青木穂花(ハードル)「一番近い目標を一つずつ突破したい」
400mハードルで日本歴代3位を記録し、アジア大会では母と同じ舞台に立つ。この先、彼女が歩んでいきたい未来とは。(雑誌『Tarzan』の人気連載「Here Comes Tarzan」〈2026年9月24日発売〉より全文掲載)
text: Ichiro Suzuki photo: Yusuke Nakanishi <br />
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Profile
青木穂花(あおき・ほのか)/2001年生まれ。160cm。福岡市那珂中学校でハードル競技を始める。筑紫女学園高等学校では400mハードルで3年時にインターハイで4位。青山学院大学に進学。3年時に日本学生陸上競技個人選手権で、4年時に関東インカレで優勝。ゼンリンに入社。今年6月に行われた日本陸上競技選手権大会で、55秒92で優勝。自己新、日本歴代3位。アジア競技大会の派遣標準記録を突破し、日本代表に。ゼンリン所属。
ハードルと走りをいかにスムーズに繫げるかが重要。
今年6月に行われた陸上の日本選手権。女子400mハードルで優勝したのが青木穂花である。叩き出したタイム55秒92は日本歴代3位の記録で、アジア大会派遣設定記録を突破。この結果により、今まさに名古屋市で開催されている、アジア大会への出場権を手中に収めたのだ。
アジア大会には、もしかしたら特別な思いがあったかもしれない。なぜなら、青木の母の早穂子(旧姓・城土)さんは現役時代、日本を代表するハードラーであり、32年前に広島で行われた同大会の女子400mハードルで5位入賞を果たしているのだ。だから、青木が日本選手権で優勝したときには、“親子2代でのアジア大会出場”は話題になった。
だが、そういった背景を抱えながら勝ち切るというのは、もちろん簡単なことではない。大会前に彼女はどのような心境だったのか。

「調子はよかったです。ケガもなく練習も積めていました。レース前のポイント練習(走力向上のための高強度の練習)でも、ある程度走れていたので。ただ、めちゃめちゃ緊張するタイプなので、いつも試合の前に基本的にはレースイメージをしています。これをやると緊張というか、ちょっとドキドキした状態になりますが、それも全部受け止める。すると、レースの直前は、本当にイメージ通りに走ればいいという感じで、少し落ち着いていける。ただ、緊張していたほうがパフォーマンスは上がると思うので、いい緊張ができるようなイメージが大切ですね」
決勝のレースではスタートは横一線。そこから、前半は昨年優勝した梅原紗月が上がっていく。青木はそれを追う恰好になり、最終10台目のハードルは、2人がほとんど同時に越えた。そして最後の直線で、伸びやかな美しいストライドを見せた青木が先頭でフィニッシュした。

「振り返ってみると、欲張らずにレースができたことが、あの結果になったんですね。55秒台だ、もっと出すぞと思っていると、どこかで硬くなる場面があったと思う。もちろん標準突破、優勝というのはずっと目標にしていたのですが、それよりも自分のレース、イメージしている通りのレースをしたいと考えていたので、それができたことがよかった。今まで後半がちょっと失速するタイプだったのですが、余力を残して最後までいい走りができた。ただ、結果はイメージ通りというより、想像以上の走りでしたね」
技術要素が難しい。だからやりがいがある。
小学校ではバレーボール。中学でも、と思っていたら、陸上部の先生から声がかかった。「お姉さんが速いなら、妹も速い」。姉の光穂さんは陸上の強豪・福岡大学まで100mハードルの選手として活躍していて、中学の先輩でもあった。
母もやっていたし自分も、という思いで陸上部に入る。面白いのは、母親の影響からか、最初からハードル種目(100m)を選んだ。だから、「他の種目をやれなかったので、ちょっとやりたかったところもあります」と笑う。
中学時代はいろんな種目をやる選手もわりと多い。それが基礎体力を培うことにもなるからだ。ただ、青木の場合はこれで日本一になったのだから、そのことに後悔まではしていないだろう。ハードルの魅力は? という質問にはこんな答え。

「100m(走)より、多くの技術要素が入ってきて難しいんです。でも、それがやりがいになると思ったし、いろんな動きがあるほうが好きだった。400mに転向したのは高校からです。1年生のときにケガをして、リハビリの過程で400mの練習から始めたら、やっただけ速くなったり、体力がついたことが実感できて面白かった。ずっと全力という100mとは違って、自分の走り方次第で急に伸びることもあるし、そういうのも魅力だったんですよ」
高校では母に指導を仰いだ。そのときに何度も言われたことを、今でも青木は大切な言葉として、常に胸に刻んで練習、試合に臨んでいる。

「大切にしているのはハードルと走りのスムーズさ。走力だったり、ハードルの技術を上げることはもちろん重要なんですが、400mなのでこの2つがうまく嚙み合っていないと、結局力を出し切れず終わってしまう。だから、いかにスムーズに繫げていけるかを考えているんです」
日本選手権のあのレースよりも、もう一段レべルアップした走りがしたい。
青山学院大学に進学し、3年のときに日本の学生陸上競技の個人日本一を決める日本学生陸上競技個人選手権大会、4年では関東インカレで優勝する。が、青木の躍進は社会人としてゼンリンに入社してからが本番だった。シーズンオフには高重量、インしてからは瞬発系のウェイトトレーニングで計画的に鍛える。そして2年前のオフから始めたのが法政大学での武者修行である。

「走る量が青山の2〜3倍ぐらい。たとえば300mを多いときは8本とか。220mから始まって10mずつ距離を延ばし、すべて40秒以内にゴールするというもので、だんだん疲労も溜まってくるなか、最後のきついところで力を出し切るような練習です。それと、よかったと思うのは500mを走る本数が増えたこと。この距離って、400mハードルの走りのリズム感にちょっと似ているんです」
さらりと語るが非常に厳しい練習である。瞬発力、持久力の両方が必要で、筋力は本当に限界まで追い込まれ、さらには技術も求められるこの競技で戦うためには、欠かすことができない練習だろう。青木は日本ではトップに立ったが、世界との差はまだある。さらなる進化のためには、やることは多そうだ。

「そうですね、日本選手権のレースのときより、全体的にもう一段階レベルアップした走りというのが大きな課題です。走力はある程度上がってきている感覚があるので、あとは本当に前半のハードルと走りのスムーズさが大切。なんて言うのかな、前半ではスピード感はあるけど力感はない走りを意識したい。それで、200m以降でもう一回ギアを上げていけるようにと考えているんです。アジア大会では、日本記録(55秒34)と、母が5位だったのでそれ以上、やっぱりメダルを狙いたいです(笑)。レースを行う(名古屋市)瑞穂公園陸上競技場は、日本選手権でも走った場所で、走りやすかった。来年には世界選手権、その翌年にはロサンゼルス・オリンピックがあります。でも、私はポジティブなタイプじゃないので、今自分が目指している、一番近い目標を一つずつ突破していくなかで、その結果がどんどん上がってレベルアップしていければいいと考えているんです」

