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定番からマニア向けまで。世界の発酵食ガイド。

発酵デザイナーの小倉ヒラクさんが極私的視点で選んだ世界の発酵食品21の逸品。味はもとより風土の特色も際立つ。

取材・文/松岡真子 イラストレーション/渡邉 唯 取材協力/小倉ヒラク 編集/CAPSTAR

初出『Tarzan』No.909・2025年8月12日発売

教えてくれた人

小倉ヒラク(おぐら・ひらく)/1983年生まれ。発酵デザイナー。展覧会『発酵ツーリズム展』を2019年に開催し、5万人を動員。著書に『発酵文化人類学 微生物から見た社会のカタチ』(木楽舎)などがある。

環境、暮らし、文化が生み出した発酵食品たち。

山梨のラボで日々、菌を育てながら微生物の世界を探究する発酵デザイナーの小倉ヒラクさん。フィールドワークは海外にも及び、各地に伝承された美味なる食品を求めて旅をする。

「発酵は人類を人類たらしめる要素として、古代文明の頃から存在します。気候や環境だけでなく、暮らしや文化との関わりも深い」

数多の発酵食に触れてきた小倉さんに各国の特色を聞いた。

「ざっくりと、旧メソポタミアやローマ帝国一帯から西と、中国を中心とする東アジアに分類します。前者は基本的に乾燥地帯です。麦、果実、乳を酵母で醸します。パンやワインはその筆頭ですね。関与する菌の種類も少なく、塩味、酸味、香りが控えめなものが多い。万人受けするので、“スタンダード発酵”と呼んでいます。対して、東は高温多湿。雑菌防止対策に塩が用いられます。しかも、発酵には関わらない微生物も働くので、しょっぱい、酸っぱい、臭い、ということも。熱狂的なマニアから支持される点を汲んで“ローカル発酵”と呼んでいます。特に旨味を作り出す発酵カビはこの地域ならでは。今回はインジェラやダワダワなどの初耳系からチーズや豆板醬などの定番もご紹介!」

主食系発酵食品。

セビーチェ|ペルーなど
セビーチェ

マリネ液は精力剤としての顔も持つ。

2023年にユネスコ無形文化財に登録された、ペルーの国民食。タコやイカ、白身魚と、赤タマネギなどの野菜を、レモン果汁と塩、唐辛子でマリネする。白ワインとの相性抜群だが、本場では朝に仕込んでランチでいただくもの。

「発祥地ペルーでは柑橘果汁を使いますが、周辺国や派生したスペインなどでは酢を使うことも。酸味を加え、生臭さを軽減し、風味と保存性を上げています」。

タウリンなど魚介の滋味が滲み出たつけ汁はレチェ・デ・ティグレ(虎の乳)と呼ばれ、活力アップを期待してこれだけを飲む人も。

インジェラ|エチオピア
インジェラ

ニオイも味も衝撃的な一品。

「ひと口含んだ瞬間から、とんでもなく酸っぱくて。衝撃的なマズさでした(笑)。それをエチオピア出身の友人に話したところ、“もっとおいしいのがある”と手作りしてきてくれたんです。それはけっこう、いけましたね」。

テフという世界最小の穀物を丸ごと粉にしているため、アミノ酸、タンパク質、鉄分、カルシウム、食物繊維がたっぷり。それでいてグルテンはほぼなし! スポンジのような食感も特徴。ちなみに独特で強烈な酸味は自然発酵によるもの。ワットと呼ばれるシチューや肉料理とともに食す。

バズンチン|ミャンマー
バズンチン

エビすり身の希少ななれずし。

漬物をはじめとした東南アジアの発酵大国が誇る一品。

「かまぼこのような出立ちですが、エビのすり身と米を混ぜ合わせて塩漬けにしたものです」。

製法は地域や家庭ごとに異なるそう。ミャンマー語で酸っぱいを意味する「チン」という名称が表すように、塩気とともに酸味もしっかり。焼いたり炒めたりして食すことが多く、野菜やオイルなどと和えたバズンチントゥが代表的な料理だ。現地のスーパーではバナナの葉に包まれて陳列されているのだとか。日本国内での流通は稀だが、ミャンマー食材店などでは調達が可能だ。

ドーサ|インド
ドーサ

南インドの王道朝ごはん。

「米とウラドダルという豆を吸水させたら、ペースト状にして自然発酵させます。そこから熱した鉄板の上でクレープのように薄く焼く。これが大好きで作り方を習ったほどです」。

仕上がったものは丸めて皿に乗せる。生地自体に味はなく、ココナッツやトマトなど塩味の効いたチャツネ(ソース)やサンバール(スパイスを使ったスープ)とともにいただく。スリランカではトーサイと呼ぶ。巧みなスパイス使いと、バラエティ豊かな副菜の南インド料理。近年では日本人の胃袋を摑み、ドーサをオーダーできる飲食店も増加中。

副菜・おやつ系発酵食品。

チョコレート|コロンビアなど
チョコレート

テロワールに浸るという、新たな嗜み。

果実の栽培からショコラの製造までを一貫して行う、ビーン・トゥ・バーが盛んな同国。ワインのような華やかさがあるものから、ドライフルーツを想起させる濃厚な甘さが特徴のものまで。風土の特徴を反映したカカオが採れる。それを際立たせるのが、収穫後の醸しだ。

「カカオポッド(果実)から取り外したカカオパルプ(果肉)をそのまま発酵させます。そこで酵母や乳酸菌が働いて、芯である豆の香りや風味が豊かになるのです」。

その後、カカオニブの焙煎、磨砕などの工程を経て、チョコレートとなる。

ジュレック|ポーランドなど
ジュレック

ハーブが香る東欧の味噌汁!?

家ごはんと外食の垣根を越えて、愛されるスープ。そのためレシピは星の数ほど存在。ベースとなるのは、ライ麦粉とぬるま湯にハーブ類を混ぜて4〜5日置いて熟成させた、ザクファスだ。そこに、タマネギ、セロリの根、パプリカ、ソーセージ、ベーコン、茹で卵など好みの具材を入れて煮込んだら、ニンニク、マジョラム、塩コショウ 、サワークリームで味を調える。まろやかな旨味を伴う酸味に、スプーンが進む! イラストのように内側をくりぬいたパンに盛り付けることも。

「ハンガリーやルーマニアでも見かけました」。

チーズ|ヨーロッパ各国
チーズ

鼻をもぐニオイはまるでクサヤ!?

なじみ深いチーズの中から、対照的な2種をピックアップ。まず、強烈なニオイを放つのはフランス北部の名産であるマロワルチーズだ。乳酸菌で発酵させた後に、外皮を塩水で洗うウォッシュタイプ。表面についた菌が分解力にすぐれ、熟成が進むたびに臭みも増す。

「同地の出身者が郷土の味として、チーズフォンデュを振る舞ってくれました。アンモニアのようなニオイが部屋中に充満し、1週間くらいは消えなかった。通はコクや旨味を感じますが、初心者には表面を白カビで覆って熟成させたカマンベールがオススメ」。

水キムチ|韓国
水キムチ

滋味豊かな漬け汁は冷麺のスープに活用。

「真っ赤なキムチよりも歴史が長く、7世紀頃からあるそうです。そもそも唐辛子は16世紀に日本から韓国へ伝わったものですしね」。

大根や白菜を水、塩、すりおろしたリンゴ、ニンニク、生姜などと漬ける。野菜由来の乳酸菌がたっぷり入った漬け汁には、胃腸のコンディションを整える働きも。その効果を狙って食前に液体だけを飲んでもいい。ちなみに本場では米のとぎ汁を用いることも。米糠が野菜の乳酸菌のエサとなり、発酵を促すのだ。自家製水キムチを仕込む小倉さん的にはパプリカやキュウリもアリだそう。

ザワークラウト|ドイツなど
ザワークラフト

ツンとした酸味が食欲をそそる。

ソーセージをはじめ脂が滴る肉料理に添えられている、独でおなじみのキャベツの酸っぱい漬物。遊牧民のタタール人がヨーロッパへもたらしたといわれる。仏ではシュクルートの名で存在。

「塩だけで乳酸発酵したものです。キャラウェイシードやローリエなどのスパイスやハーブを混ぜて、アレンジしてもOK」。

胃の粘膜組織や腸壁を回復させるビタミンUが豊富なキャベツ。食物繊維、ビタミンC、B群も含まれ、おまけにアルコール分解酵素もあるという。ビール王国で支持される理由も納得だ。

調味料系発酵食品。

ダワダワ|ナイジェリアなど
ダワダワ

スープにして食す、アフリカ版納豆。

パルキアの木になる豆が原料。ナイジェリア北部のダンクワリ村などで手作りされている。まず、殻ごと煮てから臼でつき、タマネギとともに再び炊く。鍋から引き上げたら熱を取り、灰をすき込みながら、ひょうたんのボウルに入れて一昼夜寝かす。納豆が完成したら、せんべい状にし、天日干しで乾燥させる。

「発酵食界の大先輩でノンフィクション作家の高野秀行さんが、製造過程を取材し、ダワダワ入りのオクラスープを味見したそうです。日本のカレーに近い味だったそう。僕もお土産で頂きましたが、マジで納豆でした」。

シトロンコンフィ|モロッコ
シトロンコンフィ

タジンやクスクスの味を支える相棒。

切り込みを入れたレモンに塩を揉み込んで、1か月から数年にわたって熟成。

「モロッコで鶏肉に果実を振りかけたタジンをいただきました。その時に、塩漬けレモンは肉などのニオイを消す役割をしていると教わったものです」。

ほかにも作用はあり、主な働きとしては食材をやわらかくし、料理に爽やかなコクや風味を加える。皮はみじん切りにして用いることが多く、漬け汁は使わない。かつては家庭で仕込むのが主流であったが、現在は、市販品を求める人がほとんど。そのため、市場ではグラム単位で販売している。

マーマイト|イギリス
マーマイト

朝食の定番でソウルフード!

ビール造りの過程で出る酵母に、塩と少しの砂糖を加えて煮詰めたペースト。日本でいうところの酒粕に近く、ビタミンB群の宝庫でもある。その歴史は長く、1680年より前から存在しているのだとか。

「英国では珍しい発酵食品です。独特のクセとしょっぱさに、僕は馴染めなかった(笑)」。

最もポピュラーな食べ方はトーストに塗る方法。その時にバターやチェダーチーズを混ぜると、塩味がやわらぎ、マイルドな口当たりに。スープや煮込み料理にも。オーストラリアでは砂糖の代わりに野菜エキスを入れた仲間の「ベジマイト」が流通している。

豆板醬|中国
豆板醤

回鍋肉、棒棒鶏などの家中華レシピでも必須。

麻婆豆腐、ピリ辛キュウリ、エビチリ、担々麺……と、この調味料が登場するメニューは枚挙にいとまがない。

「空豆に塩、赤唐辛子、麴などを加えて発酵させています」。

日本の食卓にも溶け込む四川発の唐辛子みそ。真っ赤な色合いを眺めるうちに、腹の虫が反応しそう! 本場の四川では家庭ごとにオリジナルの味があり、生姜、ニンニク、花椒などを混ぜることも。唐辛子が持つカプサイシンには食欲増進、疲労回復やダイエット効果への期待も大きい。また、主原料の空豆にはホウレンソウよりも多くの鉄分が含まれる。

発酵飲料(ノンアルコール)。

発酵コーヒー|エチオピアなど
発酵コーヒー

発祥の地から起こるコーヒーの次なる進化。

カップに注いだそばから、パイナップルやマンゴーといったトロピカルフルーツの香りが覆う。コーヒーの起源地で10年ほど前から支持される発酵法の嫌気性発酵によるものだ。コーヒーチェリーを密閉式タンクに詰めて無酸素状態を作り、その状態でしか活動しない微生物の力を利用する。

「果実の収穫を手伝った時に、畑から工場へ到着するまでに発酵が始まっていました。その特性を活かした精製法です。アロマの立ち方だけでなく、口当たりもシャープ。雑味が少なく、甘みもあるので、浅煎りにうってつけです」。

プーアル茶|中国
プーアール茶

土を連想させる香りとやさしい甘さで魅了。

茶葉が持つ酵素の働きを熱で止めて、カビの力で発酵させる。その流れで、没食子酸(ポリフェノールの一種)やリパーゼなどが発生するのだ。脂肪の分解をサポートする成分と酵素が豊富なため、ステーキやラーメンのようなハイカロリーな食事や、チョコレートとも相性がいい。なめらかな口当たりでゴクゴク飲める。

「熟成年数を重ねるごとにプレミア度も上がっていきます。原産地は中国雲南省のシーサンパンナ。ミャンマーやラオスと近く、良質な茶葉が採れるエリアとして有名なんですよ」。

ジンジャービア|イギリス
ジンジャービア

ジンジャーエールの原型となるジュース。

18世紀半ばにヨークシャー地方で誕生した、ノンアルコール飲料。イギリスやオーストラリアでは家でこしらえるのが一般的。

「生姜、砂糖、水に酵母を加えて造っています。シロップを炭酸水で割るジンジャーエールとは別物です」。

ジンジャービアの発酵過程で生まれた天然のオリゴ糖には、腸内環境を整える力があるとされている。また、生姜に含まれるジンゲロールやカプサイシンには抗酸化作用や新陳代謝の促進も期待できる。そのまま冷やして飲むだけでなく、モスコミュールのベースとしても活躍。

発酵飲料(アルコール)。

チチャ|ペルー、ボリビアなど
チチャ

インカ人も愛したアンデスのどぶろく。

「トウモロコシの醸造酒です。アルコール度数は2〜3度と低く、おやつ感覚で飲めますよ」。

ほどよい酸味が特徴で、インカ以前からアンデスの人々の喉を潤してきた。暮らしへの密着度も高く、祭祀や儀礼でも振る舞う。醸造する酒店の軒先に、丸めた赤いビニールを先端に付けた棒が掲げられていると「新鮮なものがあるよ」というサイン。かつては原料を女性の口に含んで唾液と混ぜ合わせて発酵させていたが、16世紀に入植したスペイン人によって撤廃。現在は発芽したトウモロコシを粉にして、水と混ぜ煮詰め、醸す。

ミード|エチオピアなど
ミード

農耕開始前から存在、蜜月の語源にも。

蜂蜜、水、酵母で発酵させた醸造酒。アルコール度数は7〜14%。人類との出合いは約1万4000年前とされ、インド、スカンジナビア、イギリス・ウェールズにも蜂蜜酒の文化がある。エチオピアでは基本の3原料に加えてゲショという植物も入れる。

「フランスで口にしたエチオピア産はドライで酸が立っていて、別格でした。現地でも飲んでみたい!」。

ちなみに、ハネムーンという言葉が生まれたのは、婚礼後1か月にわたって新婦が仕込んだミードを新郎と仲良く嗜んでいたというゲルマン人の風習から。

ラム|ジャマイカ
ラム

サトウキビの楽園が生むファンキーな味。

糖蜜をパンチョンと呼ばれる大樽で発酵し、単式蒸留機で蒸留。3年以上熟成させたダークラムからはスパイスやカラメルといった芳醇なアロマが広がる。

「寝かせる期間や酵母の種類で、風味が変わってくるのがフルボディの魅力。なかには乳酸発酵のようなテイストのものもあります。昔ながらの製法を守るジャマイカ産は蒸留所の個性が反映されやすい。だから、短期熟成のホワイトもバラエティ豊かです。日本で手に入れるとしたら〈オールド・ジャマイカ〉がおすすめ。甘い香りとキレの良さに酔えます」。

メスカル|メキシコ
メスカル

真骨頂を知るにはぜひ、ストレートで。

リュウゼツランが主原料の蒸留酒。ボタニカルでスモーキーな風味と味わいが特徴。アルコール度数は40度以上。

「地元の人が趣味の延長で造っていることも多く、造り手の色が如実に出るのも魅力」。

日本でも飲めるバーが増加中。テキーラも仲間ではあるが、こちらは中部に位置するハリスコ州など5つの州で生育されたアガべをテキーラ村とその周辺で蒸留したものが名乗れる(ほかにも厳格な規則があり)。この源流となるのが醸造酒のプルケ。リュウゼツラン科のマゲイの樹液を発酵させた、甘酒のような飲み口で、アルコール度数は4〜7度と低め。

ワイン|ヨーロッパ各国
ワイン

寿司とも合うフルミントって?

ブドウ酵母を加えて発酵させた醸造酒。BC1500年頃にギリシャで生産が始まり、瞬く間に産地は各国に拡大。世界で最も親しまれる酒ともいえる。本流でもある欧州は仏、伊をはじめ名醸地揃い。なかでも小倉さんが親近感を抱くのは、ハンガリーである。

「同国原産の白ブドウ品種・フルミントの影響が大きいです。ほとんどが極甘口の貴腐ワインの原料として使用されているのですが、辛口の白ワインを造るワイナリーもあります。ミネラリーで酸も立ち、潑剌とした飲み口が好みで。甲州ワインとも似ているので、和食ともマッチします」。