糖尿病が認知症の引き金に!“血糖値スパイク”の真の怖さ。
食後に眠くなるだけなら自分は別に気にしない! もしそんなふうに考えているなら、それは大間違い。高血糖が招く、怖い病気の話をご覧いただこう。
取材・文/井上健二 取材協力・監修/山田 悟
初出『Tarzan』No.898・2025年3月6日発売

教えてくれた人
山田悟(やまだ・さとる)/北里大学北里研究所病院院長補佐、糖尿病センター長。慶應義塾大学医学部卒業。日本糖尿病学会糖尿病専門医・指導医。カロリー制限中心の食事療法から、緩やかな糖質制限食への大転換を図るパイオニア。医学博士。
食後高血糖で万病がドミノ倒しに進む。
生活習慣病は一つひとつ独立しているわけではなく、悪しき生活習慣や肥満を上流に時系列に沿ってドミノ倒しのように連鎖する。それが慶應義塾大学の伊藤裕教授が提唱した「メタボリックドミノ」。最下流では死に至る脳卒中や心不全、がんが待ち構える。
そこへ糖質目線を加えると、話はもっと恐ろしくなる。上流に糖質の摂りすぎや食後高血糖があると、肥満がなくてもメタボリックドミノが次々と倒れていくのだ。これが、山田先生が提唱している“シン・メタボリックドミノ”。
「糖質過多や食後高血糖があると飢餓感がアップ。我慢できずに過食に走ると糖尿病、肥満、高血圧、脂質異常症、脂肪肝などが連鎖するようになり、下流に向かうにつれて動脈硬化→脳卒中・心臓病といった致命的な“事件”に見舞われるようになります」
ドミノを倒さないよう、糖質の過食や食後高血糖を避けるのが、生活習慣病を防ぐ最善手だ。
図にあるマクロアンギオパチーとは動脈のような大きく太い血管、ミクロアンギオパチーとは毛細血管のような小さく細い血管に異変が起こって生じる疾患の総称。ASOとは閉塞性動脈硬化症を指す。
伊藤 T. 日本臨床 2003. 61. 1837-43より
JAMA Intern Med 2018, 178: 1098-1103を踏まえて改変
糖尿病は予備群段階から発がんリスクを上げる。
日本人が生涯に一度がんに罹る割合は、男性で3人に2人、女性で2人に1人。
かなりの高率だが、高血糖を放置するとその割合はもっと上がるかも。福岡県で長年行われている久山町研究によると、糖尿病の前段階でもがんによる死亡率は健常人と比べて1.5倍であり、糖尿病になると2倍に跳ね上がる。
メカニズムは未解明ながら有力な仮説は次の2つ。
第1に、血糖値が下がりにくくなると、血糖値を下げるインスリンの分泌が増える。血糖値を下げるため細胞へ血糖を取り込ませるインスリンは、一種の成長因子。がんの芽も育ててしまうため、発がん率も死亡率も上がる。
第2に、他の細胞より成長が早く多くのエネルギーを消費するがん細胞は、相対的に血糖の需要量も多い。血糖値が高いと常時火に油を注ぐハメとなり、血糖を供給されたがん細胞が元気になるというストーリーも考えられる。
福岡県久山町の住民を対象に、正常型、糖尿病予備群、糖尿病の3タイプに分類し、多変量調整のうえがんによる死亡率を比べた。糖尿病予備群の段階から、がんによる死亡率は上昇する。
出典/The Hisayama Study
高血糖は認知症を招きやすい。
認知症を防ぐためにも重要なのは血糖コントロール。糖尿病だと認知症の主因であるアルツハイマー病に罹るリスクが上がる。
その理由の一つが、脳内でのインスリンの振る舞い。アルツハイマー病の原因物質はアミロイドβというタンパク質。脳内にもインスリンは分泌されるが、分泌されたインスリンを分解する酵素はアミロイドβの分解も担っている。
「血糖値が下がりにくく、インスリン分泌が増えると、その酵素はインスリン分解にかかりきり。アミロイドβの分解が疎かになり、アルツハイマー病に罹りやすいという仮説が成り立ちます」
糖尿病だとインスリンの効き目が落ちるインスリン抵抗性が生じるが、それが認知症の記憶障害を招くという最新研究もある。
「インスリンは記憶を司る脳の海馬にキャッチされると、記憶の定着を助けます。インスリン抵抗性があるとこの仕組みが衰え、記憶力が落ちることも考えられます」
久山町の60歳以上の1017人を対象とした研究(性・年齢で調整済み)。IFGとIGTはともに糖尿病予備群。アルツハイマー型認知症の発症リスクは、IGT(耐糖能異常)、糖尿病だと上がりやすい。
出典/The Hisayama Study
見た目にも影響あり。糖尿病の人は10年老ける。
糖尿病だと寿命が10年短くなるとか。言い換えると老化が10年早いということ。高血糖が続くとカラダの内面にも外面にもダメージが蓄積しやすいからだ。
内面に関していうなら、高血糖は糖化や酸化といった有害な反応により血管を傷つけやすい。血管が傷つくと動脈硬化が進み、動脈が養う臓器の寿命も短くなる。
外面に関しては、高血糖で溢れた糖質がタンパク質と結びつき、体温で温められて生じるAGEs(最終糖化産物)が鍵を握る。AGEsが溜まるとタンパク質の機能が低下。肌を作るタンパク質(コラーゲン)が弾力を失ってシワが定着したり、黄ばんでシミが増えたりする。同じくタンパク質から作られる毛髪のコシも失われ、見た目はみるみる老ける。
AGEsはタンパク質が土台を作る骨を脆くし、同じくタンパク質からなる血管を硬くしたりして内面の老化にも拍車をかける。最後までなんとも恐ろしい話だ。