戦い、癒せる不思議な力?東洋医学とポップカルチャーの関係性。
気功、ツボ、鍼灸、薬膳……。東洋医学は、長くフィクションの世界に“ちょっと不思議な力”を与えてきた。だが近年、そのモチーフの扱われ方は少しずつ変わりつつある。識者3人の視点を借りて、現代ポップカルチャーにおける東洋医学的イメージの輪郭を描き出してみよう。
取材・文/中野 慧 イラストレーション/吉田雨水 取材協力/唐木 元(ライター)、泉 信行(漫画・アニメ研究者)、西森路代(映画・ドラマ評論家)
初出『Tarzan』No.919・2026年2月12日発売

西洋ポップカルチャーが夢見てきた、「治しながら戦う力」。東アジアが育てた“ケアとしての東洋医学”。
ハリウッド映画をはじめ、世界のポップカルチャーの大きな震源地は今もアメリカだ。元『コミックナタリー』編集長で現在ニューヨーク在住の唐木元さんは「アメリカでは60年代以降のヒッピームーブメントの時代以降、西洋社会の綻びを外側から癒やしてくれるものとして“神秘的な東洋”が存在してきました」と語る。
マーベル映画『ドクター・ストレンジ』(16年)では、心身に傷を負った主人公がヒマラヤの麓で修行してスーパーパワーを手に入れる。
「差別と憧れは表裏一体。東洋医学的モチーフは、ハリウッドをはじめとした西洋社会でオリエンタリズム的に消費されてきた歴史があります」(ライター・唐木元さん)。
ところが近年、その動向にも変化が見られるという。
「日本でも人気の『ストレンジャー・シングス』では、主人公の一人が超能力を発動すると鼻血を流す描写があります。この“等価交換”の感覚は、これまでの欧米ヒーロー像ではあまり前面化してこなかったもの。『AKIRA』や『鋼の錬金術師』など、等価交換の感覚を描いたジャパニメーションが広く浸透したこととも無関係ではないでしょう」。(唐木さん)
一方、『鬼滅の刃』の「◯◯の呼吸」で超常的な力が発揮される描写は欧米の人にも理解されやすいという。
「“東洋人はブレス(呼吸)を大事にするらしい”という知識は、欧米人にとっては当たり前になっています。ただ、アメリカで人気のジブリ作品に関して言うと『風の谷のナウシカ』の漫画版だけはやや異質。“有害な毒素に包まれた〈腐海〉が、実は癒やしのメタファーでもある”という浄化と汚染の感覚は、日本人であれば比較的すんなり理解できますが、西洋人が理解するのはいまだに難しいところがあるのではないかと思います」。(唐木さん)
文化を読み解くキーワード集。
【等価交換】
「何かを得るには同等の代価(犠牲)が必要」という考え方。
【浄化と汚染】
『ナウシカ』漫画版で描かれた、浄化には汚染が必要、という概念。
【オリエンタリズム】
西洋が東洋を「神秘的で異質なもの」へと単純化して捉える見方。
【薬膳】
季節・症状・体質等に応じて食材や生薬を組み合わせる料理。
【虚弱とケア】
絶対に終電を逃さない女『虚弱に生きる』(書籍)も昨年話題に。
“攻撃力”を“ケア”に転換。SF少年的な想像力。
日本国内のポップカルチャーでも、東洋医学的モチーフはしばしば登場してきた。漫画・アニメ研究者の泉信行さんは「戦後のSF少年的想像力では“正と負のエネルギーを融合させる”という、単純な数学知識を応用した必殺技への憧れが特撮作品などに受け継がれてきました」と語る。
たとえば西洋的な「剣と魔法の世界」を舞台とした、とあるJ-RPGでは、ゾンビのような“負”の生命力を持つ存在にケア魔法をかけると攻撃魔法となる、という逆転した発想が登場する。
「さらに革新的だったのが、他のRPGを原作とした90年代のヒット漫画『ドラゴンクエスト ダイの大冒険』でした。マァムという女性武闘家が習得した“閃華裂光拳”という技は、東洋的な武術にケア魔法を融合させ、“生物に過剰な生命エネルギーを注いで体内から崩壊させる”という原作にないロジックを導入して当時の子どもたちを驚かせました」(漫画・アニメ研究者・泉信行さん)
こうした想像力は現代のヒット作も受け継いでいるという。
「『呪術廻戦』では“反転術式”といって、負のエネルギーである呪力を反転させてケアに活用する技が登場します。和や東洋のイメージとともに“戦う力と癒やす力を同じエネルギーの両義性として捉える”発想を楽しんでいるのが面白いですよね」(泉さん)
相互に影響し発展する東アジアカルチャー。
もうひとつ近年の動向として面白いのは、韓国・中国圏の東洋医学的想像力が、日本と相互に影響を与え合い発展していることだ。映画・ドラマ評論家の西森路代さんはこう指摘する。
「韓国ドラマ『宮廷女官チャングムの誓い』は、女性主人公が薬膳の知識を活用し立身出世を遂げていく内容。ケアワークを梃子にするという意味では、主人公が看護師になる日本の少女漫画『キャンディ♡キャンディ』(70年代後半にヒット、日韓でアニメ放映)から影響を受けているのではないでしょうか」。(映画・ドラマ評論家の西森路代さん)
『チャングム』は00年代後半〜10年代以降、ドラマのヒットを受けて日本の街の風景に影響を与えたという。
「韓国の薬膳料理に対する関心の高まりが、薬膳レストランや参鶏湯(サムゲタン)のブームにつながったのではないかと思います」。(西森さん)
日本のフィクションで薬膳モチーフが取り入れられるようになった昨今における契機は、ドラマ化もされた漫画『しあわせは食べて寝て待て』(20年から連載開始)。フルタイムで働けなくなった30代後半の女性が、薬膳をきっかけに自分の人生を取り戻していく様子を描いている。
「現代日本の働く女性の間では“思ったように働けない”が切実なテーマになっているようです」。(西森さん)
興味深いのは“虚弱とケア”をテーマにした作品に共感する女性たちが、同時に香港映画『トワイライト・ウォリアーズ』(24年)のような気功を取り入れたアクション映画を同時に“推し”ていることだという。
「現実は“働けない”だけど、理想は“元気でいたい”。この2つが一人の人間の中で共存しているのが現代なのだと思います。同作では谷垣健治さんをはじめ、日本のアクション映画制作スタッフも大きな貢献をしています。今は東アジア諸国のポップカルチャーを通じた相互交流が、かつてよりも活発になっていますよね」。(西森さん)
現代東アジアの想像力は、もしかしたら東洋医学的モチーフをひとつの軸にしつつ、互いに影響し合って私たちの価値観を揺さぶり続けているのかもしれない。
東洋医学モチーフが見える作品ミニガイド。
《ストレンジャー・シングス》
米郊外の若者・大人たちが怪異に立ち向かっていくNetflixドラマ。
《風の谷のナウシカ》(漫画版)
映画版の世界観を、長期連載を通じ生命哲学的に深化させた作品。
《ドクター・ストレンジ》
西洋医学では回復不能な傷を負った医師が超能力を手にする。
《ドラゴンクエスト ダイの大冒険》
ドラクエの世界観を漫画化した作品。近年再アニメ化されヒット。
《呪術廻戦》
負の感情から生まれる“呪い”を用いる能力者たちのバトル漫画。
《宮廷女官チャングムの誓い》
近世朝鮮の宮廷で生きる女性を描いた大河ドラマ。03〜04年に放送。
《しあわせは食べて寝て待て》
過労とストレスで難病を抱えた女性が薬膳を通じて回復していく。
《トワイライト・ウォリアーズ》
返還前の香港を舞台に、街の絆を守るため男たちが拳を交える。

