
雨の日だけの風景を見つけに、奥秩父の金峰山へ。|6月の山・金峰山
季節によって異なる表情を見せる日本の山。その時期だけに出会える風景や体験を求めて、写真家の野川かさねさんに毎月おすすめの山と、その歩き方を教えてもらいます。
取材・文/小林百合子 撮影/野川かさね
今月の山 金峰山
標高/約2599m
おすすめコース 1泊2日
1日目
川端下バス停(1時間)廻り目平キャンプ場(1時間)八丁平分岐(1時間50分)金峰山小屋
歩行時間計:3時間50分
2日目
金峰山小屋(20分)金峰山(50分)砂払ノ頭(1時間10分)大日小屋(50分)富士見平小屋(40分)瑞牆山荘バス停
歩行時間計:3時間50分
雨の日にこそ見たい、満開のシャクナゲ。
新緑の季節を過ぎると、ムシムシとした梅雨がやってきます。雨が多くなる6月は山から足が遠のきがちですが、雨の日にしか見られない風景があると教えてくれたのが奥秩父の金峰山でした。
山梨県甲府市と長野県川上村の境界にある金峰山は、奥秩父山塊の主脈にある山で、山頂付近までは沢のある、しっとりした森歩きを楽しめます。いっぽう山頂近くには巨大な岩の塊が積み上がった天然のモニュメント「五丈岩」があり、ダイナミックかつ神秘的な雰囲気に満ちています。
様々な風景を見せてくれる金峰山ですが、古くから「花の山」として知られていて、6月の中旬頃に見頃を迎えるシャクナゲは金峰山のシンボルともいえます。花が大好きな私としては、ぜひともそれを見たいと思うところなのですが、ことシャクナゲに関してはあまり興味を持てずにいました。シャクナゲの花は大きく、とても華やか。小指の先ほどの大きさしかない可憐な高山植物に比べると堂々としていて、なんだか見る自分も気後れしてしまいそうな印象を持っていました。
そんなシャクナゲを好きになったのは、冬山を歩き始めたのがきっかけでした。シャクナゲは常緑性の多年草で、冬の間も葉を落としません。雪の山ではその葉の緑がひときわ目立つのですが、よく観察すると、葉をキュッとすぼめて、寒さからなんとか身を守ろうとしているような感じです。「ああ、こうやって長く厳しい冬を乗り越えて、あの大きく美しい花を咲かせているのか……」。そう思ったら、その健気さ、いじらしさに胸打たれて、いっぺんにシャクナゲの印象が変わったのでした。
ある年の6月、ようやく心からシャクナゲを見たいと思って、梅雨時の金峰山に登りました。登山道沿いには薄桃色の花を咲かせたシャクナゲがトンネルのようになっている場所もあり、普段は「ちょっと地味だな」と思う道が、とても華やか。山頂付近には白い花を咲かせる種類もあって、同じ山の中で色や形が異なるシャクナゲを見られることにも興奮しました。冬の間、縮こまっていた葉は大きく開かれ、光沢のある表面は雨に濡れてキラキラと輝いていました。
振り返ると私は、「シャクナゲはちょっと派手だから……」という理由を表向きにしつつ、本当はどこかで「みんなが綺麗だと言う定番の風景なんて、つまらない」と思っていたのかもしれません。当時はまだ山の写真を撮り始めて数年で、「誰も撮ったことのない山の風景を撮影したい」と強く思っていました。でも、それはとても浅はかな考えだったと今は思います。
山の花も、街の花も、ある日突然そこで花を咲かせるわけではありません。長い時間をかけて、季節の移ろいの中で芽吹き、育ち、ようやく花が咲く。その姿を見るのは一瞬であったとしても、ひとつの花の中にはたくさんのストーリーと時間の流れがある。山を歩く中でそれを知るにつれて、どんな定番の風景であっても、奥行きのある感じ方や表現の仕方があるのだと、わかってきたのです。
毎年6月が来ると、そろそろ金峰山のシャクナゲが咲いたかな、今年も見に行こうかなと思います。同じ場所で、同じように咲くシャクナゲですが、ひとつとして同じ風景はありません。金峰山のシャクナゲは、自然や植物、そして写真に対する眼差しを大きく変えてくれた、忘れられない存在です。
日帰りか一泊か、経験次第でコースを選んで。
金峰山登山にはいくつかルートがあって、中には日帰りで山頂を往復できるものもある。長野県側にある廻り目平キャンプ場から登るルートは行程のほとんどが樹林帯で危険箇所が少なく、山頂を往復するだけなら初心者でも登山可能だ。
今回は廻り目平キャンプ場から登り、途中金峰山小屋で一泊、翌日に山頂を経て、山梨県側の瑞牆山荘へと下りる縦走コースを紹介したが、こちらは山頂から岩稜帯を歩く箇所があり、中級者向け。特に天気が崩れがちな梅雨時には岩場でのスリップもあるので、初心者だけでの山行は控えること。
廻り目平キャンプ場から金峰山小屋までのルートでもシャクナゲを見ることができるが、山頂付近や、山頂から山梨県側へ抜けるコースでは、大日小屋付近にも群落がある。
雨の多い6月は湿度が高く、雨が降っていなくても汗でウェアが濡れ、汗冷えで体温を奪われることもある。しっかりとした機能を持った登山ウェアを着用し、雨具や防寒具も携帯すること。足元は雨でも滑らない本格的なトレッキングシューズが欠かせない。
おすすめスポット情報
金峰山小屋
金峰山の山頂まで20分のところにある山小屋。小さく、アットホームな雰囲気で、食事のおいしさにも定評がある。個室はなく、他の登山客と相部屋になるが、ゲストハウスのようで楽しい。要予約。
長野県南佐久郡川上村
070-3962-0448
https://www.kimpou.com/
富士見平小屋
金峰山からの下山途中にある山小屋。軽食メニューが豊富なので、ランチで立ち寄りを。《甲州ワインビーフカレー》や《鹿3種ソーセージ》など、ご当地メニューをぜひ。湧き水を凍らせて作ったかき氷も。
山梨県北杜市須玉町小尾
090-7254-5698
https://www.fujimidairagoya.jp/
萌木の村ROCK
清里高原初の喫茶店としてオープンした店で、地元のクラフトビールや名物の超濃厚カレーなどが味わえる。大きなベーコンがのった《ベーコンカレー》は見た目も食べ応えも満点! 今回紹介したコースだと登山口側になるが、逆ルートで歩く場合は下山後の立ち寄りに。
山梨県北杜市高根町清里3545 萌木の村内
0551-48-2521
https://www.moeginomura.co.jp/establishment/moeginomura-rock/