初心者ランナー必見。短期間で走力を上げるトレーニング入門。
走力を上げたいけど、走る時間は増やせない。ならば練習効率を上げて、短期間で走力をつけるのが一番。今回はプロの知見をもとにした、初心者ランナー向け・トレーニングの基礎知識を紹介。
text: Kano Ishitobi illustration: Yutaka Kato
『Tarzan』No.935 on sale October 8, 2026.

教えてくれた人
吉岡利貢(よしおか・としつぐ)/IPU環太平洋大学競技スポーツ科学科教授。専門領域は体力学、トレーニング学。中長距離ランナーのパフォーマンス向上に関する多くの研究を手掛ける。日本陸上競技連盟強化委員会・オリンピック強化コーチも務める。
トレーニングで走りの効率アップ。

明確な目標があるわけではないが、気が向いたので走り始めてみた。運動不足だし、腹出てきたし、週末はヒマだし。
そんな走るペースは週1〜2回、時間にして30分〜1時間程度、距離にして5〜10km。てな感じの初中級市民ランナーのみなさん。数か月程度走っているうちにそろそろ欲が出てきていないだろうか? 今より少しだけ速く、もしくは長く、はたまたスマートに走りたい、と。
ランの効率を上げる方法は案外簡単。しかも、レベルにかかわらず誰でも取り入れることが可能。走りをもうワンランクアップさせたいなら、最新の知見に基づいたトレーニングを導入するのが一番の近道。これぞ賢い大人ランナーというものだ。
マラソンの新指標「デュラビリティ」とは?
ランニングのパフォーマンス向上に関わる指標は主に3つ。
ひとつは最大酸素摂取量、これは1分間に体重1kg当たり、最大でどれだけ体内に酸素を取り入れられるかという数値。数値が高いほど酸素を介した有酸素系のエネルギーを確保できるため、スタミナ豊富ということ。
最大酸素摂取量(VO₂max)

VO₂max(mL/kg/min)=1分間当たりの最大酸素摂取量(mL/min)/体重(kg)
最大酸素摂取量=VO₂maxはスタミナの代表的な目安。上のグラフはフルマラソンの完走時間とVO₂maxの相関を表したもの。トレーニングによって養えるが、何もしなければ数値は加齢によって低下していく。
「Applied Physiology of Marathon Running」より引用
2つ目は乳酸性作業閾値=LT(Lactate Threshold)、こちらは有酸素運動から無酸素運動への移行点。この切り替えの水準(%)が高くなればランのスピードが上がっても楽に走れる。
乳酸性閾値(LT)

LT値心拍数=一般的に最大心拍数の75〜90%
運動時のエネルギーは強度によって供給ルートが異なる。高強度では無酸素系のルートからの供給が増え、乳酸が蓄積する。この乳酸が急増するポイントがLT。LTの水準(%)はトレーニングによって高まる。
3つ目のランニングエコノミーは一定の速度で走るときに使う酸素の量で、数値が低いほどランの効率がいい。
ランニングエコノミー

ランニングエコノミー=VO₂(1分間当たりの酸素摂取量)/体重(kg)
上のグラフはケニア選手と日本人選手のある速度での酸素摂取量(ランニングエコノミー)と10000m走のタイムの関係を示したもの。少ない酸素摂取量で走れる者は10000m走を速く走れるという結果に。
資料提供/吉岡利貢
「近年ここに4つ目の指標、デュラビリティ(Durability)が加わりました。定常時ではなくランニング中の疲労度を表すもので、心拍数に対する速度低下率が大きいとデュラビリティが低いと評価されます」(IPU環太平洋大学競技スポーツ科学科教授・吉岡利貢さん)
8万人以上のビッグデータでは、心拍数に対する速度の低下率はマラソンで平均16%、その低下が始まるのは平均25.2km地点だった。デュラビリティに差が出る要因は疲労によるランニングエコノミーの低下、または最大酸素摂取量の低下と考えられている。疲れた状態でもこれらを維持できる能力が競技者に要求されるのだ。
トップ選手も実践する3つのトレーニング。

「近年、世界トップクラスの陸上選手のトレーニングを分析したレビュー論文が立て続けに発表されています。それによると、長距離選手のトレーニングは大きく3つに分けることができます」
ひとつはLT付近、中強度トレーニングを重視する「ノルウェー式トレーニング」。もうひとつは高強度トレーニングと低強度のランニングを組み合わせて行う「ポラライズドトレーニング」。3つ目が低強度トレーニングをメインに行い、残りを中強度と高強度のトレーニングに充てる「ピラミッド型トレーニング」だ。
ノルウェー式トレーニング
週に2〜4回、1日に2回、LT付近でのトレーニングを行う。
例えば午前に長めのインターバル(6分×5回、リカバリー1分など)、午後に短めのインターバル(1km×10〜12回、リカバリー1分など)。
ポラライズドトレーニング
最大酸素摂取量の向上を目的にした高強度インターバルトレーニングを約20%、低強度のトレーニングを約80%の割合で行う。中等度の運動強度のトレーニングはほぼ行わない。中距離レース向きのメソッド。
ピラミッド型トレーニング
約80%を低強度運動に充て、残りの約20%を中等度&高強度トレーニングに充てる。運動強度が低い順番で運動時間を減少させていくというもの。ニューヨークマラソンに9度優勝した選手が実践していたという。
ポイントは運動強度を3段階(ときには5段階)に分けていること、一本調子のトレーニングではないことだ。強度の目安は下の指標を参考に。
強度と心拍を知って、トレーニングをコントロールせよ。
運動強度の正確な指標は最大心拍数から割り出した心拍数の比率。ただし、ざっくりした運動強度は下のボルグスケールと呼ばれる主観的運動強度でも推測できる。12〜14が中強度、それ以上が高強度でそれ以下が低強度。

初級者が意識すべきはピラミッド型の練習。

最新のトレーニングのトレンドによれば、長距離ランのパフォーマンス向上のポイントは練習にメリハリをつけることであるらしい。
「半年後にハーフマラソンのレースに出たいというレベルなら練習の距離を増やすだけでも適応できるでしょう。でもレースのためにより速く走りたいなら多少の高強度トレも必要です。その比率がおよそ、低強度が8割、中・高強度が2割です」
メインは低強度ラン、でも短時間でもいいから中・高強度のトレーニングもビシッと行う。伸びしろしかない市民ランナーは、このピラミッド型トレーニングを上手に取り入れたいもの。下に示したのはその一例だ。

このメニューはあくまで目安です。自身の走力やコンディションに合わせて調整してください。
ランニングの新常識、80/20ランニングとは?

あのエリートランナー、キプチョゲも実践しているというトレーニング法、それが「80/20の法則」。
練習の80%は会話ができるくらいのゆっくりしたスピードで走り、残り2割は強度を上げる。これこそが速く走るための黄金比率だという。著者は持久系スポーツジャーナリスト。長距離ランの練習は辛く苦しいもの、という呪縛からすべてのランナーを解き放つ画期的なメソッド。『80/20 RUNNING ゆっくり走れば、速くなる』(東洋出版)
ランニングエコノミーを高めるために、フォームの基本をおさらい。

「最大酸素摂取量が高くてもランニングエコノミーが低ければパフォーマンスは上がりません。ランニングエコノミーを上げるには美しく走ること。美しい走りは即ち、速く走るということに繫がります」
そのためにはフォームの見直しが欠かせない。目線は正面に向ける。背すじを伸ばす。腕をまっすぐに振る。着地は基本フラット。足は蹴るのではなく地面を踏んで離すつもりで。すべてをいっぺんに改善するのは難しい。
猫背気味の人はまず背すじを伸ばすことから、腕振りが左右にブレる人は肩甲骨の動きを意識することから。ひとつずつ着手してランエコを上げていこう。
プライオメトリックトレーニングで、ランエコを改善する。

ご存じのようにフルマラソン完走の道のりは長い。一歩一歩、いかに省エネで走れるかというランニングエコノミーが重視されるのはそのためだ。
「長距離ランでは、着地時の跳ね返りの良し悪しが大きなカギ。跳ね返りが良ければ接地時間が短くなり、ストライドが長くなります。ストライドが長くなれば省エネになり、その積み重ねがタイムに直結してきます」
つまり、地面反力を得ることがランエコに繫がるというわけ。高い台から飛び降りて着地直後にジャンプをするプライオメトリックトレーニングなどがおすすめだが、ウォーミングアップにスキップや縄跳びなどを取り入れるだけでも効果あり。
効果的に使いたい、クロストレーニングのこと。

クロストレーニングとは主目的以外の運動を組み合わせて行うトレーニング法のこと。
「たとえば、ランのボリュームを増やしたいけれどケガのリスクを減らしたいというときは、ランの量は極端に増やさずに自転車通勤を取り入れるというのもひとつの手です。バイクは、ランに比べてひと漕ぎの筋肉の収縮時間が長いですよね。だから筋肉の酸素摂取量を養うためには、非常に効率がいい運動と考えられています」
スイムもまたおすすめ。こちらは持久系の呼吸機能を高めることが目的。賢く組み合わせてステップアップを。
筋トレはランナーにも極めて有効。

ランナーは筋トレをしない(または好まない)。なぜなら持久系トレーニングは筋肥大のシグナルを弱めてしまうから。労多くして功少なし、という典型だ。
「ところが近年、興味深い研究報告がありました。持久系トレーニングだけをするグループと持久系と筋トレを組み合わせたグループを比較したところ、後者は最大酸素摂取量も筋力やジャンプ力も前者より高まったという結果に。筋トレ効果が打ち消されなかった証拠です」
筋トレ内容はスクワット、レッグカール、カーフレイズなど。やる気がある人は筋トレの導入もまたおすすめ。



