富士山は一合目から自分の足で。山頂だけじゃない、山の表情を知る登山。|7月の山・富士山

季節によって異なる表情を見せる日本の山。その時期だけに出会える風景や体験を求めて、写真家の野川かさねさんに毎月おすすめの山と、その歩き方を教えてもらいます。

取材・文/小林百合子 撮影/野川かさね

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今月の山 富士山ふじさん

標高/約3776m

おすすめコース 1泊2日
1日目
馬返し(1時間)二合目(2時間5分)佐藤小屋(1時間45分)日の出館
歩行時間計:4時間50分
2日目
日の出館(2時間40分)本八合目(2時間15分)剣ヶ峰(1時間55分)御殿場ルート七合目(2時間5分)御殿場口新五合目
歩行時間計:8時間55分

自分の足で歩いて感じる、本当の富士山。

7月1日は富士山の山開き。この夏こそは、と予定を立てている人もいるのではないでしょうか。

私が初めて富士山に登ったのは、登山を始めてすぐの頃。その時は仕事で、五合目までバスで行って、そこから山頂を目指しました。山頂では素晴らしいご来光が見られて、いい写真も撮れましたが、やはり人がすごく多くて、登山というよりもイベントという感じが強かったように思います。

それからしばらくして、知人から「富士山に登るなら一合目から登ったらいいよ」とアドバイスをもらいました。五合目までバスで登れるのに、わざわざ一合目から? と思いましたが、試しに登ってみることにしたのでした。

五合目からの富士山は、そのほとんどが樹木のない荒涼とした風景です。でも一合目から五合目までの風景は全く違っていました。出発点となるのは「馬返し」という場所で、かつて富士山を登る人々が、ここで馬を下りて登山を始めたことに由来するそうです。

素朴な鳥居をくぐって登山道に入ると、そこには深い森が広がっていて、ところどころシャクナゲが花を咲かせています。富士山にこんな豊かな緑があるなんて想像すらしたことがなくて、とても驚きました。途中には富士講の時代に使われていた山小屋や茶屋の跡があり、この道が多くの参拝者たちで賑わっていたことがわかります。

かつて富士山は麓から山頂までを3つに分けて、麓を「草山」、一合目から五合目までを「木山」、五合目から山頂までを「焼山」と呼んでいたそうです。実際に歩いてみると、まさにその通りに植物や風景の変化が見られて、なぜ昔の人々がそう呼んだのかが、よくわかります。加えてこの区分には信仰的な意味合いもあり、「草山」は俗界、「木山」は俗界から神の世界への過渡部分、「焼山」は神仏の世界と考えられていたそうです。

深く、神秘的な森を静かに歩いていると、自然と厳かな気持ちになってきます。標高が上がるにつれて木々の姿は減り、五合目につくと、そこからは岩と砂だけの世界に。そんな変化を感じながら歩いていると、富士山は昔も今も、変わらず信仰の山なのだということがよくわかるのです。そしてまた、かつての人々が自然をよく観察し、その中に信仰を見出していたということも。自分の足で歩き、山全体を感じることで見えてくる世界というのが、確かにあるのだと知りました。

一合目からの登山の場合は、私は七合目の山小屋に泊まります。吉田ルートにある〈日の出館〉は江戸時代から続く古い山小屋で、かつて富士講で訪れた人々が寄贈した品などを見ることができます。弾丸登山をする人たちは夜通し歩きますが、私はここでゆっくりと寝て、翌朝、小屋の前でご来光を見ます。朝、誰もいない山小屋で、小屋の人たちとコーヒーを飲みながら見るご来光は、ゆったりと静かで、しみじみとした感動があります。

山小屋の方が、「山頂でなくても、どこで見てもご来光はありがたい」と言っていたことをよく覚えています。富士山は山そのものが御神体なのだから、その山に身を置いているということ自体がありがたいこと。山頂だけを目指すのではなく、思い思いの場所で過ごせば、それでいい。そんなことを改めて教えてもらったような気がしました。

今回は山頂を経るルートをご紹介しますが、私は七合目でご来光を見て、そのまま下山することもよくあります。登りたいと思ったら登ればいいし、もうこれで十分と思えば下山すればいい。富士山とは、そんなふうに登るのが似合う山だと思っています。

天候、体力に合わせた登山計画が必須。

富士山には「吉田ルート」「須走ルート」「御殿場ルート」「富士宮ルート」の4つのルートがある。今回紹介したのは吉田ルートを一合目から登り、山頂の剣ヶ峰を経て御殿場ルートを下るプランだ。

富士山では弾丸登山など無理な計画を立てる人も多いが、3000mを超える山を一気に登ると高山病の危険もある。歩行距離が長く、途中のエスケープルートもないので、初心者は無理せず、途中の山小屋でしっかりと睡眠を取って登ること。山頂でご来光を見るためには夜間の登山が必要になるが、経験者やガイドが同伴しない場合は避けるほうがベターだ。

五合目からは足場が悪く、転倒の危険性も高くなるため、慣れていない人はストックが必須。特に御殿場ルートの下りは「大砂走り」と呼ばれる火山灰地を一気に下るため、靴の中が砂まみれになることも。ゲイターを携行すると安心かつ快適だ。

夏といえども標高3000m以上で天候が悪化すると気温が下がり、過酷な環境になる。レインウェアや防寒具、足首を保護する登山靴など、しっかりした登山装備は必須。天候が悪い時には無理せず、余裕を持った行動計画を立てること。

おすすめスポット情報

北口本宮冨士浅間神社
富士山の北麓、吉田ルート登山口の起点にある神社で、富士山信仰と深い結びつきのある冨士浅間神社のひとつ。富士山の山頂近くには浅間大社の奥宮があるので、登山前に本宮にお参りをしてから登るのがおすすめ。
山梨県富士吉田市上吉田5558
0555-22-0221
https://www.sengenjinja.jp/

船津胎内樹型
胎内樹型とは「溶岩樹型」の別名。かつて富士山が噴火した際に麓に流れ下ってきた溶岩が樹木を丸ごと飲み込み、樹木が燃え尽きた跡にできた空洞のこと。富士山麓にはこうした胎内樹型が数多くあり、その中に入ることも信仰の行為のひとつとして考えられていたそう。噴火の凄まじさと、かつての信仰について感じられるスポット。
山梨県南都留郡富士河口湖町船津6603
0555-72-4331
https://www.mt-fuji.gr.jp/jyunrei/funatu/

日の出館
富士山吉田ルートの七合目、標高約2720mにある山小屋。江戸時代から続く山小屋で、囲炉裏を囲みながらご主人にかつての富士講の話を聞くのが楽しみ。東斜面にあるのでご来光も美しく見え、のんびりと富士登山をしたい人にはうってつけ。
山梨県富士吉田市字上吉田5618
0555-24-6522
https://www.hinodekan-fujiyoshida.com/