スクラップ&ビルドに抗う古き良きデザイン《シトロエン AX 14 TRS》|クルマと好日

アウトドアフィールドに、あるいはちょっとした小旅行に。クルマがあれば、お気に入りのギアを積んで、思い立った時にどこへでも出かけられる。こだわりの愛車を所有する人たちに、クルマのある暮らしを見せてもらいました。

撮影/伊達直人 文/豊田耕志

初出『Tarzan』No.824・2021年12月16日発売

世の中の進化には目もくれず、 欧州のヤングタイマーを生涯の友とす。

このグッドルッキングなコンパクトカーは、《シトロエン AX 14 TRS》。古き良きプロダクトをこよなく愛し、オンラインでヴィンテージショップ〈セカンドディスコ〉も営む写真家、加藤史人さんの愛車だ。

「あんまり見掛けないでしょ? この《AX 14 TRS》は、1986年にフランスでデビュー。日本では1989年5月から販売開始されるんですが、1年後にはマイナーチェンジされてしまって……。僕がハンドルを握る初期型は、日本ではおそらく数百台しか出回ってないんじゃないかなぁ。店の買い付けで訪れるフランスやヨーロッパでは、おばあちゃんやおじいちゃんがいまだに乗っているのをちらほら見掛けて。これと決めたら、ずっと付き合い続ける姿勢もとても素敵だなぁと」

そう話す加藤さんは、この愛車しかり、ポピュラーとは対極といえる、埋もれがちなグッドプロダクトが大好きだ。クルマも日産のサニーカリフォルニアに始まり、スバルの初代R-2、シトロエンのZX BREAKと乗り継いできた。

「このクルマ、基本的な構造は、70年代のままなんです。フォルムも古き良きシトロエンのスタイルを踏襲していて今でこそかっこいいけど、当時としてはかなり時代遅れだったんじゃないかな(笑)。それにベンツだ、ビーエムだと騒ぎまくっていたバブル真っ只中に、こんな前時代的なクルマを新車で購入した初代オーナーの心意気にも感動しちゃって。これは僕が引き継いで、次のオーナーにバトンを渡すまでしっかり維持しなきゃと。それこそ、日本はスクラップ&ビルドが伝統なんですよね。素晴らしい昭和建築も今ではほとんど取り壊されてしまった。公共物は無理だとしても、後世に残すべきプロダクトは、個人所有が可能な範囲で自らがサルベージし、保護していくべきだと思うんです」

そんな想いがあるから、加藤さんはノーマルであることにこだわる。

「どんなプロダクトも、デザイナーの想いが隅々にまで行き届いた販売時の姿が一番美しい。だから、70万円で手に入れたこのクルマも、当時のパーツを少しずつ集めながら、販売当時の姿に戻している途中なんです。モノはいつか壊れますし、直して使い続けることこそサステイナブルでしょ」

クルマはスマホ化&デジタル化が進んでいく一方だが、片やこんなにもアナログな付き合い方をしている人もいる。それを“ポジティブな退化”と加藤さんは言っていたけれど、とてもいい言葉だなぁ。

CITROËN AX 14 TRS

加藤さんの初代は、当時の新車価格で176万円。欧州レギュラー車界のレアもので、今年で32歳。消耗品由来の故障は少なくないが、日々のアクシデントにもめげず、子供を愛でるように付き合える人に向いた一台だ。

カセットデッキの左にはタバコのための収納が! 「最初はこれ何?と思っていましたが、当時のCMをディグってみたらタバコを入れてて(笑)。タバコを愛するフランス人らしいなと真似するようになったんです」。

シングルスポークのステアリングも加藤さんのお気に入りポイント。

グレーとピンクの組み合わせがフレンチシックな布製シート。よく見るとハウンドトゥース柄だ。

コンパクトカーなれど、荷室にはこんなにも積める! 〈DOMKE〉のカメラバッグに〈アディダス〉の《ローマ》、〈プジョー〉のコーヒーミルに、無名のアンティークウォッチなど、すべて加藤さんが運営するヴィンテージショップ〈セカンドディスコ〉の商品。

  • 全長3,495×全幅1,555×全高1,355mm
  • 乗車定員=5名
  • エンジン=1,360cc、水冷直列4気筒SOHC横置き
  • 燃費=14.2㎞/ℓ(10モード/10.15モード)。
Owner

加藤史人(写真家)
1978年、愛知県生まれ。雑誌、広告撮影を中心に活動。世界のリサイクルショップ取材をライフワークとし、その際に集めたプロダクトを、自身のウェブショップ〈セカンドディスコ〉にて販売する。