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スキーが連れてってくれる町。|Vol.3 戸隠スキー場(長野県)
修験道の霊場である戸隠山は、自然信仰の山域として知られています。その雰囲気を陰陽で分けるとするならば、どこか隠な空気に満たされた土地。でもそのおかげで、「目に映ること以上に、心の奥底で土地と共鳴している気がする」と、〈LICHT〉の須摩光央さんは言います。連載「スキーが連れてってくれる町」。今回は、戸隠スキー場がもたらしてくれる穏やかさについて。
撮影/須摩光央(LICHT) 取材・文/村岡俊也
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〈喫茶ランプ〉で休憩した。亡くなった詩人の谷川俊太郎は、この場所によく訪れていたという。直筆の詩の文字は、自由で、でも少し寂しくて、音が聞こえてきそうだった。ストーブに体を寄せて、ケーキとコーヒ、それから詩集を開いて、言葉を反芻する。
僕にとって戸隠は特別な場所なのだと、毎年、訪れる度に思う。峻険な山に囲まれ、そのためにどこか暗さを帯びた雰囲気は、内省的な時間をもたらしてくれる。スキーは単に肉体的な運動ではなく、記憶の積み重ねを確かめるような、不可欠なものになっている。
戸隠スキー場は、いわゆる「山屋」によって開かれた。山を愛し、深く知る人々によって設定されたおかげで、コースレイアウトがとても素晴らしい。自然の地形を生かし、リフトは極端に少ないのに効率が考え抜かれている。つまり自然の中で遊ばせてもらっている感覚を味わうことのできるスキー場。
いつも寄る〈喫茶ランプ〉の主人は、戸隠を開き、見守り続けているパイオニアのひとりだった。数年前に話をした際に、山岳警備隊の隊長をしていると聞いた。細く危険な「蟻の塔渡り」という稜線歩きで滑落事故があるたびに、呼び出されては救助に駆り出されるのだという。決して多くを語るわけではなく、こちらの問いへのポツポツとした簡潔な答えに引き込まれる。
トイレに立つと、スイスのユングフラウ三山の地図が貼ってあり、その三つの山頂に「1970 6/20」などと、日付が書き込まれていた。きっと主人が登頂したのだろう。僕が生まれた年に、本で読んだことしかない山に登っていたのだと思ったら、一人、感動してしまった。
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この日は、友人のユータとヒューゴと一緒に滑った。一人で滑ることも大好きだけれど、そのフィーリングを分かち合うことのできる友と一緒に雪山へ行く喜びは、人生の価値と言っても大袈裟ではない気がする。
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自然信仰の対象である戸隠山を見ながら斜面を滑り、満たされたような深い落ち着きを得て、山を降りる。今年は雪が多い。積もった雪にたわむ枝。車は雪を乗せたまま走っている。松本に店を構えていた頃からお付き合いのある〈温石〉に寄ってうどんを食べる。
ゆっくりすぎるくらいのペースで大工さんと一緒に改装をした店内は、そのおかげで隅々まで行き届いた温かみのようなものが宿っている。昼のうどん、夜の懐石も絶品。「美味しい」以上の価値を感じる。
夜には友人であるヒューゴが自宅でのご飯に誘ってくれた。古い日本家屋は隙間だらけで寒いけれど、自然とこたつに人が集まってくる。その親密な空気は、僕の中に眠っていた遠い記憶を呼び覚ましてくれる。小さな灯りの下で、奥さんのマオリさんが作ってくれた温かな食事をいただく。雪に覆われた小さな村の夜の音に耳を澄ます。
真っ白な雪の中で夢中になって遊んだ小学生のころから何も変わってないのかもしれない。その喜びを一緒に分かち合える友が、数人いれば僕には充分なのだろう。そう思うようになってから、日々の明るさが増したような気がする。自分らしく、人と比べずに我が道を進む。それが、スキーが教えてくれたこと。雪山は、心身ともに健康に導いてくれる。目の前に広がる景色が、そのまま自分の心の広さであって欲しいと望む。
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〈温石〉のカウンターに座って窓を見る。その美しい設えに、スキー後の興奮が静まっていく。そして、温かい絶品のうどんを食べて温まっていく。体を動かして、食べる。その根本のようなものに改めて思いを馳せることのできる料理。とても、美味しい。
Information
戸隠高原
上信越道の信濃町ICからおよそ車で30分。電車の場合は、JR長野駅から直通バス「アルピコバス 戸隠スキー場行」でおよそ1時間。初心者からエキスパートまで楽しめる、バリエーション豊かな19コース。近年は圧雪をしないパウダーゾーンも増えている。