枯れた“おなか”に潤いを!腸内細菌を豊かにする方法。

食生活は豊かになったのに、腸内細菌はどんどん貧しくなっている。そんな現状を打破する鍵は、実は身近な食材にあった。発酵食品で菌を摂り、発酵性食物繊維で菌を育てる。腸を助ける2つの食材の働きを知り、荒廃した腸に豊かな森を取り戻そう。

取材・文/石飛カノ 取材協力/内藤裕二(医学博士、京都府立医科大学大学院医学研究科教授)、金内 誠(宮城大学食産業学群教授) イラストレーション/KAORU SATO

初出『Tarzan』No.909・2025年8月28日発売

失われつつある、腸内細菌の多様性!

京都府立医科大学大学院教授の内藤裕二先生によれば、「現在は腸内細菌の遺伝子や機能を詳細に解析できる時代。日本人はどうも独特の遺伝子を備えた多様な腸内細菌を持っている可能性があります」とのこと。

人体にいい影響をもたらす腸内細菌の種類が多ければ多いほど不測の事態に対応できるし、生存確率も高まる。ところが、せっかく日本人が授かったその宝物は失われつつあるという。

「最近、いろんなデータを見ていると日本人の腸内細菌は質的にもいい方向に向かっていないし、多様性も失われつつあると感じています」

腸内細菌の多様性は失われつつある

日本人はもともと旬の食材を工夫して食べる民族。多様な腸内細菌を育む土壌があった。ところが近年、偏った食生活で特定の菌だけが腸内で増殖する傾向が。これでは健康効果も期待薄。

日本人の腸に一体何が起こっているのか? 食生活の変遷を見てみると、ここ数十年で野菜と穀類の摂取量がガタ落ちで、代わりに肉食が右肩上がりになっている。

「食生活の変化自体が腸内環境に悪影響を及ぼしている部分もありますが、私は悪さするものを食べる影響の方がより大きいと思っています。具体的には動物性のタンパク質と脂肪です。有用菌と呼ばれる腸内細菌のエサは基本的に食物繊維ですから、その多様性はあっという間に失われてしまいます」

異常気象による野菜と米の不足。腸でも同様の異変が。

野菜と米不足は、腸内でも起きている

上のグラフは1日当たりの供給純食料。野菜と米は60年代をピークにその後は右肩下がり。増えているのは肉類と乳製品のみ。農林水産省「食料需給表」より 左のグラフは食物繊維摂取量の変化。米が減っている分、穀類からの食物繊維の摂取量が約7g減。2025年の食物繊維の推奨摂取量25gにははるか及ばず。

池上幸江、1997より

都市部在住者には、「長寿菌」が少ない?

下のグラフは内藤先生が毎年のように追跡調査をしている長寿地域・京丹後市在住者と京都市内在住者の腸内細菌を比較したもの。前者は短鎖脂肪酸のひとつである酪酸を作り出す酪酸産生菌が多く、後者はいわゆる“日和見菌”の一種、バクテロイデス属が多いことが分かった。

「酪酸は過剰な免疫反応を抑える制御性T細胞を活性化したり、腸管上皮細胞のエネルギーとなって腸の蠕動運動を促す短鎖脂肪酸です。都会の食生活ではその酪酸を作り出す腸内細菌が失われる傾向があります」

都市部在住者には、「長寿菌」が少ない?

被験者は京丹後および京都市内在住の各51人。京丹後在住者は京都市内在住者に比べて酪酸産生菌が明らかに多く、寿命短縮の可能性のあるプロテオバクテリア門が少なかった。

Clin Biochem Nutr. 2019

あの長寿地域でも、現役世代には黄色信号。

そもそも今持っている腸内細菌は母親から譲り受けたもの。

「母親の腸内細菌の多様性が減ると子どもの多様性も減り、その子どもの子ども、つまり孫の腸内細菌の多様性まで減るというデータがあります」

昭和の時代、地方から都市に出てきたお母さん。食生活の変化による腸内細菌の減少が子どもや孫に次々と受け継がれていき、せっかく備わっていた腸内細菌の多様性は失われていく。

ご長寿地域・京丹後でも同様のことが起きているという。草木も生えない荒野になる前に、一刻も早く手を打つべし。

腸内細菌の多様性

京丹後市の同一家系3世代で腸内細菌叢の多様性を比較。第1世代は祖父母、第2世代は両親、第3世代は孫および子どもに当たる。世代交代のたびに多様性は乏しくなる。

出典/内藤裕二教授提供の資料から

発酵食品が、菌の多様性を守る。

腸活食材の筆頭はヨーグルトなどの発酵食品。でも、そもそも「発酵」って何? 正確に答えられる人はそう多くない。発酵のエキスパートで宮城大学教授の金内誠先生に聞いてみた。

「広義で言うところの発酵は、微生物が糖やタンパク質などを分解してエネルギーを作るすべての工程のことを言います。微生物にとっては自身の生育や増殖に必要なエネルギーを得ることが重要。一方人間の側から見ると、微生物の作用でできる物質が有益なら発酵、無益なら腐敗とみなされます」

つまり、人間がありがたがっている発酵食品は微生物の本来の目的であるエネルギー産生の副産物ということ。

発酵の基本メカニズム。

発酵の基本メカニズム

糖質やタンパク質などの有機化合物を細菌や酵母、カビなどの微生物が分解し、エネルギーが発生。副産物としてアルコールなどさまざまな物質が作られる。

微生物の働きによって作り出される発酵食品の代表例は下の通り。野菜を塩分を含む漬け床に漬け込むことで乳酸菌が発生し漬物が完成。牛乳に乳酸菌が作用すればヨーグルト、乳酸菌およびカビが作用すればチーズになる。大豆は微生物が総がかりで味噌や醬油、納豆に変化。

こうして舌で発酵食品の風味を楽しみ、乳酸菌などの有用菌が腸に届けられるというわけ。

「菌を腸に届けることも腸活ですが、甘酒など酵素による発酵食品も腸活には役立ちます。酵素によって壊れたお米の繊維はオリゴ糖となって腸内細菌のエサになるので腸内環境の改善に役立つ可能性があるのです」

伝統的な発酵食品は腸の味方。

代表的な発酵食品と微生物。

代表的な発酵食品と微生物

発酵食品の菌が、腸にもたらす効果。

発酵食品の中に含まれる細菌の代表格は乳酸菌。いわゆる有用菌と呼ばれる腸内細菌だ。腸内では乳酸を作り出し、腸内環境を酸性に保つことで悪玉菌の増殖を抑える作用が期待できる。ヨーグルトなどに添加されているビフィズス菌は酸を作り出し、腸の蠕動運動を促してくれる。

「また、腸内細菌として働くわけではありませんが、日本の“国菌”とされている麴菌が作る米麴はオリゴ糖として腸内細菌のエサになります。さらに、胃酸に強い納豆菌は酸を作り出して、腸の蠕動運動をサポートすることが分かっています」

日本は世界の中でも発酵王国として知られている。腸活に有利な環境を活かさない手はない。

しかし、発酵食品に含まれる有用菌は生きて腸まで届くのか?

心配ご無用。最近では、たとえ有用菌が腸まで届かなくても、有用菌が作り出す代謝物が腸内環境改善に役立つ可能性はあるという説がある。これは、腸内細菌そのものではなく、実はその代謝物が健康効果を生み出しているという最新の腸研究の考え方だ。

「他にも近年登場した説ですが、乳酸菌を含めた発酵性の細菌は自分が死ぬとその死骸が有用菌のエサになって、結果的に腸内環境にいい影響を与えるともいわれています」

むろん、発酵食品に含まれる有用菌が腸まで届く可能性もある。信じよ、さらば救われん。

継続こそ腸活の極意。

有用菌を腸に届けることを主な目的としたヨーグルトの場合は、とくに菌の働きに期待できる。理由は次の通り。

「ヨーグルト1gには、大体1億個の乳酸菌が存在しています。1カップ100gとすると100億個の菌があるわけです。それらの菌が全部死ぬかというとその可能性は低い。一部は腸まで届くと考えられます」

とはいえ、週に数回思い出したように口にする程度では菌は腸に留まれず、意味がない。

「継続的に摂り続けることで有用菌が常に腸壁にへばりつくような形になってそこでさまざまな働きをします。ヨーグルト以外の発酵食品も毎日摂り続けることが重要だと思います」