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スキーが連れてってくれる町。|Vol.5 志賀高原(長野県)
日本屈指のスキーリゾートである志賀高原には、「どこか品性を感じる」と、〈LICHT〉の須摩光央さんは言います。訪れる度に、思い出が重なっていき、その記憶を辿るようにまた訪れる。連載「スキーが連れてってくれる町」。今回は、スキーを続けていることが歓びとなるような旅について。
撮影/須摩光央(LICHT) 取材・文/村岡俊也
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今回の旅のメインは志賀高原だが、初日は赤倉観光スキーリゾートで滑り込んだ。最初の食事は、長野県飯山市にある〈くいだおれ さとみ〉へ。一品ものも刺身も、それから最後にいただく焼肉も旨い。いつも、価格の安さに驚く。スキーの途中に行ったのは、町中華ならぬ山中華。昭和のスナックみたいな内装の中で、あんかけ焼きそばを食べた。
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伝統のアップルパイを友人と男二人でシェア。〈赤倉観光リゾートホテル〉は日本の山岳ホテルとしては草分け的存在。由緒正しきクラシカルモダンの内外装はとても厚みがあり、その空気感に包まれるだけで心地が良い。
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夜、再び飯山市に戻って〈われもこう〉へ。北信に通うようになって10年以上経つけれど、この店がオープンしてからは頻繁に通っている。オーナー・シェフの優さんが作る料理は、滋味深く、胃袋と心を満足させてくれる。その土地の旬の料理はメニューも豊富で、いつも注文に迷うほど。カウンターに一人で座っても、温かみを感じる店。この日の〆は「野沢菜と鰤の土鍋ごはん」。
二日目の志賀高原。ひんやりした大気を大きく吸い込むだけで、体内の不純物がみるみる溶けていく。こわばった肩を下げ、脱力した状態で板を走らせる。イメージは伝説のサーファー、ジェリー・ロペスのライディング。
スキーとサーフィンでは体の向きが違うけれど、すべてを悟ったような板の上での佇まいとポジショニングは、僕にとっての理想であり、東京で生活している時でも目標にしている。足の小指の先まで感覚を研ぎ澄ませ、視線方向にターンの始動していく。なんて味わい深い作業なのだろうと悦に入る。
志賀高原は日本屈指のスキーリゾートで、18のスキー場が繋がっている。リフトの本数は48基。いつも一番遠くまで行って、全て違うコースを滑りながら戻ってくる。全部のコースなんて、とても足が持たないけれど。1920年代から始まった開発で参考にした通り、とてもヨーロッパに近いと思う。
スキー場を移動しながら滑り、チロル風のホテルや山小屋を眼下に見ると、本当にヨーロッパに来ているような錯覚になる。他のスキー場にはない品性を感じるのは、上信越高原国立公園内に位置しているからかもしれない。
ここに暮らしているのは、ホテルやスキー場の関係者のみで、村人はいない。開発から守られたクラシカルリゾートには、豊かな自然と気品が保たれている。
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あ、お猿さんだ!
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志賀高原でのランチは、〈ホテルグランフェニックス奥志賀〉へ。僕はいつもハンバーグ。喫茶スペースの中央には大きな暖炉があって、深く沈み込むソファに座って本を読むこともできる。そんな余裕がある佇まいも、欧州のスキーリゾートに近い。チーズケーキも絶品。
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わっ!モンスターツリーだ!
ランチには、エリアの最奥に位置する奥志賀高原スキーリゾートの〈ホテルグランフェニックス奥志賀〉へ行った。繊維メーカーでスポーツ用品を手掛ける〈フェニックス〉が開業したこのホテルは、欧州のスキーリゾートに一番近いかもしれない。
皇族の定宿にもなっているという。予約がなかなか取れないけれど、ランチなら手軽に雰囲気を味わえる。ずいぶん前、妻の誕生日に泊まったことがある。食後のケーキにロウソクを灯して欲しいと予約時にお願いした。
その晩、案内された角のテーブルで食事を終えて、依頼した通りロウソクの灯ったケーキを楽しんでいたら、外の照明がパッと点いて、雪面に「ともみさんhappy birthday」と上手に掘られていた。いつまでも心に残っている瞬間。スキーがもたらしてくれるもの。
スキーを終えてから、1909年開業という幻の名湯、熊の湯ホテルの日帰り温泉へ行った。傷を負った熊が、この温泉に浸かったら治ったという逸話があるらしい。緑色の湯は、この地域でもこの湯だけという。外湯の温度は少し低めで、長く浸かっていられる。内風呂の湯屋は木造で、湯気の合間に差し込む自然光が美しかった。
多くの文豪がこの温泉を愛したそうで、館内にはさまざまな記録が残っている。奥深い山に閉ざされた小さな温泉。ヨーロッパから、急に日本の最深部に帰ってきたみたいだ。
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1909年開業の〈熊の湯ホテル〉の日帰り温泉へ。熊が傷を癒したことからその名がついた通り、お湯も抜群。皮膚病や筋肉疲労にとても効果があるという。スキーをして、お腹を満たし、ゆったりと温泉に浸かる。これ以上の幸福があるでしょうか?
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Information
志賀高原
上信越道、信州中野ICからおよそ50分。長野電鉄湯田中駅から路線バスでおよそ40分。長野駅から長電バスでおよそ70分。標高1340mから2307mに位置する、日本最大級のスキーリゾート。〈奥志賀高原スキー場〉〈焼額山スキー場〉〈熊の湯スキー場〉など18のスキー場がすべて繋がっている。