
5月の山・上高地|写真家・野川かさねが選ぶ今月の山
季節によって異なる表情を見せる日本の山。その時期だけに出会える風景や体験を求めて、写真家の野川かさねさんに毎月おすすめの山と、その歩き方を教えてもらいます。
取材・文/小林百合子 撮影/野川かさね
今月の山 上高地
標高/約1500m
おすすめコース 1泊2日
1日目
大正池(20分)田代池(20分)田代橋(25分)河童橋(50分)明神池(1時間)徳沢
歩行時間計:2時間55分
2日目
徳沢(1時間)明神池(1時間10分)河童橋(15分)ウェストン碑(5分)田代橋(20分)上高地バスターミナル
歩行時間計:2時間50分
清々しい朝の上高地で、深呼吸。
5月、街は清々しい新緑の季節です。低山をのんびり歩くのもいいですが、私はこの時期には決まって上高地を訪れます。上高地といえば、北アルプス登山の起点。穂高岳や槍ヶ岳など、北アルプスの中でもスター級の山々へ登っていく玄関口です。
とはいえ、5月の北アルプスはまだたっぷり雪が残り、初心者はおいそれと登れません。ではなぜこの時期にわざわざ上高地へ行くかというと、雪をかぶった北アルプスの山々と、緑が萌える上高地、その美しいコントラストを見られるから。夏山シーズンには山の雪は溶けてしまうので、この時期にだけ見られる風景なのです。
北アルプスの夏は短く、7月に雪が溶けたかと思うと、10月下旬にはまた冬の足音が聞こえてきます。その時期には季節にせかされるように山に登るので、上高地は通過点。いつも慌ただしく通り過ぎて、下山した時にはへとへと。ゆっくり上高地の自然を楽しむ余裕はないのですが、ある初夏、思い立って上高地に一泊して、のんびりと歩いてみたら、その美しさに驚いたのです。
おすすめは東京や大阪から上高地へ運行している深夜バス。早朝、上高地の少し手前にある大正池に停車するので、そこで下車します。北アルプスの山々に囲まれた大正池は、晴れた日には朝靄に包まれて、とても幻想的。そこから上高地バスターミナル方面に歩くと、田代池、田代湿原など、美しい風景に出合えます。
いつも忙しなく通り過ぎている上高地に、こんな景色と、朝の静かな時間があったなんて。それ以来、初夏の上高地を歩く時には、早朝着のバスに乗るようになりました。
太陽がすっかり昇る頃に河童橋に着くと、そこから穂高連峰の堂々たる姿が見えます。雪解け水をたたえる梓川と新緑、そして山々の雪。何度見ても、ため息が出る風景です。
バスターミナルから先は、より山の空気を感じられるトレッキングルートが続きます。明神池を経て徳沢までは梓川沿いを進み、周囲の森の中にはニリンソウなど可憐な花が咲きます。この日は徳沢にある山小屋、徳澤園に泊まり、翌日は来た道とは逆側の梓川右岸を歩いて戻ります。
上高地には北アルプス登山の歴史を感じさせるスポットがたくさんあります。梓川沿いには、登山家として初めて上高地周辺の山に登ったイギリス人宣教師ウォルター・ウェストンの碑があります。彼を案内した猟師の上條嘉門次が暮らした山小屋は、現在も明神で嘉門次小屋として営業していて、かつての面影を今に伝えています。
囲炉裏で焼かれるイワナの塩焼きを食べると、近代北アルプス登山黎明期の時代にタイムスリップしたようで、いっそうその先にある山々への憧れと愛着が増すのです。
登山未経験でも安心して歩けるトレッキングルート。
上高地周辺は遊歩道が整備されていて、大正池から河童橋まではスニーカーでも十分歩ける環境。河童橋から徳沢までは道は整備されていても、舗装はされていないので、トレッキングシューズがあった方が快適だ。
梓川沿いの遊歩道には川を挟んで右岸と左岸があり、それぞれ違った雰囲気を楽しめるのが魅力。行きは左岸、帰りは右岸など、両方歩けるよう計画すると、いっそう上高地トレッキングを楽しめる。
宿泊施設は様々あり、バスターミナル周辺のホテルや旅館には温泉がついているところも。明神にある嘉門次小屋と山のひだやは山小屋という風情で、徳沢にある徳澤園は料理自慢の静かな山のロッヂという趣だ。
徳澤園にはのびのびとした緑が広がる幕営地があり、初夏にはテント泊もおすすめ。徳沢より先は登山者の世界になるので、初心者はここで引き返そう。もう少し先まで歩いてみたいと思っても、北アルプスの山々はまだ雪。技術や装備がない人は、決して無理をしないこと。
おすすめスポット情報
上高地帝国ホテル
上高地バスターミナルから徒歩10分。森の中にあるクラシカルなホテルに宿泊するのもいい。マントルピースがあるロビーラウンジ〈グリンデルワルト〉は宿泊客以外でも利用でき、オリジナルのケーキや上高地の湧水で入れたコーヒーを楽しめる。
長野県松本市安曇上高地
0263-95-2001
https://www.imperialhotel.co.jp/kamikochi
上高地 氷壁の宿 徳澤園
上高地バスターミナルから梓川沿いのトレッキングルートを歩くこと2時間。ベッドタイプの個室からリーズナブルな相部屋まで、様々なタイプの部屋があるのが魅力。施設内にある食堂〈みちくさ〉ではソフトクリームや手作りプリンなどのスイーツや軽食も。
長野県松本市上高地
0263-95-2508
https://www.tokusawaen.com/
嘉門次小屋
明治13年、初代の上條嘉門次が明神池のほとりに建てた山小屋。宿泊と休憩ができ、囲炉裏端に座ってイワナ料理をいただくことも。古き良き時代の上高地の時間の流れを感じられる場所。
長野県松本市安曇
0263-95-2418
https://kamonjigoya.jp/