教えてくれた人
バガボンド・マーシー/武術をこよなく愛す男。映画・ドラマ、小説の歴史もの、剣豪ものをこよなく愛する映像メディアの制作者。空手、合気道、太極拳などの経験者。趣味を活かした武道系のコンテンツ作りをライフワークとする。1967年生まれ。
ボンバイエ・アマーダー/出版界最強の男。〈タクティカルハウス〉代表。幼少から格闘技を始め、空手、柔道、中国武術、ムエタイ、ブラジリアン柔術、クラヴマガなどを経てシステマと出合い、インストラクターとして活動中。1960年生まれ。
高阪剛(こうさか・つよし)/世界のTK。柔道を経て総合格闘技へ。祖先は戦国武将。「格闘技界の賢者」といわれるように指導者、解説者としても評価が高い。総合格闘技道場〈ALLIANCE〉主宰。1970年生まれ。
経験から振り返る「最強の打撃系」。
世界のTK 高阪剛(以下、TK)
僕が最強だと思うのは、いずれも拳と肌を合わせたファイターばかり。たとえば、ヒョードルもマーク・ハントも打撃が強い選手ですが、拳の質が違う。
エメリヤーエンコ・ヒョードル(総合格闘家)

柔道から総合格闘技に転向。ボクサーすら圧倒するパンチ力を持つ。無類の強さから「人類最強の男」、冷静沈着ぶりから「氷の皇帝」とも呼ばれる。1976年、ロシア生まれ。
マーク・ハント(総合格闘家)

キックボクシングから総合格闘技へと転身。容易に倒れない屈指のタフネスと勇猛果敢なファイトスタイルから、「サモアの怪人」の異名を持つ。1974年、ニュージーランド生まれ。
バガボンド・マーシー(以下、マーシー)
どちらにも殴られたくない! どう違うんですか?
TK
ヒョードルのパンチはスレッジハンマーで殴られたような鋭い衝撃ですが、ハントはお寺の鐘を撞く撞木で殴られた感じ。ヒョードルはパンチ以上に怖かったのが、試合の前中後で表情が変わらず、力みがまったくないこと。ランチでも食べに来たかのような平常心でリングに上がってくるんです。
ボンバイエ・アマーダー(以下、アマーダー)
僕はロシアの軍隊格闘技システマを教えていますが、ヒョードルも軍人時代にシステマを習っていたそう。システマは「戦場のマインドフルネス」と呼ばれるくらい平常心を重視するから納得。
TK
戦ったことがないので挙げなかったけど、ハビブ・ヌルマゴメドフ(総合格闘技史上最長の29戦29勝の無敗で引退した王者)にも、同じ匂いを感じる。彼の母国ダゲスタンは、他国からたびたび侵略されていて、母国を守るために子どもの頃から徒手格闘技を教わる。育った環境が強さを作る面があるのかもしれません。
マーシー
日本の戦国時代の武士も、武芸全般を身につけて10代から戦場へ駆り出される。そうした武芸者の境遇に通じるものを感じます。
TK
フィリオには、生き物としての野性の強さがある。僕がシアトルのモーリス・スミスの道場で練習していた際、フィリオは極真空手からK—1へ転身中で修行に来ていた。互いの練習後、半分レクリエーションのような感じでグラップリング(組み技)をしてみたら、初心者のはずなのにカラダの使い方がめちゃくちゃ上手でした。自分がガードポジションで彼がマウントポジションになった際、抑え込まれた途端にまったく動けなくなって(笑)。
フランシスコ・フィリオ(空手家)

極真空手七段。キックボクシングも学び、打撃系格闘技で人気を集めたK-1に参戦。数々のキックボクサーを一撃で葬り、「極真の怪物」と恐れられた。1971年、ブラジル生まれ。
アマーダー
マウントから逃れる必殺のTKシザースも不発?
マーシー
体幹の使い方が巧みなんですね。突きや蹴りも重そう……。
TK
ええ。右脇腹に中段蹴りを喰らったら、左脇腹からそのエネルギーが抜ける感覚がありました。
ハートの強靭さも「最強」たる所以。
TK
マチャドとは、2001年に開催されたグラップリングの国際大会『アブダビコンバット』の無差別級で戦いました。
ジャン・ジャック・マチャド(ブラジリアン柔術家)

ブラジリアン柔術七段。TKと戦った2001年アブダビコンバット無差別級で準優勝を果たす。現在はマチャド柔術アカデミーを主宰して後進を育成する。1968年、ブラジル生まれ。
アマーダー
彼は左手の指が2本しかないハンディキャップがありますね。
TK
柔術の使い手だと評判だったので対戦を楽しみにしていたら、噂以上の強さ。あっという間にマウントを取って骨盤を抑えたら、左手で気道を抑えにかかる。
TK
拳がないから、顎を引いてガードしようとしても、どんどん深く入ってくる。結局、気道圧迫を避けようと横を向いた瞬間、腕十字固めを決められて負けました。
アマーダー
腕十字に持ち込むため何をすべきかを逆算していたのですか?
TK
先を読む力にも脱帽したし、ハンデを負いながらそれを武器にする気持ちの強さを、同じ格闘家として尊敬しました。アルメイダもハートが強かった。
ヒカルド・アルメイダ(総合格闘家)

ニューヨークで生まれ、3歳のときにブラジルへ移住。そこでブラジリアン柔術と出合う。日本の総合格闘技団体パンクラスに参戦し、ミドル級王座に。1976年、アメリカ生まれ。
TK
そうなんですよ。彼はヘンゾ・グレイシーの道場所属で、僕がヘンゾの道場に練習に行ったときにスパーリングしたんです。彼は体重80kgくらいで、当時僕は100kg以上あった。自分より重たい選手とのスパーリングを嫌う選手が多いのに、彼はぜひやりたいと積極的で、「自分より大きな相手と戦っても絶対倒してやる! 」という闘争心を全身から発していました。その気持ちの大切さは僕の生徒たちにも伝えています。
アスリートとしての身体能力の高さも武器に。
アマーダー
僕が現役最強と思うのはジョン・ジョーンズ。UFCヘビー級チャンピオンで、反則負け1回を除いて無敗。技も多彩で打撃も強いし、もともとレスリングの選手だから寝技も上手い。僕のなかでパーフェクトな選手です。
ジョン・ジョーンズ(総合格闘家)

レスリングから総合格闘技へ。世界最高峰の総合格闘技団体UFCで史上最年少23歳で王座に。総合格闘技のパウンド・フォー・パウンド最強の呼び声も高い。1987年、アメリカ生まれ。
TK
入れ替わりの激しいUFCでずっと王座に君臨している稀有な存在ですよね。
アマーダー
AIが決めたアスリートランキングというのがあって、そこでも7位に入っています。
マーシー
どれどれ。1位マイケル・ジョーダン、2位モハメド・アリ、3位ペレ、4位ウサイン・ボルト……。そんな超一流に交じり格闘技界から唯一トップテン入り。
アマーダー
次に、オリジナルの軍隊格闘技「ゼロレンジコンバット」を作り上げた稲川義貴さん。軍事経験があり、自衛隊、警察庁、米軍特殊部隊にも指導している。
稲川義貴(ゼロレンジコンバット)

いながわ・よしたか/戦闘者。幼少の頃、父から神刀流を学び、高校卒業後国内外で戦闘訓練と武者修行を重ね、ゼロレンジコンバット(零距離戦闘術)創設。1978年、日本生まれ。
マーシー
システマやクラヴマガといった軍隊格闘技との違いは?
アマーダー
お父さんが剣術家で本人も会得しているから、日本の古武術に近いカラダの使い方をする。肩の力を抜いて殺気を感じさせないのに、平気でヤバいことができる。
TK
それって究極ですよね。技を出さない段階から、無言のプレッシャーで対戦相手が圧倒されてジリ貧になる。そういう選手がバンバン出てきたら、MMA(総合格闘技)はもっと面白くなる。
アマーダー
そして中国武術家の蘇先生。『グラップラー刃牙』の作者・板垣恵介さんも非常に強いと絶賛している。僕は教わったこともあるし、自慢だけど一緒に飲んだことも(笑)。蘇先生はいわゆるストリート無敗。前腕を見せてもらったら、切り傷だらけだった。
蘇東成(中国武術家)

そ・とうせい/14歳から形意拳をはじめとする内家拳(中国武術)の修行を始める。1973年、日本へ移住。数々の武勇伝あり。ESSENCE OF EVOLUTIONを創設。1953年、台湾生まれ。
アマーダー
いいですよ。蘇先生は徹底した現実主義者。「相手が素手で来るから、こちらも素手で戦うなんてあり得ない」とおっしゃる。
TK
リング上にはルールはあるけど、現実社会は違いますからね。
アマーダー
投げるものがあったら、放置自転車でも何でも投げていいという考え方。室内で襲われたら、消火器を噴射すれば距離を保って逃げることができる。店内では、まず消火器を見つけなさいと。
「殺しに来た相手と友達になれ」。
マーシー
日本でも物騒な事件が増えてきたから、達人に学ぶそういう心がけは大切。塩田剛三先生は名高い合気道家ですね。その凄さは伝え聞いています。
塩田剛三(合気道家)

しおだ・ごうぞう/養神館合気道を創設。合気道界では「不世出の達人」と称され、あのマイク・タイソンも一目置いた。1915年、日本生まれ。94年没。
TK
伝説の柔道家・木村政彦さんと腕相撲を3回やり、2回勝ったという話も残っていますね。
アマーダー
僕が何よりも印象的なのは、塩田先生が「合気道でいちばん強い技は?」と聞かれたとき、「自分を殺しに来た相手と友達になることだ」と答えたエピソード。友達とは戦う必要がないから、勝ちと同じ価値がある。
マーシー
それは「戦わずして勝つ」が最良の勝ち方であるといういにしえからの武術の哲学に通じますね。
アマーダー
そして、猪木さんは絶対外せない。この企画のように、ジャンルを超えて強いのは誰かという問題提起をし、アリとの異種格闘技戦を実現した先駆者。“最強”の象徴で、彼抜きでいまの総合格闘技の発展はなかったでしょう。
マーシー
あぁ、だからアマーダーさんのリングネームはボンバイエなんですね。
アントニオ猪木(プロレスラー)

あんとにお・いのき/「燃える闘魂」。新日本プロレスを創設。プロレス最強を証明するため、異種格闘技戦を企画し、総合格闘技の礎を築く。1943年、日本生まれ。2022年没。
「武」の大国日本には、想像を絶する強者がいた。
マーシー
現代の格闘技ではMMAが頂点といわれますが、私は時代も階級も超えて誰が強かったのかを夢想してみました。全員、日本の武術家なのですが……。
マーシー
生身で殺し合いをした時代が長かった日本は、名もなき達人たちが切磋琢磨しながら武芸を磨いてきた「武」の大国ですから。
マーシー
なかでも体力面も含めて無双だと思うのは伊東一刀斎。現代剣道の元の一つ、一刀流の開祖です。
伊東一刀斎(剣士)

いとう・いっとうさい/戦国時代から江戸初期にかけての剣客。伊豆大島出身で14歳にして三島まで流れ着き、剣術を学ぶ前にその場で盗賊を斬り殺したという逸話を持つ。生没年不詳。
アマーダー
『バガボンド』に佐々木小次郎を諭す人として出てきますね。生涯33回決闘し、57人を真剣で斬り殺し、62人を木刀で打ち伏せた。
TK
現代に生きていたら、間違いなくシリアルキラーですね(笑)。
マーシー
さらに凄かったのは、戦国初期の塚原卜伝。日本武術の源流の一つの鹿島神宮に伝わる剣術を洗練し、独自の卜伝流を作った。彼は諸国を回って修行し、数百回戦って刀傷一つ負わなかった。その結果「活人剣」の境地に至ります。
塚原ト伝(剣士)

つかはら・ぼくでん/日本古来の武術を伝える鹿島神宮の神官の息子として生まれる。鹿島・香取の剣を修め、その発展に人生を捧げる。生涯無敗、無傷の剣聖。1489〜1571年。
アマーダー
人を殺す道具ではなく人を活かす道具として剣を使う、と。
TK
斬り合いの時代に、なぜそんな考えが生まれたのでしょうか。
マーシー
日本刀の存在が大きいでしょう。切れ味が鋭すぎて、少し触れただけで致命傷を負うから、相打ちでないと勝ちを拾えない。どうやっても互いに傷つくなら、「戦わずして勝つ」という境地に至った方がいい。それが活人剣です。
「場」を支配したら、敵を武装解除できる。
マーシー
それから幕末の剣豪である白井亨です。勝海舟に稽古をつけたこともあり、直心影流の達人から「200年に一人の剣客」といわれています。
白井亨(剣士)

しらい・とおる/江戸時代後期の剣客。徹底した竹刀稽古と内観法を両立。稽古をつけてもらった勝海舟も「真に不思議なものであったよ」とその力量を称える。1783〜1843年。
アマーダー
幕末の剣士を取り上げるなら、なぜ新選組が入ってないの?
マーシー
戦国時代の剣客同士の立ち合いと違い新選組は京都という狭い空間で路地でも旅館でも戦った。至近距離での斬り合いでいちばん通用したのは彼らだと思う。現代軍隊のCQB(近接戦闘)に通じる面もあります。目的のためなら手段を選ばない。1人に3人で斬り掛かったり、寝込みを襲ったり。
アマーダー
蘇先生的には正しいけど、武士の戦い方ではない、と。
マーシー
僕は活人剣贔屓なので、新選組の集団コンバットスタイルはエグすぎかなと(笑)。
マーシー
あと、戦国時代の忍者で幻術師の加藤段蔵もぜひ候補に挙げたいです。あまりに危険だったので上杉謙信か武田信玄の命で殺されたといわれています。
加藤段蔵(忍者)

かとう・だんぞう/江戸時代の軍記物などにも登場する伝説の人物。空を飛ぶなど超人的な能力を持ち、「とび加藤」とも呼ばれる。上杉謙信の家臣だったとされる。生没年不詳。
マーシー
彼は空を飛んだり、牛を丸呑みしたりする芸を見せていたそうです。現実にできるはずはないから、その場の空気を呑んで周囲にそう錯覚させていたのでしょう。このように「場」を支配するのが幻術です。
TK
なるほど。格闘家も静かにリングを制する「気」を発する選手はとても危険。その気に呑み込まれたら、何もできない。ヒョードルにはそんな一面もありました。
マーシー
合気道の開祖・植芝盛平翁もそうした能力の持ち主でした。200畳敷きくらいの広い道場に足を踏み入れた瞬間、空気がピンと張り詰めて誰も動けなくなったという逸話を聞いたことがあります。
植芝盛平(武術家)

うえしば・もりへい/大東流をはじめとする柔術や剣術などを独自に昇華して合気道を創設。数多くの武勇伝を持ち、柔道、剣道、空手に次ぐ国際的武道の基を築いた。1883〜1969年。
マーシー
「殺しに来た相手と仲良くなる」という塩田先生の名言も、おそらく植芝先生の教えでしょう。「愛は争わない。愛に敵はない」という言葉を残していますから。
アマーダー
結局戦わずに済むのが最強。負けるわけがない。やっぱり活人剣の考えが正しいのか。
TK
僕も対戦相手とは、勝ち負けに関係なく仲良くなっている。たとえ短時間でも、真剣勝負をすると互いの人間性がわかるから、素直にリスペクトできるんですよ。
まとめ|3人の考える“最強の格闘家”
高阪剛のトップ5|戦ったからこそわかる強さの質の違い。
- エメリヤーエンコ・ヒョードル(総合格闘家)
- マーク・ハント(総合格闘家)
- ジャン・ジャック・マチャド(ブラジリアン柔術家)
- ヒカルド・アルメイダ(総合格闘家)
- フランシスコ・フィリオ(空手家)
ボンバイエ・アマーダーのトップ5|真剣勝負を恐れない値千金のファイターたち。
- 稲川義貴(ゼロレンジコンバット)
- ジョン・ジョーンズ(総合格闘家)
- 塩田剛三(合気道家)
- アントニオ猪木(プロレスラー)
- 蘇東成(中国武術家)
バカボンド・マーシーのトップ5|命のやり取りの歴史が桁外れの超達人を生む。
- 伊東一刀斎(剣士)
- 塚原ト伝(剣士)
- 白井亨(剣士)
- 加藤段蔵(忍者)
- 植芝盛平(武術家)