。新体制に向けて目下準備中。
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菌と向き合い、発酵と腐敗を見つめて得たしなやかな視点。

渡邉格さんが営む〈タルマーリー〉は、超自然派のパン屋として知られる。2008年に千葉県いすみ市で開業し、菌にとってより良い環境を求めて、15年に辿り着いたのが鳥取県智頭町。そこでは野生の菌で発酵させるクラフトビールの製造もスタートさせた。
発酵に使う麴菌は、蒸した米を竹筒に入れ、そこに降りてきた菌を採取・培養。酵母菌や乳酸菌も野生の菌を自家培養している。
「パン職人を目指した時に、純粋培養菌で作るパンは効率的すぎて、飽きてしまったんです。それで天然酵母のパン屋で修業したのちに〈タルマーリー〉を開業しました。飽き性なもので、飽きないパン作りを追求したら、完成したのは超不安定な製法でした(笑)」
実験と観察を繰り返すうちに、渡邉さんの興味は、上手く発酵させることではなく、腐敗の原因を探ることに傾いた。
「腐敗を引き起こすのは雑菌。雑菌が発生するのは環境と原材料の汚染、あとは人の感情の劣化も原因になることが経験からわかってきた。上手く発酵させることだけを考えると、大切なことを置き去りにしてしまう気がして。むしろ“腐敗させない環境を整えること”に目を向けるべきなんじゃないかと思うんです。汚染の少ない場所で、自然が育んだ原料を使えば、結果的に雑菌は発生しにくくなり、発酵しやすい環境になる。ひいては豊かな暮らしにもつながるはずですから」
パンとビールの造り手が、腐敗に魅せられていたとは驚く。さらには、「今はおいしいものを作る気がない」とも。
「“おいしさ”というものが画一化していることに疑問があるんです。野生の菌で発酵するものは、空気中の微生物によりその土地だけの味になり、一般的なおいしさとは一線を画している。地域に根付いた発酵食品の中には、味や匂いにクセがあるものも多い。それをおいしくないと切り捨てるのではなく、“これが土地の菌に醸された味なんだ”“不思議な味だけど、こういうものがあってもいいよね”と受け入れて味わうようになれば、おいしさの概念が広がるし、生命力が強い食べ物を選べるようになる。食の多様性を確保することは持続可能な世の中を作るためにも重要だと思っています」
20年にわたり菌に向き合い続けてきた渡邉さんは、発酵というものをどう捉えているのだろう。
「微生物は、生命力というものに改めて気付かせてくれる存在です。彼らと向き合うと、生命力とは単なる概念ではなく、“自然の中で物質が循環している状態”なのだということが見えてくる。私たちのカラダは、見た目は変わらなくても常に細胞が壊され、再生されながら循環しています。その循環を支えているのが、まさに微生物という存在。彼らが分解したものが次の命の糧になり、やがて土に還り、再び私たちのカラダに戻ってくる。その壮大な循環の中に、自分の生命力も組み込まれている。だからこそ発酵は、“生命力の入り口”だと感じています」
発酵人・渡邉さんが辿り着いた西日本の食品&調味料。
1.イル リコッターロ《リコッタフレスカ》|岡山県

「竹内さんはすごくいいチーズを作る職人で、人柄も実直。これはクセがまったくなく、子供でも食べやすい」(渡邉さん)
イタリア・シチリア島でチーズ作りの手法を習得した、竹内雄一郎さんの工房。岡山県蒜山で育つ牛のミルクを原料として手作りされるチーズの味は、素朴で繊細。ジャージー牛ミルクから作られた《リコッタフレスカ》はフレッシュなおいしさに加え、ほろほろとした儚い食感も魅力。200g1,266円。WEBサイト
2.木次乳業《プロボローネ ピッコロ》|島根県

「パスチャライズ牛乳で有名な〈木次乳業〉。タルマーリーでは、大きな塊のプロボローネチーズを使っています」(渡邉さん)
島根県雲南市の乳製品メーカー。自然豊かな土地で育まれた生乳を原料とした牛乳やチーズ、バターなど幅広い製品を展開している。《プロボローネピッコロ》は、もちもちとした感触のチーズで、熱にかけると糸のように伸び、スモークやミルクの香りが際立つ。オーブン料理に最適。100g648円。WEBサイト
3.藤原みそこうじ店 《米みそ 自然(野生麹菌)》|鳥取県

「野生の麴菌で味噌を製造している店は、全国を見ても数軒しかない。この味噌は生命力を上げてくれる気がします」(渡邉さん)
無肥料・無農薬で育てられた、岡山県蒜山産の大豆と米に、自家採取した天然の麴菌と天然水、沖縄の海水塩を加えて仕込んだ米味噌。無添加で熱も加えず造られているので、酵素や酵母は生きたまま。味噌汁もいいけれど、野菜などにつけて、自然なおいしさをそのまま味わいたい。500g1,404円。WEBサイト
4.白扇酒造《福来純「伝統製法」熟成本みりん》|岐阜県

「手間をかけて造られた良質なみりん。カフェでも我が家でも重宝し、毎日のようにいただいています」(渡邉さん)
国産のもち米と米麴、米焼酎のみを使用して、江戸時代から変わらない伝統的手法で造られる本みりん。仕込みは90日、熟成は3年。深みのある甘みと複雑な旨みは、時間をかけて丁寧に造られているからこそ。煮物に麺つゆ、ごはんを炊く際に数滴加えて、つや出しにもおすすめ。720mL1,375円。WEBサイト
5.飯尾醸造《純米富士酢》|京都府

「地場で生産された確かな原材料と伝統の製法で造られるお酢は、「これぞ本物」と感じさせてくれるおいしさです」(渡邉さん)
130年以上の歴史を持つ、京都のお酢メーカーの看板商品。原料は、丹後の山里で農薬を使わずに栽培された米と天然水だけ。自社の蔵で杜氏が清酒を仕込み、じっくりと熟成して酢に仕上げる。豊潤な香りとまろやかな旨みが特徴で、料理の味わいをぐっと豊かにしてくれる。900mL1,296円。WEBサイト
6.〈蒜山耕藝〉黄色の「代満」|岡山県

「〈蒜山耕藝〉の高谷裕治さんは友人であり信頼できる生産者。塩麴や甘酒なども販売しています」(渡邉さん)
岡山県真庭市で自然栽培を営む〈蒜山耕藝〉が造るどぶろくは、野生の麴ならではの複雑な味。すっきりとしたキレがあり、程よい酸味もおいしさを後押しする。アルコール度数は16%。水を少し足して飲むのもおすすめ。ちなみに麴菌は藤原みそこうじ店(M)が採取したもの。500mL3,500円。WEBサイト
7.梶田商店《天然丸大豆醤油 巽晃》|愛媛県

「自然と伝統技術の調和を大切にする、素晴らしい醬油屋さん。常に新しいことに挑戦する姿勢に共感しています」(渡邉さん)
愛媛県大洲市の醬油蔵。原料の仕入れから製造まで全ての工程を自社で担う。100年以上受け継がれてきた杉桶で仕込まれる天然醸造の丸大豆醬油は、塩味を旨みが包み込むから、柔らかくて清らかな印象。調理に使うもよし、豆腐などにかけてもよし。幅広い料理に活用できる。720mL2,592円。WEBサイト
8.山根酒造場 純米酒《日置桜》|鳥取県

「発酵を研究されているのがわかり、初めて飲んだ時からピンときました。杜氏の方と感覚が近い気がしています」(渡邉さん)
「酒は純化していくことこそ進化であり、未来に継承されるべきもの」という理念のもと、厳選された良質な米を原料にした日本酒造りを行う。代表作の《日置桜》は、完全発酵によってキレのある辛口に仕上げながらも、米本来の自然な甘さも感じられる、バランスの取れた一本。1.8L2,838円。WEBサイト
9.桜野園《紅》|熊本県

「代表の松本和也さんは無肥料無農薬栽培について教えてくれた人。《紅》のすっきりした味わいは自然栽培ならでは。」(渡邉さん)
樹の力を活かす栽培方法を追求して、1990年から化学物質不使用の無農薬栽培に取り組む、熊本県水俣市のお茶農家。種から育てる在来種を大切に守り、個性豊かな茶葉を生産する。一番茶と二番茶を完全発酵させた紅茶《紅》は、香り高くすっきりとした味わい。緑茶やほうじ茶も揃う。60g648円。WEBサイト


