あの映画やドラマにも登場。世界各地の護身術。

いつ何時、時には複数、時には武器ありで襲われても対処できる術、それが護身武術。目的は勝ち負けではなく、サバイバル。古今東西、世界中の各流派から8つを厳選した。

編集/天田憲明 取材・文/廣松正浩 撮影/石原敦志

初出『Tarzan』No.899・2025年3月19日発売

ジークンドー(アメリカ)|6秒以内に倒す! ブルース・リーが創始した超実戦武術。

ジークンドー

ドラマ『SP』や映画『ジョン・ウィック』シリーズのアクションの元ネタにもなった武術、ジークンドー。

「ストリートファイトは始まる瞬間が予測不能。敵の人数や武器の有無も不明だから、相手が身構える前に仕留める。前脚に重心をかけないと出遅れます」と説くのは〈ブルース・リー財団〉の中村頼永さん。武術家・俳優だったブルース・リーが創始したジークンドーの日本における正統伝承者だ。

相手との距離と速度が成否を分かつ個別の動作は実はシンプル。それを稽古で繰り返し、速さをカラダに刷り込む。

「10回のうち9回ヒットできても、実戦で残り1回の外れが出る恐れがあるので、稽古では命中率100%を目指します」

そのためには相手との距離を正確に把握し、一歩目の爪先をどこに踏み込むかを知っておく必要がある。当然、自分のカラダのサイズ、腕の長さなどを熟知していなければならない。

「つまり、ジークンドーは自分自身を知る道。他人と比べて自分の方が強いかどうかなどと考えません。ただ昨日の自分より、今日の自分の方が進歩できていたら、それでいいんです」

ジークンドーは生き方、哲学だ。その修練にゴールはない。

中村頼永/空手を振り出しに、1986年シューティング第1回大会66kg級優勝。89年に渡米し、ジークンドーの道へ。USA修斗協会代表。ブルース・リー財団日本支部最高顧問。WEBサイト

KEYSI(スペイン)|ストリートで生まれた実戦護身術。

KEYSI

頭部への攻撃を防ぐため、基本の構えは手で頭を包む。拳を握ると戦闘の意思表示に見え、引き返しがきかなくなるからだ。

「謝って収まるならそれで終わり。勝利を目指すわけではなく、無傷で帰宅するのが目的です」と語るのはスペイン生まれの護身術、KEYSI(ケイシ)の普及に邁進中の和知健明さんだ。

ご当地ヒーローとして活動中、映画『バットマン ビギンズ』のアクションシーンに惹かれ、それがKEYSIだと知り、創始者フスト・ディエゲス氏を日本に招聘。猛練習の末、指導者になる許可を手にした。

戦闘は基本的に路上を想定している。狭い場所なら大振りは避け、腰の回転だけでパンチを打つ。肘を壁にぶつけない工夫だ。あるいは壁をカタパルト(射出機)として蹴って跳び、相手に飛びかかる。

「使えるものは何でも使いますが、戦いの90%は最終的に倒れてグラウンドの攻防になるので、寝技も大事です」

禁じ手はなく肩を締めながら心臓を圧迫したり、目つぶしも。

「それでも、サルードといって、仲間との稽古の際には両手を開き、武器を持っていないことを示します。サムライ魂に通じる騎士道精神は、日本人にもなじみやすいと思いますよ」

和知健明さん(代表)&和知龍範/KEYSI・ジャパンブラックベルトインストラクター変幻自在のワチブラザーズ。兄・健明さんはご当地ヒーロー・ダルライザーとして主に福島で活躍。弟・龍範さんは東京で俳優としても活動中。共にKEYSI歴9年。護身術教室ケイシ白河 護身術教室ケイシ東京

アーニス(フィリピン)|ソード、スティック、ナイフ、素手も使う総合実戦武術。

アーニス

風切り音の合間に木製のスティックをぶつけ合う乾いた音が響く。向き合って立つ二人は互いに相手の手を切るイメージで黙々とスティックを振る。次の一手に詰まれば打ち込まれる。そうならないよう、決められた動作を反復習得すれば、いざというときにも適切な技で迎え撃てる。

華麗な手技を発展させたこの武術はアーニス。2本のスティックを自在に使い、両手のように扱う。スティック以外の武器を持つとき、さらには素手で戦うときにも、この動作、軌道は繰り出される。

アーニスの成立には諸説あるが、もともとはフィリピン土着の護身術で、海賊から身を守るためのもの。そこに宗主国・スペインから入った剣術が溶け込み、スティック、ナイフ、ソードなどの刃物も使いこなす武術&国技になった。

その実戦性の背後には、治安の問題を解決し切れずにいる国情もある。

「接近戦では銃よりもナイフの方が有利なので、フィリピン軍、米軍でもCQC(近接戦闘)の選択肢として研究しているそうです」と〈アーニスクラブ東京〉の代表、大原聰さんは語る。

「将来的に日本では太極拳のように、健康体操としても定着すればいいと願っています」

大原聰/レドンダアーニス、インターナショナル・モダンアーニス・フェデレーション・フィリピンともにLAKAN RIMA5段。AICPO(国際ボディガード協会)会員。日本の古武道も5段! WEBサイト

バーティツ(イギリス)|あのシャーロック・ホームズも使い手だった!? 英国紳士のための護身術。

バーティツ

ドレスアップした男女が優雅な身のこなしで接近するや、防御と攻撃の早業を披露した。

写真の護身術は幻の武術、バーティツ。19世紀末、日本で柔道を学んだ技術者、バートン・ライトがイギリスに帰国後、柔術家の谷幸雄の協力を得て、柔術にボクシング、サバットを組み合わせた護身術だ。ステッキの使用も記録に残っている。

「宿敵モリアーティ教授との対決で死んだはずのシャーロック・ホームズが次作で蘇ったのは架空の日本の武術、バリツを使って難を逃れたからであり、このバリツはバーティツだったのではないかとする説が有力です」と話すのは西洋剣術専門の殺陣師で、バーティツの研究家でもある新美智士さんだ。

当時のロンドンは繁栄の陰で治安が悪化。富裕層や中産階級の市民は不安に苛まれていたうえ、運動不足にも陥っていた。時代の要請に合致したバーティツはほんの数年間だけ英国紳士のたしなみとして燦然と輝いた。

「護身術といっても動作は美しく、ヴィクトリア朝のファッションと調和します。基本はストリートファイトなので、狭い路地や壁も巧みに利用し、自分が防御すべき箇所を狭めるなど戦術もスマート。美しい護身を体験したい人に最適ですよ」

新美智士/2005年から米国で学び始め、15年ファイト・ディレクターに。劇団四季、宝塚歌劇団、NBAバレエ団などの舞台公演に携わってきた。書籍『シャーロック・ホームズの護身術 バリツ』(平凡社)監修。WEBサイト

詠春拳(香港)|ブルース・リーの師、イップ・マン(葉問)所縁の実戦中国拳法。

詠春拳

乱打する襲撃者を、自分から距離を詰めて、相手のガードを崩してカウンターを入れる。攻撃の際は短距離でも効くように打つ。力強く、速いスパーリングの運動強度は高い。

「生徒数の多い道場では型の練習がどうしても多くなりがちですが、それでは強くなれません」と断言するのは2005年にデンマークから来日するや、詠春拳の指導を始めたニルスン・イエスパーさんだ。

「ここでは本当に使える技だけを練習します。少しでも相手が抵抗したら使えない技には意味がありませんから」

生徒たちは自分のパンチが通るようにあれこれ試す。組み合う相手は年齢も体格もばらばらで、まったく公平ではない。だが、それは互角ではない敵に遭遇しても慌てないためのシミュレーションを兼ねている。

若き日のブルース・リーが師事したイップ・マン(葉問)派は、詠春拳の流派の中でも合理性と実戦を重んじる一派として知られる。ニルスンさんの詠春拳もその流れを汲む。

「日本で詠春拳をやる人は少ないけれど、欧米には多い。軍や警備会社にいたころ、夜の店で用心棒をしていたときも役立ちました。練習によるケガが少ないのもお勧めできる点です」

ニルスン・イエスパー/コペンハーゲン大学卒業。フルコンタクト空手、ムエタイなどの経験から詠春拳が最も有効であると確信。専門職として詠春拳を指導、実戦レベルへと引き上げた稀有な存在。英語、日本語にも堪能。WEBサイト

アーマードバトル(西洋甲冑剣術)(ドイツ)|騎士道の精神と身体を身につける。

アーマードバトル

取材はレッスンの日だったため、フル装備での戦闘を目撃できた。海外製の甲冑は大柄な人用で30〜40kg。小柄な人用でも約25kg。これを着用し、時間いっぱいバトルをし、全身で激突する。金属音が凄まじい。

「甲冑の隙間など有効な箇所に攻撃を受けたら“グッド”と認めます。失点や負けを自己申告できるかどうか。騎士道精神が試される場面です」と語るのは〈キャッスル・ティンタジェル〉のジェイ・ノイズさん。

1996年、英会話教師として来日したジェイさんは読書家。母国アメリカでは剣術サークルに所属。その楽しみを日本でも広げるべく2008年、ティンタジェルを創立した。中世西洋の騎士の戦法、剣術を古いドイツ剣術の文献から研究し、再現することでメンタルやカラダを鍛え楽しむのが狙い。

欧米には剣術スクールが多数存在するという。だが、その多くは両手剣など個別の武器の使用法に特化し、限定的なカリキュラムの指導がほとんど。小柄な女性も甲冑を身に着ければ男性とも安全に戦える。

「ここではケトルベルを使うなど、現代的な筋トレも練習に組み込みます。運動経験のない人でも、体力に合わせて楽しく鍛えられますよ」

ジェイ・ノイズ/2012年中世西洋剣術大会(米国)準優勝。13年ジャパン・アーマードバトル・リーグ結成。アニメやゲームなどの剣術スタントアドバイザー、および指導を担当。日本に西洋甲冑バトルを上陸させた。WEBサイト

天真正伝香取神道流(日本)|室町時代より伝わる、兵法三大源流の一つ。

天真正伝香取神道流

ひと太刀ごとに力の籠もった声が響く。2人一組で向かい合って立ち、決められた技の攻防を正確に繰り返す組太刀は、斬る技術の習得が目標。

「室町時代に始まった香取神道流は、鎧を想定した剣術です。刀を振りかぶろうにも兜が邪魔をするから、構えは剣道とは違います」と語るのは〈唯心館杉野道場〉の杉野至寛館長だ。

道場創立者の杉野嘉男氏は黒澤明監督作品『七人の侍』『用心棒』などの剣術指導を行った。昭和2年に柔道場として出発したが、同10年に香取神道流の指南も開始している。

「斬るという気持ちがないと刀に気迫が乗りません。なので、刃筋を立てて、斬れる剣を使えるように指導しています」

刃筋を立てるとは刃の向きと刃を振る方向を一致させること。刀身が分厚い木刀には難しい。

「無駄な動きがあったり、隙があればそこを突かれてしまいます。そういう場面があれば“いま斬られたよ”と指摘の声が方々から飛ぶんです」

使用する武器は刀の他にも小太刀、薙刀、棒に槍、独特な棒手裏剣などというものもある。

「香取神道流に完成はありません。毎日が新たな発見の連続で、面白いですよ! まずは体験してみてください」

杉野至寛/1998年、天真正伝香取神道流2代目館長就任。靖国神社の春の例大祭では演武披露を行い、世界11か国に広がる海外支部でも幅広く指導。香取神道流師範。古武道範士九段、合気道七段。WEBサイト

クラヴマガ(イスラエル)|イスラエル国防軍が磨き上げた注目の高まる軍隊護身術。

クラヴマガ

「いまの時代スマホにばかり気を取られて、周りが見えていない人が多いですよね」と危惧するのは〈マガジム〉インストラクターのジュリアンさん。

普段から周囲を見渡せていれば、突然危険が降りかかってきても即座に察知できる。状況によっては大声を上げて助けを求めることも一つの術だ。

大勢の敵に囲まれ、孤立無援の危機に見舞われても、生還するためには何でもやるのがクラヴマガ。接近戦には無類の強さを発揮する。その高い合理性、実用性からイスラエル国防軍に制式採用され、それ以外にも多くの国の軍や警察、政府機関が採用する。

「自衛の必要から民間で編み出され、軍で磨かれ、民間に還元された技の数々は、戦闘で本当に使えるものばかりです」

ジュリアンさんはすぐに連絡のとれる恩師、先輩、仲間が世界中にいて、何か事件が起こればSNSでその現場動画を共有。どんな戦術が有効かをオンラインで話し合い、研究してきた。

護身のシナリオトレーニングというのを新しく作り、1回のクラスで1つの技術だけを手ほどき。その技が本当に使えるかどうかを厳しく検証している。

「クラヴマガは変化する世界に対応する格闘護身術です」

ジュリアン・リトルトン/18歳でイスラエル国防軍入隊。2018年に来日し、護身術×フィットネスの〈マガジム〉で指導開始。ウィンゲート大学公認MMAインストラクター取得(日本で唯一)。クラヴマガ歴22年。Instagram@i_j_kravmagaWEBサイト