樋口真嗣(映画監督)「休むことなんて必要ないと思っていた」

常に仕事漬けだったフリーランス生活。しかしコロナ禍で初めて「休む」ことを知り、ひとりで完全に緩む時間の大切さに気づいた樋口真嗣さん。その休息観の変化とは。

取材・文/一志治夫 撮影/山田 薫

初出『Tarzan』No.908・2025年8月7日発売

映画監督・樋口真嗣・忙しい人の休み方
Profile

樋口真嗣(ひぐち・しんじ)/2005年、『ローレライ』で長編映画監督デビュー。監督と特技監督を務めた『シン・ゴジラ』で日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞を受賞。最新作は『新幹線大爆破』(Netflix)。

誰にも会わず、考えず、緩み切って、完全にダラける時間を作る。

もともと僕はフリーランスなので、絶えず仕事を入れ続けている人間でした。生活すべてが仕事で埋まっている感じで、隙間があれば仕事で埋めて、休むことなんて必要ないと思ってやってきた。

でも、コロナ禍のときにすべての仕事が止まって、初めて休んじゃったんです。部屋でゴロゴロしているうちに気づいたら夕方になっているみたいな感じで。そのときに“あれ、ひとりでダラけるとこんなに楽になるんだ”と気づいてしまった。

コロナが収束して、また仕事がふつうに始まったわけですが、僕のサボリ癖はついたままで、暇さえあれば休むように。そこからでしたね、自分の休む時間を意識し始めたのは。

当時もいまも電話は一日に何十件とかかってきてとても全部は取れないわけですが、出ればやっぱり相手のトーンにどうしても合わせてしまう。そうすると、それまでしていた仕事のバイブスみたいなものが途切れて、調子が狂わされたりする。

あるいは友人と旅に出ても、ついスケジュールを切っちゃう。“あの店は4時の開店だから行列になる前に行かなきゃ、遅刻は許さん”みたいな気持ちになっているわけです。

つまり、人の声を聞いたり、人と会ったりしている限りは、休めてはいないんですね。

僕の「休む」は、人にも会わず、人のことも考えず、電話にも出ず、ネットにも触れない時間。ひとりになってすべてを遮断し、脳もカラダも完全に緩ませ、弛緩させる時間。仕事のことを少しでも思い出すようなものすべてから目を背けることが一番大切なんだと悟ったんです。

いまは10分でも20分でも時間を見つけたら、絶対にダラけるようにしています。ソファで音楽を流しながら眠りの世界に入っていったり。でも、歌詞のある音楽は、これカラオケで歌うならどうする、みたいに脳が勝手に動いちゃうので、聴くなら慣れ親しんだインストの音楽で、脳に負担をかけないようにします。

僕は一日を2分割して、睡眠を2度に分けています。一日が12時間で動いて一週間が14日間ある感じ。その方が、集中力を保ったままポスプロの仕事ができるんです。そしてその間に完全にダラける、心身を弛緩させるひとりの時間を挟む。撮影期間中は全く休まなくなるんですが。

コロナ禍前は、一回休んでしまうと立ち直るのにすごい時間がかかる、もしくは二度と立ち上がれないんじゃないか、という怖さがあった。でも、30分休んで再起動しても仕事には支障がないということがわかった。結局、気にするほど僕自身が精密じゃなかったんですね(笑)。

1日のスケジュール。

映画監督・樋口真嗣さん・忙しい人の休み方