
うまいものを食べさせたい。愛情が生むPFCバランス。
「っいーーーち、っにーーーい」
土俵の中で部員たちが、ゆっくり四股を踏むそこは、埼玉栄高等学校相撲部の稽古場。2024年、大相撲では最高位の横綱に次ぐ大関に昇進した琴櫻など、幕内力士を数多く輩出する強豪校だ。
「就任当時は部員が5人でした」
1990年から監督を務める山田道紀さんはそう語る。しかし、翌91年にインターハイに初出場すると92年には団体戦初優勝へと導き、今や団体優勝回数は11度。ズバリ、強さの秘訣は何なのか。

取材で伺ったのは、まだ肌寒い3月のこと。相撲部練習場の土俵では、卒業式を翌々日に控えた3年生の垣添玄空さん(写真右)らが稽古に励む。大相撲の雷親方(元小結・垣添)を父に、女子相撲元全日本王者の栄美さんを母に持つサラブレッドで、卒業後は雷部屋に入門することが内定している。
「妻の早苗と毎日3食手作りをしている食事、ちゃんこです」
力士は、カラダを大きくするためにとにかく食べる必要がある。しかし、ハイカロリーなものをただドカ食いすればいいわけではない。肥満は当然、内臓疾患のリスクを高めるため、相撲取りのように筋肉と脂肪の絶妙な共存を求めるアスリートこそバランスのよい食事が不可欠だ。山田さんがちゃんこにこだわる理由もそこにある。「ただ」と言葉を継ぐ。
「栄養学のことはよくわかりませんが、なるべくいい素材を使って美味しいものを作るだけ。実家のお袋が月一でサバを送ってくれるんで、捌いて塩や酒、みりんに漬けて焼いたり。ひと手間かける。こだわりはそこだけなんです」

全寮制の相撲部では、提供する料理の量が多いためレトルトを使用するところも少なくない。しかし、埼玉栄では監督の山田道紀さんが中心となってすべて手作り。この日のメインディッシュはハンバーグ。特製のデミグラス風ソースは、ケチャップが隠し味。キャベツは“千切りの達人”と慕われる部員の仕事だ。
稽古が終わればちゃんこの時間。稽古場から程近い寮に戻ると、行司が軍配を返したかのように山田さんたちの調理の火蓋が切られる。醬油、ゴマ油、豆板醬を目分量で調合し、牛肉を漬けて焼き肉を作る山田さん。和風ドレッシングやデミグラス風ソースも手作りし、サラダやハンバーグを手際よく仕上げる。調味料を渡すちゃんこ番の部員との阿吽の呼吸も見事。
「相撲も瞬発力が大事ですから。砂糖! (部員が砂糖の容器を差し出す)こんな角度で渡すな。相撲も角度が悪いと勝てないぞ」
「ちゃんこ番をすると強くなる」と山田さんが語るように、調理も稽古の一環。スーパーへの買い出しにも同じことが言える。
「質のいい肉や野菜を、できるだけ安く大量に買える目を養っておけば、入門後、ちゃんこ番を任されたときに生きてくるんです」

山田さんの父は、山陰浜坂漁港の仲買人をしていた。現在、家業を継いだ弟の達也さんは、その一方でミシュラン2つ星獲得店〈かに良〉を営んでいる。その縁から、部室には定期的に新鮮な魚介が届き、この日、味噌煮に使われたサバも前日に送られてきたもの。

食材だけでなく食器にもこだわる山田さん。お気に入りは合羽橋で購入したメラミン皿。

油も定期的に入れ替えてきれいに保たれる。現在は、同部の食事に注目する日清オイリオから提供された《ヘルシークリア》を使用。
この日の献立は、目玉焼きを乗せたハンバーグ、牛焼き肉、サバの味噌煮などに、鶏肉のちゃんこ鍋と白米を加えた全7皿。デカ盛りメニューを“横綱”と呼ぶことがあるが、それに匹敵する品数とボリュームだ。驚くべきは、栄養学的に見てもこのちゃんこが“横綱”級だということ。長年プロアスリートの食事サポートを行ってきた公認スポーツ栄養士の橋本玲子さんはその衝撃を語る。
「2016年4月から2年間、1年生7人を対象に食事内容と身体組成の変化を調査したところ、彼らは1日約6150キロカロリー(夜食を除く)を摂取していました。すごい量ですが、PFCバランスにおける脂質は27%と理想的な割合でした」
また、入学時と卒業時を比較すると、リハビリ中の1人を除き全員の体重と除脂肪体重が増加する結果に。栄相撲部の食事は健康で力強いカラダが出来上がる、奇跡のちゃんこだったのだ。

今晩の1人前のメニューの全体像。豆腐サラダにワカメが乗っているのは、橋本さんの「乳製品を出さないため、カルシウムが不足しがちなのが気になる」というアドバイスを受けてのアイデアメニューだ。右端に写るナスの香味揚げは、OBである湊川親方(元大関・貴景勝)も愛したこの部の名物。そんな湊川親方をはじめ、山田さんたちの作るちゃんこを食べるためだけに部室を訪れるOBたちは数多いという。

ちゃんこ番の部員が担当した目玉焼きは、白身がきれいに整えられていた。丁寧な調理を心がける山田さんの精神が継承されている。

鶏肉で出汁を取ったちゃんこ鍋は、野菜がたっぷり。卒業する生徒からのリクエストで、この日は山田さんの故郷のポン酢を使ったものに。

部員たちは「いただきます」と言った数十秒後には白米をお代わりしていた。皆だいたい1食で3、4杯は食べるそう。米はOBたちが送ってくれたものだ。
もうひとつ、橋本さんの印象に残っているのが、ごちそうさまの後の光景。
「部員たちが皆で食器を片付ける所作が美しい。日本人が忘れてしまった姿がそこにはありました」
食へのこだわりが結果として健康的なちゃんこを生み出し、部員もその想いに応えるべく精進する。一説によれば、ちゃんことは「ちゃん(親方)」と「こ(弟子)」を意味するという。埼玉栄の相撲部で営まれているのは、師弟という運命共同体でこそ到達しえた、ウェルビーイングな食生活だった。
埼玉栄高等学校相撲部

監督・山田道紀(やまだ・みちのり)/1965年、兵庫県生まれ。高校卒業後、日本大学の相撲部に所属し、全日本体重別無差別級で準優勝。 90年より現職。後進の育成に励む。
埼玉栄高等学校相撲部は、山田さんが監督に就任して以来、インターハイで11度の団体優勝に輝く強豪校。これまで60人以上の卒業生を角界に送り出している。また、筋力トレーニングなどはトレーナーの岡武聡さんが指導している。

