ゴールデンウィークはオフシーズンのパタゴニアでトレッキングはどう?(前編)

ゴールデンウィークや夏休み、年末年始の休暇をどう過ごすかはウェルビーイングにとって大事な視点だ。Tarzan Web編集部が、独断と偏見で、気分よく過ごすための休暇のアイデアを紹介する不定期連載(休むのは、やっぱり大変だからね)。第二回はオフシーズンを狙って世界的な国立公園を歩きにいく提案です。ちょっと長い旅なので前後編にわけてお届けします。

文・写真/井手裕介(Tarzan Webプロデューサー)

なるべく遠くへ行きたくて。

「ゴールデンウィーク」。いかにも和製英語なこの大型連休は、世界でも日本だけに存在する休暇だ。つまり年末年始や夏のバカンスシーズンと違って、僕たち日本人だけが、比較的空いた環境で海外旅行を楽しめるということになる。ならば、混雑している国内を飛び出して、なるべく日本から遠いところに行ったほうが、気持ちよく休暇を満喫できるのではないだろうか。

たとえば、地球の反対側にある国のひとつ、アルゼンチンのパタゴニアへ行くのはどうだろう。彼の地の季節は秋。世界的に有名なアウトドアフィールドだが、オフシーズンゆえに、空いていて快適なのではないか。昨年(2024年)のゴールデンウィークは、日の並び的にも長い休暇が取れそうだったので、思い切って、昔から旅をしてみたかった地域を目指すことにした。

「パタゴニア」とは、アルゼンチンとチリにまたがるおよそ30の国立公園を横断する広大な地域の総称。「作家のブルース・チャトウィンが〜」なんて語る前に、アウトドアブランド〈パタゴニア〉のロゴに冠された山(=フィッツ・ロイ)がある地域、と言った方が、多くの人の頭にイメージが湧くに違いない。そんなわけで自分も、まずはフィッツ・ロイを望むトレッキングを目標に据えた。

日本からのフライトは、遠い。はっきり言って疲れる。自分が昨年(2024年)のゴールデンウィークに渡航した際は、予算の都合もあり、成田〜香港〜ニューヨーク〜ブエノス・アイレスで、やっとアルゼンチンに到着(香港を経由する意味は本来全くない。安かったからだ)。

ブエノス・アイレスに到着するまでに要した時間は36時間ほど。ただし、こんな遠回りをしたおかげか、かかった料金は16万円前後。渡航直前にえいやっとチケットを取ったわりには、案外安く感じやしないだろうか? これも「ゴールデンウィーク」と「日本の真反対にある国」の相性の悪さゆえの副産物かもしれない。

ブエノス・アイレスからパタゴニアまでのメジャーなアクセスは、空路でエル・カラファテ空港へ向かい、そこから陸路で3時間ほどかけてエル・チャルテンというウィルダネスの前線拠点となる村へ向かうというものだ。

トランジットの合間にネットを繋げてメールを戻したり、フライト中に原稿を書いたりと、移動時間が長いからこそ捗ることもある。正直、こういったタスクはいつだってあるものだから、身を動かすことが許されるなら、やっぱり長期休暇は移動をしたほうがいいよなあ、と思う。

エル・カラファテ空港の待合スペース。飛行機で到着してすぐに、エル・チャルテン行きのバスが出てしまったので、ここで5時間ほど時間を潰した。周囲は”バンパ”と呼ばれる広大な高原が広がるだけの、地球の果てにあるような空港だった。

パタゴニアへの遠い道。

左/これまで旅した地域のどこよりもデザインが好きだったミネラルウォーターのボトル。綺麗に洗って持って帰った。旅の土産は、こんなふうに手に入れたいものだな、といつも思っている。右/エル・カラファテのバスターミナル。

エル・チャルテンの町にバスで揺られて到着したのは21時をまわったころ。見えるはずと思っていたフィッツ・ロイの頂は闇に隠れている。予約しておいたホステルにチェックインし、翌朝フィッツ・ロイを望むメジャーなトレッキングルートに向かう旨を伝えると、受付係は顔の前で指を横に振った。

「ノンノン、今夜から雪よ」

残念、という気持ちはこのときそれほどではなかった。とにかく長旅で疲れた身体をベッドに預けてしまいたいという気持ちが強かったからだ。翌朝以降のことは目を覚ましてから考えることにした。

フィッツ・ロイの写真が飾られた寝室。本来であれば窓の外から本物が覗けるはず。

翌朝、目を覚まして驚いた。前夜バス停から歩いてきた道が一面、白く覆われている。山肌も美しく雪化粧していた。というか、こんなに岸壁が近いことに夜は暗くて気づかなかった。

バラも前日まで油断していたであろう。

動かなくなってしまったタンク車。

「オフシーズンのパタゴニアを静かに歩こう」そんな呑気なアイデアも消し飛ぶほど、町の風景は壮観だった。

とにかくその日はエル・チャルテンの町を散策し、ルートの状況や今後の天気の見通しなど、情報を集めることにした。町の規模は端から端まで歩いても1時間ほど。ただし、積もった雪をふみしめ、車が通って泥水になった箇所を避けながら歩くので難儀する。

この旅で自分は防寒具こそ多めに用意してきていたが、肝心の足元はトレイルランニング用のシューズ一足。町を歩くだけで足先が凍傷になりそうだ。

町を歩くトレッカーは多くない。彼ら・彼女らの顔も心なしか翳っている。

初秋のハイキングのつもりが、降雪期登山に?

予報は2日待てば晴天の一日が訪れそうだった。ならばその日に備えて、装備を揃えたい。町に3〜4軒あるアウトドアショップを訪ね、ブーツや簡易クランポンのレンタル可否を確認するも、前日にすべて出払ってしまったという。

やはり、多くのトレッカーがこの早すぎる降雪を予想しておらず、自前のギアを持ってきていなかったのだ。同様に、ショップ側も準備が間に合っていなかったと言えるかもしれない。ただ、省みるべきは自らの準備不周到ぶりだろう。仕方がない。

とりあえず、スキー用の防水グローブがあったので、購入しておく。ハイパーインフレが起きていたアルゼンチンなので、値段表記に並ぶゼロの数には、それなりに気持ちがざわついた(実際、パタゴニアは観光地なこともあり、食糧品の値段などもヨーロッパ並み。それでも、オフシーズンゆえに安いよ、と地元の人は言う)。

もともと、エル・チャルテンからカプリ湖という湖を通って、最後にロス・トレス湖というフィッツ・ロイ手前の大きな湖を目指すルートを歩く予定だった。自分の認識としては、このルートは各国の旅行会社がツアーを催行していたりするメジャーな道なので、道迷いや滑落の心配はなく、いわゆる「トレイル歩き」で難所はない。

ただし、それはあくまで無雪期の話。2日後の晴天まで時間があるので、アウトドアショップやビジターセンターで聞き込み調査を行い、自分のギア(というほど大袈裟なものは持ち合わせていない)と体力でそこまで行って帰って来れるのかを見極める期間に充てることにした。

村のラジオステーション。

発電所だろうか。

保育園。

と言ってみたものの、小さな町なのでそんなにやることはない。僻地にも関わらず比較的ネット環境が安定していたので、レストランでリモートワークをしたり、本を読んだりしながら、降り続く雪を眺めていた。目の前の景色は美しいし、地球の反対側で流れている時間を思うと、こんな状況もまた、贅沢なひとときと言えるかもしれない。

一日半が経過した夕方、少し晴れ間が見えたので、足慣らしがてらロス・コンドレスという、村の裏山にある展望台を目指した。町で出会ったトレッカーに勧められ、ベーカリーでもらったビニール袋をシューズの内側に巻き付けてみる。たしかに、不恰好だが、ソックスが湿らないので足先がキンキン痛むこともない。シンプルなアイデアを、採用することにする。

この日は同じような気持ちでロス・コンドレスを目指すトレッカーが多かったのか、道は比較的踏み固められており、さほど苦労せず、展望台まで辿り着くことができた。

エル・チャルテンの村を、フィッツ・ロイ方面と逆に向かう。

トレイルを歩いていくと、眼下にエル・チャルテンの村が広がった。あらためて、このコンパクトな町に郵便局や教育施設があることに、さまざまな物語を想像する。

牛もいた。

日没直前、ついにフィッツ・ロイが姿を現した。