ゴールデンウィークはオフシーズンのパタゴニアでトレッキングはどう?(後編)

ゴールデンウィークや夏休み、年末年始の休暇をどう過ごすかはウェルビーイングにとって大事な視点だ。Tarzan Web編集部が、独断と偏見で、気分よく過ごすための休暇のアイデアを紹介する不定期連載(休むのは、やっぱり大変だからね)。第三回はオフシーズンを狙って世界的国立公園を歩きにいく提案の後編。まさかの大雪から晴れ間を狙って、いざトレイルヘッドへ。

文・写真/井手裕介(Tarzan Webプロデューサー)

「オフシーズンに世界的なトレイルを静かに歩く」には?

滞在していたホステルの宿泊客の多くは、というかほぼ100パーセントは国内外からパタゴニアを歩きにきたトレッカーだ。ゆえに、皆ルート状況やトレイルヘッドへのアクセス情報を交わしている。明日はやっと訪れる晴天予報の一日。少しそわそわした気持ちを落ち着けるべくロビーでカプチーノを飲んでいると、一人の女性が話しかけてきた。

「明日、どこまで歩きにいくの?」

ロス・トレス湖までの予定だが、難しそうであればすぐに引き返すつもりだと伝える。足元のトレランシューズを指差しながら。

びしょびしょになった靴を見た彼女から、思わぬ申し出を受ける。

「私も似たような装備なんだけど、タクシーを予約しているの。Hosteria El Pilar横のトレイルヘッドまでアクセスできるのだけど、割り勘で一緒にどう?」

これがブエノス・アイレスなら美人局かしらと首を横に振るところだが、Hosteria El Pilarという、夏季限定で開いている宿まで車で向かうという申し出は魅力的だった。というのも、本来はそこまで定期のバスが出ているのだが、早すぎる降雪でトランスポーテーションが麻痺してしまい、トレッキングルートの選択肢から外していたからだ。

明日は多くのトレッカーが待ち侘びた晴れ間を狙って、エル・チャルテンの端から始まるトレイルヘッドを起点に、一斉に歩き始めることだろう。そうなったとき、果たして自分がこの休暇でやりたかった「オフシーズンに世界的なトレイルを静かに歩く」ことはできるのだろうか、という疑念があった。Hosteria El Pilarから始まるトレイルは間違いなく、この状況なら静寂が約束された旅路になるだろう。

目の前の女性は旅慣れた様子だし、おそらく山に入ってからはマイペースに歩を進めていくタイプに見えた。一人では不可能だったトレイルヘッドまでのアクセスが確保できて、その上、タクシー代も折半できる。自分にとって、願ってもないオファーだった。

懸念があるとすれば、やはり自分の装備だろうか。いざトレイルヘッドに到着しても、ルート状況からすぐ引き返す判断をしたところで、Hosteria El Pilarはオフシーズンで閉まっているし、交通手段はないから、車道をひたすら歩いて戻ってくるしかない。一方で、エル・チャルテンの端から始まるトレイルを選べば、そうした徒労への懸念はない。迷いつつも、まあそれはそれでユニークな体験になるかもと思い、翌朝ホステルのロビーで合流する約束をした。彼女が「似たような装備」と言っていたことも、及び腰になっていた背中を押してくれた。

“燃える山”に導かれて。

パタゴニアで初めて迎えた晴天の朝。ロビーを出て道路の上を歩くと、カチカチに凍結している。

おいおいと思いつつも、視点をあげれば、”燃える山”の異名を持つフィッツ・ロイに朝陽があたり、赤くなっていた。その風景に導かれるように「とりあえず、遠くにいけるなら、行ってみよう、ここまできたわけだし」と、前日に約束した女性と合流し、車でHosteria El Pilarを目指した。途中、朝見た時よりもいっそう、フィッツ・ロイが赤く染まっている様子を車の中から眺めることができた。

トレイルヘッドに到着すると、案の定、そこに他のトレッカーはいない。地図で見た通りの、フラットな湿原が広がる。少なくともしばらくは問題なく歩いていけそうだ。朝陽を目一杯浴びて身体を伸ばし、彼女を先に促して、ゆっくり写真を撮りながら歩き始めた。

トレイルヘッドにて。

地形図で見た通り、リオ・ブランコ川沿いにひたすらフラットな道を歩いていくと、途中で朝陽が出てきて徐々に身体が温まる。360度視界の開けたパタゴニアの湿原に、自分一人しかいないという贅沢な環境。どこまでも歩いていけそうだ。

少し経つと軽めのスイッチバックが始まり、標高を上げていく。木々の間から覗く氷河や山嶺にうっとりして、ついつい足を止めてしまう。おかげで先行する彼女とは随分距離が離れていく。

木々の間からピエドラス・ブランカス氷河を望む。

途中の分岐でエル・チャルテン側からのメジャーなトレッキングルートと合流してからは、それなりに多くのトレッカーとともに歩いた。

最後の登りはクランポンを装着する人が多かったが、なんとか自分はトレランシューズで最後の目的地、ロス・トレス湖に到着することができた。登りの途中で件の女性にも追いつき、最後は一緒にロス・トレス湖まで登り終えてハイタッチをした。驚いたのは、小柄な彼女が背中からクラシックな魔法瓶を取り出して、マテ茶を振る舞ってくれたことだ。そんな重いものを担いでまで、アンデスの人々はマテ茶が飲みたいのだろうか。

金属製のストローで差し出されたマテ茶の味は、苦かった。

ロス・トレス湖を抱くフィッツ・ロイ。太陽が傾くにつれて、湖の色がみるみる変わっていく。この標高で雪が積もっているのに、湖は凍っていない。これもレアな風景だろう。

軽装で訪ねたにもかかわらず、こんなに雪化粧をしたフィッツ・ロイをこの距離で眺められるのは、結果的に得難い体験だろうな。やけに客観的な視点で、周りを取り囲む環境と自分の身なりを観察する。日本を発つときには、こんな白銀の世界に対峙することになるとは微塵も思っていなかった。

エル・チャルテンまでの帰り道は、カプリ湖を眺めながらの長い下り。往路で多くのトレッカーが踏み固めたであろうトレイルが、日没とともに凍結していく。ところどころで足元をすくわれるので注意して進む。ヘッドライト片手に街に到着したのは20時過ぎのことだった。

彼女からは町のバーで祝杯をあげようと誘われていたが、疲れてしまったので宿に直帰した。同じホステルに宿泊しているわけだから、後からお礼は伝えられるだろう。

気候変動をフィジカルで体験する。

翌朝、エル・チャルテンからエル・カラファテを経由してロス・グラシアレス国立公園に移動し、ペリト・モレノ氷河を見た。定番の観光地といえど、眼前で大きな音を立てて氷河が崩壊していく様はとんでもない迫力だった。

ここは南極以外で最も暖かい地域にある氷河の一つで、気候変動による影響を、まじまじと受けているという。ガイドブックいわく、平均して一日で2メートルほど、氷河が前進しているらしい。とても具体的で、想像力の働く数字だ。

知ったような口をきくつもりは毛頭ないが、自分のフィジカルを通じて地球規模で起きている変化を体感しておくのは、都市生活者にこそ必要な体験かもしれない。

すっかり秋〜初冬のエル・カラファテの町。

ペリト・モレノ氷河

パタゴニアという地名の持つ甘美な響きは、遠く離れた日本人にとっては、途方もなく勇気のいる旅先に思えるかもしれない。でも、出版社に勤務しながら普通に「ゴールデンウィーク」を使ってトレッキングができてしまった会社員の体験記を読んだあなたなら、きっと心の距離がぐっと縮まっていることだろう。

富士山やジョン・ミューア・トレイルなどを例に挙げるまでもなく、近年世界的に著名なフィールドはシーズンになるとパミッションの取得に難儀したり、大混雑で快適に楽しめないという声を聞く。であれば、「季節外れ」を狙って旅をする選択肢をもっておくと、そうした懸念を回避できるだけでなく、思わぬ風景を目にしたり、想像以上の体験ができるかもしれない。前編で書いたように旅費が安く済んだりするメリットもあるしね。

さて、今年の「ゴールデンウィーク」はどう過ごそうかな。