
教えてくれた人
写真右:片山洋次郎(かたやま・ようじろう)/整体師。〈身がまま整体 気響会〉主宰。「野口整体」の思想に触発されながら独自の整体法を作り上げ、身も心も楽になる方法を提言。近著は『姿勢をゆるめる 疲れない身体と心の整え方』(河出書房新社)。
写真左:藤本靖(ふじもと・やすし)/ボディワーカー。〈環境神経学研究所〉代表。企業の研究開発事業を受託するなど活動は多岐にわたる。近著は、片山さん、ロルファーの田畑浩良さんとの共著で『共鳴するからだ 空間身体学をひらく』(晶文社)。
カラダそのものだけでなく人を取り巻く環境も重視。
整体、ボディワークとアプローチの仕方は違えど、人間の中に本来備わっている自己調整力(自らが整う力)を引き出すことに注力してきた、整体師の片山洋次郎さんと、ボディワーカーの藤本靖さん。
片山
カラダだけでなく、我々を取り巻く環境、空間全体も意識している点が藤本さんとの共通項かと……。
藤本
そうですね。カラダは環境に反応して変化するもの。天気や気圧の変化、気候変動だけでなく、不景気だったり、コロナ禍のような社会から受ける影響も当然ありますよね。近年は、慢性的にストレスが続いているから、「お風呂に入っていても、リラックスしているのかどうか分からない」という人が増えています。自分のカラダの中にあるはずの「自然体」に気づけなくなってしまい、無感覚や過敏な状態になる。これは自律神経の視点から言うと「凍りつき(反応)」だと言えます。
片山
最近、人との距離感がうまく取れないという人が多いのは、カラダが硬直していたり、過敏になってしまったのではないかと思います。行列で並ぶ時も、必要以上に距離を取る人が増えた印象です。
藤本
人間関係の影響は大きいですね。苦手な人と会う時はキュッとカラダが硬直し、好きな人とだと骨盤まわりも緩んでいます。“腰が引ける”なんて言い方は、まさに心身の状況をうまく表しています。
骨盤が硬くなると、平衡感覚が失われる。
片山
私が股関節に本当に注目するようになったのは、股関節が硬くなっている人が如実に増えた、コロナ禍からなんです。股関節はカラダの老化が一番最初に出るところですが、股関節の動きの滑らかさが失われてしまい、平衡感覚までおかしくなっている人が老若男女、年齢に関係なく増えたと実感しています。
藤本
歩く時はもちろんですが、全ての動作の初動は股関節から始まりますから、この滑らかさが失われてしまうのは大きな問題ですよね。
片山
イチローさんなどが初動負荷トレーニングをやっていますが、筋トレというよりは、股関節を使いこなすトレーニングといえます。どんな動きでも動きの起点は股関節ですから。そこからあらゆる関節の可動域を生かすことにつながります。股関節は体幹の姿勢のバランスを保つ起点にもなっているから、ここが固まると平衡感覚もおかしくなる。
藤本
確かに、私が行っている自律神経に関わる研究でも、若者に平衡感覚を失っている人が増えている事実が見て取れます。そのため、乗り物酔いをする人の率が上がっているんです。カラダ全体の姿勢のバランスを取る、体性感覚が意識できない人が増えていますね。
片山
股関節は本来、常に微妙に揺れてカラダを安定させているもの。左右のバランスを調整しつつ、首と連動して平衡感覚を保っているのに、股関節が硬いと足元がちょっと不安定になるだけで、軽いめまいのような感覚を起こしやすいのでしょう。
「膝の力を抜き、股関節で歩くようなイメージを持つと、股関節の“自在性”が保たれる」と片山さん。初動に関わる重要な関節。常に自在に動ける状態を維持するのが大事です。股関節が持つバネの力が、躍動感や生命力を育んでいると思います。
柔軟性と安定感。相対する性能が必要。
藤本
人間が四足歩行から二足歩行になったことで、立位姿勢を保つために、骨盤や股関節の役割はとても大きくなりました。股関節は、脚をダイナミックに動かせる可動性と、カラダを支える安定性という両極端の働きを同時にやらないといけない。カラダをコントロールするためには、グランディングが大事といいますけど、グランディングするためには、上に上がる浮きの力が必要です。
片山
武術でいう“浮き身”ですね。
藤本
その通りです。股関節は、浮く力と地面に引っ張る力、2つが引っ張り合う結節点。拮抗することでバネのようなものが生まれ、このバネは躍動感、ひいては人間の生命力を生んでいるのだと思います。だから、股関節が硬くなると弾む力が失われ、生命力も失われてしまうのではないかと考えられます。
藤本
バネと捉えるのはとてもいいですね。股関節に柔軟性が必要だ、と言うとただ緩めればいいのかと考えがちですが、安定感も同時に求められます。私は、股関節に必要なのは自在性ではないかと。立っている時も座っている時も、左右別々に常に動きながらバランスを取っている股関節が、無意識下で自在に動くのが本来のあるべき姿だと考えます。
藤本
良い姿勢というと、カッチリ整った姿勢を想像しがちですけど、姿勢は股関節でバランスを取りながら、常に流動的に変化しています。その動きに任せていれば、その時々にふさわしい姿勢になりますよね。
片山
そうですね。私は、すぐに動き出せるカラダを維持するのが大事なのではないかと思っています。ここ数年の気候変動や天災、コロナのパンデミックなど、それぞれにデリケートに対応していると、心身がやられてしまうことが多すぎます。情報に翻弄されてもいけません。そのために必要なのは、野性的、本能的に動けるカラダであることだと思うのです。戦うだけではなく、逃げる力、かわす力も必要で、そこに関わってくるのが股関節の自在性なんじゃないかと考えています。
藤本
カラダの声を聞き、流動性を維持していきたいですね。