
教えてくれた人
能勢博(のせ・ひろし)/信州大学学術研究院医学系特任教授。ウォーキングの常識を変えた「インターバル速歩」の提唱者で、20年の歳月をかけてその健康効果を実証。趣味は登山。
暑さに強いカラダは、慣れから始まる。

暑いし、疲れるし。夏の余暇は涼しい室内で過ごすに限るというインドア派。
梅雨明けして間もないこの時期、酷暑日は目の前に迫っているというのに、それに耐え得るカラダの準備はまだ整っていない。平たく言うと、体温調節が下手っぴいな状態。そのままいきなり山や海へ飛び出す前に、まずはやっておきたいことがある。
「朝夕の比較的涼しい時間帯に20〜30分間、ややきつい運動をしましょう。1〜2週間続けることで体温調節の機能が50%くらいアップします」
と言うのは、信州大学医学部特任教授・能勢博さん。ややきつい運動とは、40〜50代なら心拍数が130〜140程度の運動のこと。少々息は切れるけれど、隣にいる誰かと話ができるくらいの強度。
「40代以降は3分の速歩と3分のゆっくり歩きを繰り返すインターバル速歩などがおすすめです」
ゴロ寝を決め込むか朝か夕に外に出るか、ここが運命の分かれ道。
主観的な運動強度と心拍数の目安。

上はボルグスケールと呼ばれる主観的運動強度。ややきつい運動は40代では心拍数140に相当する。慣れないうちはスマートウォッチなどで計測を。
厚生労働省「健康づくりのための身体活動基準2013」
発汗力を左右するのは、運動習慣の有無。
一定の体温を保つためにヒトは暑い環境では血管を拡張させて皮膚から熱を放出する。または汗をかいて体内の熱を逃がす。とくに発汗のシステムの発達ぶりは恒温動物の中でヒトがダントツ。
「脳の温度が上がったときに体温調節の中枢から発汗神経に“汗をかけ”という指令が下ります。ところが暑さに順応していないとその回路と汗腺の連携がうまく作動しません。さらに汗の材料の血液の量が少ないこともうまく汗をかけない原因になります」
不活動の状態では重力で血液は下半身の静脈に留まりがち。心臓に戻ってくる血液量が少ないから血液循環も滞る。一方で、ややきつい運動を20〜30分行った後、糖とタンパク質を含む牛乳やプロテインを補給する。これを1〜2週間続けると血液の量は約100mL増える。つまり、外に出て動くほど発汗能力は鍛えられるのだ。
体温を一定に保つカラダの仕組み。

暑い環境で皮膚にあるセンサーが熱を感知すると脳にその情報が届けられる。体温調節の中枢は交感神経を介して血管や汗腺に熱を逃がすよう指令を下す。運動することでこうした連携がスムーズになる。
適度な発汗は体温調整をしやすい。

暑い夏だからこそ、下界を飛び出し、自然の中でカラダを動かすアウトドア派。
前述したようにヒトは皮膚からの放熱と発汗でカラダに蓄積された熱を逃がし、暑さに順応する。
ところが、7月後半から8月にかけて30度超えが当たり前になるとそうもいかない。気温が33度以上になると皮膚からの放熱ができなくなり、残る発汗に頼るしかなくなる。さらにニッポンの夏は湿度が高く、汗が蒸発しにくいので、乾燥地域の2〜3倍汗をかかなければ体温調節に繫がらない。
でも、真夏日が続く前に暑さに慣れ、血液量を増やしておけば上手に汗をかけるようになる。この状態で山に出かけたとしよう。標高が100m上がるごとに気温は約0.6度下がるので、低山でも平地の気温より3度以上低い。
こうした環境では発汗と皮膚からのW放熱が期待できるし、樹木で直射日光も遮られ、涼しい風が吹き渡り、至極快適。暑さにビビって籠城している場合ではない。
高温多湿環境では発汗能力がカギに。
【体温を下げる主な方法】

熱を逃がす方法は皮膚からの放熱と汗の蒸発による放熱の2つ。湿度が高い環境で33℃以上になると後者の方法が無効化し、発汗に頼るしかなくなる。
「ファクトブック2015年度版」(Jミルク)より
発汗力が高まると暑さの中でも動き続けられる。

暑さに対処する能力を手放したインドア派は、日常生活活動ですらお疲れ気味。
思い立って、久々に外に散歩に出かける。ところが案の定、15分と歩き続けられずヘトヘト状態に。それも当然。気温は運動の継続時間に大いなる影響を与えるからだ。下のグラフをご覧の通り、40度より20度、20度より3度の環境下の方が長く運動を続けられる。
「理由のひとつは、体温と心拍数が密接に関係していることです。脳の温度が0.1度上がると1分間の心拍数が5拍上がるといわれています。30分程度のややきつい運動でも体温は1度上がり、心拍数は50拍上がります」
当然、心拍数が上がりすぎると人はそれ以上運動を続けることはできない。平地では心拍数160程度がアッパーリミット。
上手に汗をかいて放熱できるようになれば体温は上がりにくい。よって心拍数の急上昇も防げる。すると、部屋に閉じこもり気味の人より暑い環境でも動けるわけだ。
環境温度と運動時間の関係。

自転車エルゴメーター運動を疲労困憊するまで行ったときの継続時間。横軸は環境温。気温が高いほど継続時間は短くなる。
Parkin et al., 1999「競技者のための暑熱対策ガイドブック」(日本スポーツ振興センター)より
登山なら血流が巡り、より放熱しやすいカラダに。
暑いので移動はもっぱらバスやマイカー、なんならタクシー。どこへ行くにも冷房がガンガンに効いていてとっても楽ちん。
かたや街を出て山に向かい、とにかく自分の脚を使って頂上を目指す。登るほどに気温が下がり空気が澄み切ってとっても快適。
さて、このとき前者のカラダの中では、重力で下半身に溜まった血液が停滞している。その結果、血液の流れが悪く、血液量も不足して体内の熱を逃がしにくい状態。
一方、後者は脚の筋肉を伸縮し続けることで血管が刺激され、血液が心臓に向かって押し返される。心臓に返ってくる血液量が増えるので血液循環が促され、放熱システムもうまくいく。
「ゆっくりしたペースでもいいので山に登ることで心臓に血液をたくさん戻せるようになります。登山中の休憩時間は短時間なので血液循環は促され続けるのです」
夏の活動力を高め「暑熱順化」。
暑い環境にカラダが適応することを「暑熱順化」と呼ぶが、具体的に起こっていることは次の通り。
安静時の深部体温(外気に影響されないカラダの奥の体温)が低くなる。すると、運動で体温が上がったとしてもアッパーリミットに達しにくい。よって、より長い時間運動を続けることができる。
また、運動後に牛乳やプロテインを摂ることで血液量が増えると、汗をかきやすくなる。すると、暑熱順化する前に比べ、体温が低いうちにじわじわ汗をかいて熱を逃がすことができる。
さらに、ややきついレベルの運動を続けると、1分間にカラダに取り入れることができる酸素の許容量=最大酸素摂取量が増える。これは全身持久力の指標で数値が高いほど心肺機能が高く疲れにくい。これらはすべてグッドケースで得られる恩恵。バッドケースの場合、夏場は日常生活すら難儀に。
暑熱順化によるカラダの変化。

左は深部体温の変化。暑熱順化後は安静時の深部体温が低いため運動しても体温が上がるまでに時間がかかる。右は発汗量の変化。同じ深部体温でも暑熱順化前に比べて発汗量が多い。
「競技者のための暑熱対策ガイドブック」(日本スポーツ振興センター)より
最適な血液量と発汗力で、熱中症を防ぐ。

疲れ知らずのカラダを手に入れたアウトドア派は、厳しい酷暑日もなんのその。
近年、救急車で運ばれる熱中症患者は増える一方。昨年の救急搬送者数は過去最高の10万人超え。もはや人ごとではない。
「心臓に戻ってくる血液量が減ると、汗をかきにくくなるだけではなく血圧の低下が起こります。急激に血圧が低下することで脳への血流が減ってバタッと倒れる。これが熱中症の初期症状である“熱失神”です。朝礼のときに子どもたちがバタバタ倒れるのはそうした現象です」
もちろん、大人でも起こり得る。多くは涼しい場所で足を高くして横になれば回復するが、吐き気や昏睡を伴う重度の熱中症に進行することも。すべては血液量が少なく、カラダの熱をうまく逃がせないことが原因。今のうちに暑熱順化を心がけておくことで、こうした熱中症のリスクを遠ざけることができる。となれば、アウトドアに飛び出す準備をしない手はない。
