歯を守るだけじゃない。マウスピースがもたらす意外な効果。
マウスピース=スポーツで使用されるもの、という固定観念は一掃。身体バランスや睡眠にまで及ぶポテンシャルの高さを知っておこう。
取材・文/板倉みきこ 撮影/中島慶子 イラストレーション/うえむらのぶこ 監修・資料提供/藤巻弘太郎(ぶばいオハナ歯科院長)
初出『Tarzan』No.913・2025年10月23日発売

教えてくれた人
藤巻弘太郎(ふじまき・こうたろう)/ぶばいオハナ歯科院長。歯科医。日本歯科大学大学院修了。日本睡眠歯科学会認定医、日本スポーツ歯科医学会専門医・指導医、ジャパンオーラルヘルス学会予防歯科認定医・指導医など。
マウスピースは、QOLを上げる選択肢だ。
“マウスピース”は、広義ではオーラルアプライアンス(口腔内装置)と呼ばれるもの。専門的には、スポーツ用で外部からの衝撃を防ぐために使うマウスガード、睡眠時の歯ぎしりや食いしばりから歯を守るのがナイトガード、歯並び矯正用のアライナー、睡眠時無呼吸用などが挙がる。目的によって仕組みも多様、呼び名も違うのだ。
「さまざまな場面で効果が見込まれ、オーラルアプライアンスの存在感は高まっています」(ぶばいオハナ歯科院長・藤巻弘太郎さん)
今回はマウスガードがもたらす4つの効果を紹介する。
1.歯ぎしりや食いしばりから歯を守る。
自覚しやすい日中以上に問題なのが、睡眠時の歯ぎしりや食いしばり(ブラキシズム)。歯の破損だけでなく、歯周病や顎関節症、睡眠障害を招く原因として問題視。就寝中のブラキシズム対策に使われるのがナイトガードだ。
ブラキシズムは歯・歯肉・歯槽骨(歯を支える骨)と、その周辺の組織に多くの影響や弊害を及ぼす。知ってほしいのが、想像以上に強い咀嚼筋の力。
無意識で行う睡眠時のブラキシズムは、日中では出せない強さが加わりやすく、食事時の嚙む力の3〜10倍になるというので大問題だ。
「偏頭痛や倦怠感の原因ともなり、放置しておくとQOLを低下させます。日本人の骨格、性質、そして治療の現場での実体験などから、推定患者は睡眠時無呼吸症の人より多いと思われます」
それだけ多いのであれば、寝起きの倦怠感など、睡眠の質の悪化による不調の原因が、実はブラキシズムにあるかもしれない。まずは下のリストで現状を確認しよう。
睡眠時ブラキシズムのチェック。
- 朝起きて顎が疲れている
- 頭痛がする
- 知覚過敏
- 肩こり・首こり
- 偏頭痛
- 6〜7時間寝ているのにスッキリしない
- 日中、歯ぎしりや食いしばるクセがある
該当数が多いほど可能性が高くなる。ただ、自己判断は厳禁。疑わしい場合は歯科医など専門家の判断を仰ぎ、治療を請おう。
睡眠時のブラキシズムには、ストレスなどの心理的要因や、歯並び・嚙み合わせなどの身体的要因、遺伝や生活習慣も関わってくる。症状の軽減には、下で紹介するナイトガードの装着や生活や睡眠習慣の改善など、多方面からのアプローチが提案されている。
2.閉塞性睡眠時無呼吸症(OSA)の症状改善。
睡眠中に舌などが弛緩し、一時的に気道が閉塞され呼吸が停止する睡眠時無呼吸症。病気だ。空気を送り込むマスクを装着して、気道の閉塞を防ぐ「CPAP療法」のほか、歯科領域では専用マウスピースで対策することも。
CPAP以外で症状軽減。睡眠時無呼吸症に向く、口腔内装置に注目。
起床時の頭痛や昼間の眠気をもたらしたり、治療せずに放置すると脳卒中や心筋梗塞などを招きかねない病気・睡眠時無呼吸症。患者は肥満タイプに多いイメージだが、さにあらず。
顎が小さい、首が太いなどの骨格的特徴や高血圧や糖尿病など生活習慣病もリスク要因。また閉経後の女性は発症リスクが高まるし、子供でも要注意。
この病気の対策に、CPAP以外の選択肢、口腔内装置によるアプローチが注目される。
「睡眠時の呼吸をしやすくするため、下顎を前に出した状態で固定する装置を歯列や状況に合わせてカスタムメイドし、作製・提供します。保険適用のものや、下顎位置の微妙な調整も可能な自由診療のものもあります。気になる人は、一度、日本睡眠歯科学会の認定医がいる歯科医院で相談を」

口腔内装置の最新版・ソノムデント アヴァント(自由診療)。歯ぎしり等を合併する人も使用可。
3.嚙み合わせによる全身のコンディショニング。
嚙み合わせは、頸椎および腰椎のねじれなどと関連しており、咬合力は身体バランスに大きな影響を及ぼしている。オーラルアプライアンスを使用して調整を行うと、身体動揺が小さくなり、バランス能力が変化するという報告が。
4.運動パフォーマンスの変化や怪我防止。
ボクシングなどのコンタクトスポーツでは、外傷予防目的でマウスガードが必須。最近では、マウスガードの装着でパフォーマンスが変化するとして、スピード系、バランス系などあらゆるジャンルのスポーツで注目されている。
スポーツ歯科が手がけるマウスガード。ここでは、外傷予防目的にとどまらない、運動機能やボディバランスの変化などに貢献するというスゴイ働きを解説したい。

ボディバランスの向上が大切なゴルフ。試合などでは失格の恐れがあるが、普段のプレイに活用したい。
テニス、ラグビー、ウェイトリフティングなど、多種多様のアスリートたちを日常的に診ている藤巻さんによると、マウスガードを装着したことでパフォーマンスが変化した、という声が多数寄せられるという。それは、嚙み合わせの補正にひと役買う、オーダーメイドのマウスガードに秘密がある。
「マウスガードで咬合補正を行うことで、バランスが変化し、重心の動揺が少なくなったり、体幹に力を入れやすくなるのです。それは、装着前後の足底圧の変化を見てもよく分かります」
マウスガードの有無で、安定感に差が。

左:マウスガード非使用時咬合状態 右:マウスガード使用時咬合状態
重心の位置や動揺度合いを調べる足底圧測定器を使用し、マウスガードの装着前後を比較。装着することで暖色系の点(圧が強いほど濃い赤色に)が満遍なく増え、バランスが変化した。
第29回日本スポーツ歯科医学会発表資料より
マウスガードによる、パフォーマンスへの影響に関する論文は数多く出始め、歯科とスポーツの両領域から注目されている。ボクシングなどのコンタクト系スポーツでは、外傷予防と咬合補正を兼ねて作り、テニスや陸上全般のスピード系、ウェイトリフティングなどのパワー系、体操などのバランス系は咬合補正を目的に作る。

ラグビーは、センター寄りかサイドなのかなど、ポジションによって微調整をかけながら製作する。
「マウスガードを微調整し、競技中、足のどの部分に主に力を加えたいか、というリクエストにも応じられます。例えばバレーボールは、室内なら拇趾球あたり、砂の上なら踵重心に、といった具合です。ラグビーは、フォワードやバックスで必要な要素が異なるので、何を重要視するかで調整します」
パフォーマンスにも関係するマウスガード。アスリートでなくとも、ぜひ活用したいものだ。

アスリート用に製作した一例。装着感と安全面を重視し、場所により厚みを変え、2重構造に(保険適用外)。
不調が軽減する可能性大。ナイトガードの作り方シミュレーション。
さて、自覚症状がなくとも、睡眠時ブラキシズムの想定患者数は多数いるので、あなたも例外ではない。そこで、歯科医院ではどのような手順でナイトガードが作られるのかをシミュレーション。流れを把握したら、頼れる歯科医院の門を叩こう。
1.歯科医を訪ねて症状を話す。
まず大切なのが「どの病院」か。睡眠時ブラキシズムの知識などが問われる分野なので、専門医による診断と調整が非常に重要になる。
「睡眠歯科学会の認定医であるかを歯科医院選びの判断基準にするといいでしょう」。
ここと思う医院を訪ねたら、顎が痛い、詰め物がよく外れるなど、気になっている状況を詳細に伝えよう。
2.歯科医問診、触診、口腔内チェック
患者の主訴を受け、歯の咬耗や摩耗などがないか確認。エビデンスは乏しいが、長期間にわたる過度な力の影響で、下顎の内側や外側の骨、上顎の中央部に骨が隆起することも(写真1枚目)。また頰粘膜や舌につく圧痕(写真2枚目)もポイント。歯科検診でこれらの状況が確認され、歯科医師がブラキシズムの可能性を示唆する場合もある。
3.診査
患者の主訴、問診・視診(口腔内所見)・触診を経て、歯ぎしりや食いしばりが強く疑われることを伝える。この段階で口腔内装置の製作を提案する医院もあるが、藤巻さんの医院では一旦次の段階へ進む。
4.睡眠時筋電図検査
睡眠中、小さな機器を頰に貼っておくだけで分かる、ウェアラブル型の筋電計で検査を行う(保険適用)。どちらの頰に貼れば適切なデータが取れるかは、3の診査の際に判断。睡眠前、貼り付けた時に普段の嚙み締め運動を記録。貼り付けたまま眠れば、睡眠中に1時間当たりどれくらい嚙み締めたか、回数と強さを分析できる。
5.診断
睡眠時筋電図検査の結果から歯科医が診断。就寝中の歯ぎしりや食いしばりの状況が、嚙み締め回数や嚙み締めの強さとして可視化され、診断基準と比較して診断する。具体的な状況が見えることで、治療の必要性を実感できるのが利点。また、検査でブラキシズムではないということが分かれば、主訴の原因を改めて探れるのもメリット。
6.処置

ぶばいオハナ歯科が導入している、ナイトガードなどを製作する際に使用する機械。外注する歯科医院も。
ブラキシズムがあると患者自身も納得したうえで、ナイトガードの製作がスタート。まずは歯型を取る。硬性素材か軟性素材のどちらを選択すべきか、また厚みをどうすべきかなどは、筋電計検査の結果によって異なる。保険適用のものだけでなく、より装着感がアップし、自分の口腔環境に特化させた、保険適用外のものも選択可能。
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素材が分厚く、縁の切り取り方も粗雑なものだと、頰粘膜や歯肉を傷つける可能性が高くフィット感も低い。
7.修正&調整
どこまで微調整するかは医院によって異なるが、「実は、最も重要な工程です」と藤巻さん。完成したものを患者が装着し、フィット感の確認や咬合調整を行う。咬合調整を行うことでフィット感が増し、装着時のストレスが軽減される。無調整だと歯や顎に痛みが出たり、嘔吐反応を起こす場合もある。
8.経過観察
再来院時にナイトガードの状況を確認。また、定期的な経過観察を設け、使い続けるなかでの不具合をチェックし、必要ならばナイトガードの調整を行うことも。さらに状況変化を筋電計で再チェックする場合は自由診療。









