
舗装路も未舗装路もどんどん行っちゃえ!
話がふたつあります。まずはひとつ目。当たり前だけど、アウトドアの遊びはその土地の自然環境と、そこに暮らす人々の冒険心や探求心から生まれます。
タヒチに打ち寄せる南太平洋の大波がサーフィンを創り出し、バーモント州の雪山で、その波乗りに憧れたジェイク・バートンが、雪の斜面を滑るスノーボードを発明しました。
そして、あまりにも広大なアメリカ中西部の穀倉地帯、ここには点在する町や集落を結ぶ、どこまでも続く未舗装路がいやというほど存在していて、自転車愛好家たちは気づくのです、「この砂利道(Gravel Road/グラベルロード)を自転車ですっ飛ばしたら気持ちよくね?」と。
かくしてグリップと振動吸収に優れた太めのタイヤ、安心のディスクブレーキ、いろいろな姿勢を選べるドロップハンドル、荷物も運べて、もちろん軽量……ロードバイクに似ているけれどちょっと違う、「グラベルバイク」が誕生しました。

空気抵抗の少ない姿勢がとれるようにブルホーン(牛の角)形ハンドル。補給食のベーグル差しにもなります。
都市生活者にとってグラベルバイクは舗装路も走れるので、町から山へ、そして未舗装の林道へと行動範囲が格段に広くなります、ツーリングやキャンプにうってつけなのです。コロナ禍以降、野外活動に目覚めた日本でも急激に注目されはじめました。

気持ちよさそうだけど、路面は乾いた細いわだち、しかもアップダウン。
参加総数およそ5000人、ロードのプロも出てきちゃう。
カンザス州エンポーリアでは、グラベルのレース(世界最大規模でしょう)が開催されています。もともと2006年に地元の熱烈グラベル愛好家34人が参加した200マイルのローカルイベント『Dirty Kanza/ダーティ・カンザ』が始まりです。
人気が人気を呼び、規模が大きくなり、20年に『Unbound Gravel/アンバウンド・グラベル』に改名しました。 レースは「25マイル」「50マイル」「100マイル」、ロードのプロ選手も出場するメインの「200マイル」。そして350マイルにも及ぶ「XL」という超長距離があります。

アメリカの「パンかご」、トウモロコシや小麦農地がえんえん広がるカンザス州エンポーリアの町で、5月最終週にこの『アンバウンド・グラベル』が開催されます。トレイルラニングのUTMB/シャモニって感じかな。https://www.unboundgravel.com/
いまや参加選手だけでも5000人を超え、5月最終週、カンザス州エンポーリアの町はグラベルの大天国となるのです。プロマウンテンアスリートの山本健一さんは2013年に膝のケガのリハビリとしてロードバイクを乗り始めました。
22年に舗装路も未舗装の林道もOKのグラベルバイクに出合ってからは、走るコースが格段に増えてハマりまくり。リハビリやトレーニング用具という枠を超えて、グラベルは「もうひとつのお楽しみ」という存在になってしまいました。
24年に世界一のグラベルレース『アンバウンド・グラベル』の存在を知り、泥だらけで走る選手のカッコよさに魅了されます。これ出たい、走りたい! トレイルラニングの100マイルレースは20~36時間かかり、山本さんは自分のカラダの変化をよくわかっています。
それなら同じくらいの時間の「XL=350マイル(実走360マイル)」がいい、という判断。生まれて初めての自転車レースが、夜も眠らずぶっ通しで漕ぎまくる579kmとは。すごすぎます。

泥んこが大好きな山本健一さん。生まれて初めての自転車レースが未舗装路の350マイル、一昼夜ぶっ通しなのです。
あー、もったいない、終わっちゃう。
さあ行くよ。「XL」は208人が一斉にスタート、なにしろ初めての自転車レースなので、出だしの「先を争う混雑」に巻き込まれて落車するのはイヤだし、そもそもどう走っていいのかわからない。後ろに下がって様子を見ます。
最初の3kmは舗装路、集団(大きな風よけ)の後方ですから、なんとラクなんでしょう、気がつけば時速35kmで走ってる。
路面は次々に変化して、硬く締まった砂利もあれば粗い砂利、柔らかい砂地や土、水たまり、乾燥したカチカチのわだちなど、油断なりません。夜間に突然あらわれた渡渉(川渡り)はイヤだったなあ。せっかくの泥だらけがきれいになっちゃうじゃないか。

闇の中に突然あらわれる川(浅いけど)、こわいこわい。しかもせっかくの泥だらけがきれいになっちゃう、イヤだなあ。
休憩は100マイルごとと決め、指定されたコンビニやスーパーで水やスポーツドリンク、アップルパイ(!?)などを摂取しました。
途中、パンクした選手を他の選手たちが助けている(ライトで照らしたり、道具を貸したり)場面に遭遇、外部のサポートは厳禁だけど選手同士の助け合いは大歓迎、というのがいいなあ。

夕方から一緒だったコロラドのトレイルランナー、ベン選手。夜中に離れたけど、翌朝に再会しました。
明るくなって他の距離カテゴリーの選手たちが合流してくるとエンポーリアはすぐ。「このレース、最高! あーもう終っちゃう」、フィニッシュする前から山本さんは来年の出場を決めてしまいます。
Profile
山本健一さん(プロマウンテンアスリート)/山梨県韮崎市出身。大学時代にモーグルスキー選手として活躍。そのトレーニングでトレイルラニングを始める。2008年『日本山岳耐久レース』優勝、12年フランス『グランレイドピレネー』で優勝。