古賀若菜(柔道)「まずは目の前の試合に勝つことを大事にしたい」

高校生のとき早くもシニアの大会で優勝したが、これまでオリンピックへの出場は叶わなかった。次はという気持ちを抱き、彼女は日々戦っている。(雑誌『Tarzan』の人気連載「Here Comes Tarzan」〈2026年4月23日発売〉より全文掲載)

text: Ichiro Suzuki photo: Yusuke Nakanishi

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古賀若菜(柔道)
Profile

古賀若菜(こが・わかな)/2001年生まれ。155cm、48kg。4歳から柔道を始める。インターハイ48kg級3連覇。19年、世界ジュニアで優勝。世界選手権は、21年ブダペスト2位、23年ドーハ3位、25年ブダペスト3位。グランドスラムは、21年パリ優勝、24年と25年東京優勝。グランプリは、19年モントリオール、22年と24年ザグレブ優勝。アジア選手権は、22年ヌルスルタン優勝。JR東日本所属。

体幹が安定してきて、潰れないで最後まで追えるようになった。

「令和のヤワラちゃん」との異名を持つのが、女子柔道48kg級の古賀若菜である。ヤワラちゃんは同階級で絶対的王者だった谷亮子さんの愛称であった。前に出る攻撃的なスタイルと、速くて爆発力のある投げ技が二人の共通点であり、そのため古賀はこのように呼ばれることになった。

実績もまたすばらしい。世界選手権は2021年のブダペストで銀メダル、23年、25年も出場して銅メダルだった。グランドスラムでは24年、25年と東京大会で優勝している。まさに国際大会の常連なのだが、まず試合前の心境について語ってくれた。

古賀若菜_柔道

「不安な気持ちは持たずに挑んでいて、心の中では勝つことしか考えていませんね。負けたらどうしようとか絶対に思わないし、それはやっぱり納得のいく練習ができていると確信しているからです。質や量、それに相手の研究もそうですし、トレーニングも。やってきたことに自信があるというのが大切なんですよね」

古賀の名が広く知れ渡ったのは、高校3年の時に出場した全日本選抜柔道体重別選手権においてである。初めてシニアの全国大会で優勝して、それは同階級で田村(谷)亮子さん以来の高校生チャンピオンという快挙だった。ヤワラの片鱗を見せ始めていたというところか。ただ、そのころは今のように選手としての芯は固まってはいない。だから、全国大会の前はこんなことを思っていた。

古賀若菜_柔道

「高校の時は、憧れの選手というか、自分がスゴイと思っている選手が出場していたので、試合ができることが楽しみでした。近藤さん(亜美・48kg級リオデジャネイロ・オリンピック銅メダル)とかとやれるのが本当にうれしくて、ただもう挑戦者の気持ちでしかなかったんですよ」

しかし、ここから古賀が歩むことになる道は決して一筋縄ではいかなかった。強いライバルに阻まれ、過酷だったこともまた事実なのである。

中・高で優勝してきた。角田さんは初めての壁。

選抜体重別で勝った年の7月、古賀はIJF(国際柔道連盟)のワールド柔道ツアーであるグランプリ・モントリオールでも初優勝を飾る。これで東京オリンピックという目標に近づいたのだが、願いは叶わず渡名喜風南が代表となり、銀メダルを獲得した。

このとき、同じ目標で52kg級から階級変更をしたのが角田夏実である。角田もまた東京を逃して一度は引退も考えたが、新たにパリ・オリンピックへの挑戦を決意する。これが、古賀の大きな試練となった。

古賀若菜_柔道

「今まで中・高で、いろんな大会で優勝してきて、初めての壁というのが角田さんでした。自分が国内で連敗をしてしまった選手というのは、他にいなくて初めてだった。手足が長くて独特の柔道をする。巴投げとか十字(腕ひしぎ十字固め)とか絶対的な技があるので、わかっていても、気を付けていてもかかってしまう。本当にすごいと思っていました。自分もそういう技が、ひとつでも作れたらいいと考えているんです」

と話すが、古賀には左大内刈りや背負い投げなど得意技がある。組んだ瞬間に相手を崩して、技へと移行する速さは比類がない。本人も「しっかり掛けたら投げられるという自信はありますね」と言う。ともあれ、古賀は角田に3連敗を喫し、最後まで勝つことはなかった。

東京から4年後のパリ・オリンピックで優勝した角田は、引退を表明してしまったのだ。周囲には“次はアナタの番”と言う人もいたようだが、もちろん挑んできた相手の突然の離脱は、単純にはよろこぶことはできない。

古賀若菜(柔道)

「そうですね。もう一回戦って、しっかり勝って次へと繫いでいきたいというのはありました。複雑な気持ちなんですけど、やることをやっていくだけだと、今は考えていますね」

確かに過去を思い煩っている暇はない。48kg級では若手の台頭が目覚ましい。ずっと追う立場だったのが、今度は追われる立場になったのだ。「追う立場のほうが楽でした」と古賀は笑う。それはそうだ。すべての選手が“打倒古賀”になっているのだ。そのために作戦を立てるし、弱点やクセは徹底的に研究される。現代では、選手の動きを正確に解析するツールも揃っているのである。

古賀若菜_柔道

「前までは国際大会も楽しみだって感じだったんです。でも、今はどの試合においても、負けたらどうしようと思って挑んだら本当に負けると考えるようになった。気持ちが大事だということがわかってきました」

その気持ちを築き上げるには、日常が大切になる。古賀は現在、元48kg級で世界選手権でも優勝した福見友子監督が率いるJR東日本女子柔道部に所属している。午前中から2時間強の練習があり、昼食と休憩を挟んでトレーニングへと向かう。

「専属のトレーナーさんもついてくださって、一緒にやります。自分は軽量級なので筋量はあまり増やしたくない。重い重量はそれほど挙げず、体幹とかカラダの使い方とか、柔道で課題にしているところを重点的にやります。試合でも体幹が安定してきて、よくなったって言われることもあって、自分でも実感しています。前までは(技を)掛けて潰れていたのが、最後まで追えるようになった。それは、本当に快感ですよ!」

練習の質と量、それに細かい部分。すべてをもっとやることが大事。

大会では続けて試合があるので持久系の体力も重要となってくる。これに対応するために、インターバルトレーニングも取り入れている。

古賀若菜_柔道

「20mほどを3往復ダッシュしてタイムを計る。1分休憩して繰り返す。当然、やるごとに記録は落ちていくのですが、その落ち幅を少なくしていくことが重要なんですよね」

2年後はロサンゼルス・オリンピックが開催される。古賀にとっては3度目の挑戦である。最短での代表決定は2027年の世界選手権と、同年に開催されるグランドスラムで優勝することだ。そうなれば来年の12月にも内定が出るはずだ。これなら時間的にも余裕を持って、オリンピックに進んでいくことができる。

古賀若菜_柔道

「それまでには、まだかなり試合があるんです。国内ではより多く勝つことと、世界選手権でチャンピオンになることをまず目指したい。最終的にはオリンピックなのですが、先を見過ぎたらダメだなって自分でも思うので、まずは目の前の試合に勝つことを大事にしていきたいと思っています。ただ、国内の選手も強いですし、海外にはけっこう負けている選手もいる。だから、もっと練習の質と量、それに細かい部分も追求していかなくてはダメです。勝つためには、すべてをもっとやっていかなければと思っているんです」

オリンピックに出場できるのは各階級たった1人。古賀はこれから選手としての正念場を迎えるのだ。