スキーが連れてってくれる町。 Vol.6 盛岡(岩手県)

シーズン中は毎週のように全国各地のスキー場へと出かけている〈LICHT〉の須摩光央さん。ものづくりに携わる仲間たちとの旅先に選んだのは、盛岡でした。往年のスキー場を滑り、温泉で至福の時間を過ごし、民藝の名店を巡る旅。スキーだけでなく街だけでなく、どちらの素晴らしさも満喫できる旅。

仕事を終えてから東北新幹線で盛岡へ。駅前で、しかも遅くまで開いている〈盛楼閣〉の冷麺。

盛岡スキートリップは、市内のホテルにステイする。30分から1時間も車で走れば、魅力的なスキー場がたくさんあるからだ。昼間は雪山を滑って温泉に浸かり、市内へ戻って、喫茶店や民藝店を巡る。夜には地元の食事処へ行く。これが盛岡のルーティーン。

選んだのは、盛岡だった。東京駅から、新幹線でおよそ2時間。駅前からレンタカーで1時間も走れば、魅力的なスキー場がいくつもある街。人生に対してどこか共通する価値観を持ち、同じくらいの滑走技量を持ったメンバーによる盛岡への旅は、近年の恒例になっている。

1980年代にバブル景気に乗って開業した〈安比高原スキー場〉は、広大なスロープのおかげで、滑走満足度が高い。インバウンドも徐々に増え始めているけれど、まだ平日の朝には平和が保たれている。

リフトで上がれる地点から、さらに雪上車で登るキャットサービスを利用して標高を上げると、極上の新雪が迎えてくれた。リフト脇の圧雪されていないエリア、サイドカントリーを滑って麓へと向かう。なんとおおらかで贅沢なんだろう。

安比高原スキー場には「キャットサービス」がある。リフトの最高地点から雪上車に乗ってさらに標高を上げると、ドライなパウダーが楽しめるツリーランがある。この巨大な車に乗ってゆっくりと登っていくだけで楽しい。

泉質とロケーションが素晴らしすぎる温泉〈松川荘〉。「混浴入口」の札があるけれど、入っているのは僕たちだけだった。少し遠いけれど、毎年必ず訪問したい湯。極上の静寂。

初めてスキーをした時に知った疾走感は今も体の奥に残っていて、滑り出した瞬間に、いつも「これ、これ」と思い出す。その初期衝動のような感覚をずっと追い求めて旅をしているのかもしれない。自重をコントロールし、スキーのエッジを立てて、自由を味わうようにラインを刻んでいく。仲間と一緒の旅では、互いのバイブスが共鳴し合って、ずっと少し昂っているような気がする。

滑り終えた後にはその興奮を鎮めるように、温泉に浸かる。秘境と呼ぶべき松川温泉は、積もった雪の狭間で、翡翠色の湯が手招きしているようだった。降り注ぐ雪の中で、静寂に浸かる。ほとんど瞑想のような体が溶けてしまうような贅沢。スキーと温泉は、いつからか完全に不可分な存在になった。

左/市内の〈森九商店〉。地元の人は「ござ丸」と呼ぶ。扱っている竹細工が美しく、思わず手が伸びる。江戸時代から続く建物も息を呑むほど素晴らしい。右/1625年から続く南部鉄器工房〈鈴木盛久工房〉。古くからの友人である16代鈴木盛久のご厚意で、工房内を見学させていただく。

夜には〈番屋ながさわ〉へ。この時期にしかないという、昆布のしゃぶしゃぶ。盛岡は太平洋からも日本海からも遠いのに、どうしてこんなに海鮮が美味しいのだろう。

少し食べ過ぎた帰り道、盛岡城址がライトアップされていた。

街に戻って、古くからの友人である南部鉄器工房の十六代鈴木盛久の案内で、工房内を見学させていただく。愛用する鉄瓶で沸かした湯は、とても美味しい。湯にも滋養があるのだと、温まった腑が言っている。

晩御飯には、この時期にしか食べられないという昆布のしゃぶしゃぶをいただいた。太平洋からも日本海からも遠いのに、盛岡は海鮮がとても美味しい。街道が交わる、交易の拠点だったためだろうか。町の成り立ちやその歴史は、想像しているよりもきちんと現在につながっていて、その延長線上に地に足のついた未来があることを願う。

食べ過ぎた夜は、歩いて腹ごなしをする。男6人でライトアップされた盛岡城跡を歩いた。幻想的な景色の中をポケットに手を突っ込んで、くだらない話をしながら酔いを覚ます。旅の最中なのに、もう思い出の中にいるようだった。

花巻を通る度、これほど雪深い土地から大谷翔平や菊池雄星が生まれたことに驚いてしまう。夏油スキー場は、日本屈指の降雪量を誇る。メジャーなスキー場とは違い人も少ないが、それでも海外からのゲストが増えている。こんな深山までインバウンドの影響が及んでいることに驚きつつ、SNSの功罪を思う。

翌日は、花巻を通って、国内屈指の降雪量を誇る夏油スキー場へ。今年も粉雪と戯れることができた。

昼間は雪山を滑り、温泉に浸かってから市内へと戻り、喫茶店や民藝店を巡って、夜には土地の名物を食べる。これが盛岡トリップの幸福なルーティン。新幹線に乗って東京へ戻る前に、小さな路地裏に佇むラーメン屋で、手揉み麺を啜る。これで、今回の旅も見事に完成。また来ます、盛岡。

宮本賢治がその名前をつけたという、〈光原社〉へ。珍しく妻から土産を頼まれ、《くるみクッキー》を買った。

新幹線に乗る前の〆に〈手もみ煮干し中華 のぶさん〉へ。路地奥にひっそり佇むラーメン屋さん。冷えた体に沁みる。店内には大谷翔平の活躍を伝える色褪せた新聞が貼られていた。

Information

盛岡周辺エリア
東京駅から盛岡駅へは、東北新幹線でおよそ2時間。〈安比高原スキー場〉へは。盛岡駅から東北自動車道で約1時間。路線バスもある。〈夏油スキー場〉へは、盛岡駅から1時間強。最寄り駅は北上駅で、無料シャトルバスも運行している。

Loading...