Profile
山本高穂さん(やまもと・たかお)/NHK チーフ・ディレクター
北海道大学卒業後、NHK入局。自然科学や健康・医療分野の番組を中心に制作。NHKスペシャル『東洋医学を“科学”する』から派生した書籍『東洋医学はなぜ効くのか』(共著)も好評。
小川恵子さん(おがわ・けいこ)/広島大学病院漢方診療センター長
名古屋大学医学部卒業。金沢大学、千葉大学などを経て現職。小児外科医の傍ら、中医学の古典から漢方の最先端までカバーする。日本外科学会専門医、日本東洋医学会指導医。医学博士。
藤井サチさん(ふじい・さち)/モデル、タレント
1997年、東京生まれ。食育インストラクター2級の資格を持ち、ピラティスや筋トレなどにも取り組む。YouTubeチャンネル『サッチャンネル』で健康、美容、ダイエットの情報発信中。
漢方には人生を明るく変えるパワーがある。

藤井サチ
漢方と付き合い始めて3〜4年。柴芍六君子湯を飲んでいて、疲れたときは人参湯と四物湯を飲みます。
藤井サチ
口まわりに小さな湿疹ができるようになり、疲れやすくもなって。最初は皮膚科に通ったのですが、対症療法ではなく体質を変えたくなり、漢方に頼りました。
小川恵子
対症療法も必要ですが、体質改善は漢方の得意分野。漢方では口まわりの湿疹は胃腸が弱いサイン。だから、胃腸の機能を補う柴芍六君子湯を処方されたのでしょう。
藤井サチ
ありました! 1年ほどで肌の具合が良くなって、多少忙しくても疲れにくくなった。
小川恵子
腸から栄養素をきちんと吸収できると肌の調子が良くなり、疲労回復も促されます。
藤井サチ
なぜだか肌が良くなると気分も上がる。性格が明るく前向きになり、漢方薬で私の人生が変わったと言いたいくらいです!
小川恵子
心とカラダは切り離せないという意味です。漢方医学の基本的な考え方ですね。
藤井サチ
そもそも東洋医学と漢方ってどう違うんですか?
山本高穂
東洋医学は中国やインド、日本など東洋の伝統医学。僕は2024年に『東洋医学を“科学”する』という番組で、漢方薬や鍼灸の治療と研究の最前線に迫りました。
小川恵子
漢方には、漢方薬以外にも、鍼灸、按摩・指圧、養生などがあります。養生とは、食事や運動などの生活習慣のことです。
山本高穂
いくら漢方薬を飲んでも暴飲暴食をしていたら、思ったように効かないかもしれませんね。
漢方コラム
“漢方”を構成するもの
18世紀になって西洋医学が入ってくるまで、日本で古くから行われていた医学・医療を「漢方」と総称する。そこには生薬を組み合わせた漢方薬だけではなく、鍼灸、按摩・指圧のほか、生活習慣を健康的に整える養生も含まれている。
漢方的“養生”とは?
江戸時代の儒学者・貝原益軒が記した『養生訓』は健康本の先駆け。人を取り巻く環境、仕事、人間関係などの「変(変化)」への調整力を維持・向上させるため、睡眠、運動、食事、感情で「気(生命エネルギー)」を養う大切さを説く。
小川恵子
中国で2000年以上前に漢方の元となる伝統医学が誕生して、それを遣隋使や遣唐使が日本へ持ち帰ったのがルーツです。
山本高穂
でも、24年の大河ドラマでも描いた平安時代に遣唐使は廃止。その後は江戸時代の鎖国もあり、日本で独自に発展しました。
小川恵子
江戸後期にオランダから西洋医学が渡来すると“蘭方”と呼ばれた。それと区別するため、従来の医学を“漢方”と呼びました。
実は子供の難病に効く漢方もあるんです。

藤井サチ
面白い! 事前にスマホで調べたら、小川先生は小児外科のドクターなんですね。西洋医学の医師がなぜ東洋医学の漢方を?
小川恵子
外科手術後の回復度合いには個人差がある。そこで手術後に漢方薬を投与してみたら、回復しやすい子供たちが増えたんです。
小川恵子
そうなんです。漢方は便秘や冷えといったちょっとした不調を治すものと誤解されますが、実は漢方でかなり良くなる子供の難病もある。治療の選択肢を増やしたいと思ってのめり込み、気づいたら専門家になっていた(笑)。
藤井サチ
漢方薬は漢方クリニック以外の病院も使っているんですね。
日本は漢方薬と西洋薬を併用できる理想の環境。
小川恵子
西洋医学にも東洋医学にもそれぞれ得手不得手があるから、使い分けが大切。日本は、国家資格の医師免許があれば、西洋の薬も漢方薬も必要に応じて両方処方できるから、理想的なんです。
藤井サチ
知らなかった! けど、漢方って大昔にできたものじゃないですか。それが現代の病気に効くというのは不思議な気がする。
山本高穂
僕が漢方に興味を抱いたきっかけも、番組でうつ病を取り上げた際、脳科学の先生から鍼治療がうつ病に効くという話を伺ったことでした。調べると、漢方薬の成分にも、脳の神経細胞を守る作用があることがわかった。
小川恵子
うつ病も初期は漢方で症状が改善することもある。2000年以上前の中国の古典『黄帝内経』には「女性は7の倍数で年齢の節目を迎えるが、とくに49歳でいろいろな変化が起こる」とある。
小川恵子
昔の人はよく観察していますね。だから更年期の薬もある。
腸内環境の改善は漢方の“お家芸”。

藤井サチ
いまも腸活ブームが続いていますよね。私もトライしていますが、食物繊維の摂りすぎでお腹がパンパンになり、失敗したこともある。腸活にも効きますか?
山本高穂
お家芸の一つですね。漢方の取材を続けてきて、いちばん驚いたのが、漢方薬が腸内環境に与える影響の大きさでした。
小川恵子
漢方薬を構成する生薬成分は腸まで届きますから、何を飲んでも少なからず腸活になります。
山本高穂
さらに、漢方薬は腸内細菌に代謝されて効果を発揮するものも多い。たとえば、肝機能を改善する茵蔯蒿湯はいわゆる善玉菌が多いと効くことがわかっています。
藤井サチ
漢方薬は腸活になり、腸内環境が良くなるほど、漢方薬が効きやすい体質になるんですね。
山本高穂
脳と腸内環境には「脳腸相関」という連携がありますから、メンタルにも好影響でしょう。
ボディメイクを助ける漢方もある。
藤井サチ
私が漢方薬で前向きになれたのも、脳腸相関のおかげかな。私、ピラティスをやっています。筋肉をつけるためにプロテインを飲んでいますが、ボディメイクにいい漢方薬もあるんですか?
小川恵子
漢方薬にできることは大きく2つあります。一つは、摂ったタンパク質やアミノ酸など栄養素の腸での吸収を良くすること。
藤井サチ
せっかくプロテインを摂っても、体内へ吸収されなかったら筋肉もつきませんね。
小川恵子
もう一つは、血流を盛んにして筋肉の新陳代謝を促すこと。両方に効くのが、八味地黄丸や牛車腎気丸といった漢方薬です。
藤井サチ
メモします! ちなみに小川先生は今後どんな取り組みを?
小川恵子
まず、子供の難病に効く漢方の可能性をもっと追究したいですね。さらに、患者さんのいろいろな症状に、有効な漢方治療ができる医師を育てる教育にも力を入れたい。日本には医師が33万人いますが、漢方専門医は2000人ほどに限られているのが現状です。
山本高穂
僕らメディアは漢方薬のエビデンスや最新の取り組みを発信し、そうした現状を変える一助になれればいいと考えています。
藤井サチ
私自身、漢方で人生が変わったので、どの病院でも普通の選択肢として漢方薬が処方される時代が来てほしいと思います。
KAMPO HISTORY

漢方の源流は、古代中国の伝統医学。「中国4000年の歴史」というけれど、伝統医学が体系化されたのは2000年ほど前の話だ。 中医学は日本へ6世紀頃、仏教とともに伝わる。最初は天皇や貴族など限られた人しか受けられなかったが、鎌倉時代に禅僧が医療の担い手となり、徐々に庶民にも広がる。同時に日本の風土と日本人の体質に応じてアレンジされ、独自性を帯び、ことに鎖国を行った江戸期には成熟を果たす。18世紀に西洋医学が入ると“漢方”という呼び名も生まれるが、明治政府が進めた西洋化の流れは医学・医療にも及び、漢方は一転して“絶滅危惧種”に追い込まれる。 戦後抗生物質の登場で感染症が減り、代わって慢性疾患が増えると、漢方見直しの機運が高まる。1950〜60年代には薬害が多発して西洋医学的治療に疑問の声も上がるようになり、医療用漢方製剤が保険適用となり、漢方は再び日の当たる道を歩くようになった。
千葉大学墨田漢方研究所
鼎談の場所を提供してくれたのは、東京都墨田区にある千葉大学墨田漢方研究所。モダンながら温かみを感じさせる空間で患者のさまざまな悩みに寄り添い、遠方から訪れる人も少なくない。漢方薬の処方以外に鍼灸治療なども行う。