「試合に出続けることが、僕の流儀だから」ラグビー選手・姫野和樹(後編)

怪我によって、挫折を味わう。ほんの少しの期間だけ深く落ち込んで、すぐに立ち上がる。そのプロセスを繰り返しながら、〈トヨタヴェルブリッツ〉の姫野和樹選手は活躍するステージを引き上げていった。日本代表の主将を務めた男が、アキレス腱断裂という大きな怪我に見舞われた今、何を考えているのか。じっとりと汗が滲む過酷なリハビリの合間に、話を聞いた。

text: Toshiya Muraoka photo: Shota Matsumoto

ラグビー選手・姫野和樹

知ることは、強くなること。

ラグビー選手は常に何らかの怪我と共に生きているのかもしれない。大学1年生で疲労骨折によって手術をして以来、怪我の側面から姫野のキャリアを振り返れば、常に満身創痍と言っていい。2022年春の試合中に起こったハムストリングの腱断裂のような突発的な怪我だけではなく、慢性的な怪我も抱えている。2024年5月には、細かな骨を除去する右肘の手術を受けた。

「タックルをした際の衝撃で削れたような小さな骨が溜まってしまっていたので、それを取り除くための手術です。慢性的な怪我は、トレーニングでどうにかできるものではないので、まあ、仕方がないのかなと」

日々のタックルが骨を削り、右肘に溜まっていく。体重100kgを超える巨体がぶつかり合うのだから、「仕方がない」のかもしれない。相手にタックルをする度に痛んだ右肘が恐怖心を生み、再びタックルする際に判断を鈍らせないのだろうか。

「恐怖心はないんですよ。もちろん不安定な状態のままだったら怖いけど、しっかり治して、怪我をする前よりも筋力をつけていれば怖くない。リハビリとトレーニングを徹底的にやったという自負が、恐怖心を打ち消してくれると僕は考えています。知ることで、恐怖は克服できるから。初心者が120kgの男にタックルをしろと言われたら怖いですよね。でも、どうやってタックルをすれば良いのか知っていれば、怖くない。背中を丸めていたら怪我をするし、相手の体の正面に頭を入れる逆ヘッドだったら怪我をする。でも、体の動かし方を知っていれば、怖くないんですよ。怪我をして、次は回避できる体の動かし方を知れば、ひとつずつ恐怖心は減っていくから」

体は教えてくれていた。でも、責任感が耳を塞いだ。

経験を積み上げるほど知見が増え、その分だけ恐怖心が減って、怪我も少なくなっていく、はずだった。

昨シーズンの半ばには、左足首の痛みに気づいていたという。前方に体重をかけると足首の前側が痛むために、次第に足のつき方が変わり、足の裏全体をベタッとつくようになってしまった。指をしっかりと使って体重を乗せて、曰く「刺して」動くことができれば、指の裏にタコができる。だが、足首の前側が痛くて体重をかけられず、指が浮いて、母子球のあたりにタコができてしまっていた。それは、体から発せられた良くない兆候だった。指先にかけるはずの荷重が、母子球からさらに後ろにずれ、アキレス腱も痛み出していた。2026年3月28日に行われた第13節前半21分過ぎ、姫野はパスを受けた直後に倒れ込んでしまう。

「最後に、バンッと切れてしまった。左アキレス腱の断裂ですね。前兆はあったし、自分でもそれに気づいてはいたんですけど、練習は休まないというのが僕のキャプテンとしての流儀だから。すべての練習に参加して、試合に出続けることが自分の流儀だから。今思えば、体はきちんとSOSを出していたんだから、休んだほうがよかったのかもしれません。でも、昨年のチーム状況を考えたら休むことはできなかった。そこは、本当に難しい判断ですよね」

2022年のハムストリングの腱を断裂した際にも、姫野の責任感の強さがボールを離させず、結果として相手4人の体重を受け止めて、怪我をすることになってしまった。ボールから手を離すことは「自分の性格上、無理でした」と語るが、同時にその判断は過ちだったと悔いている。今回の怪我も、同じ轍を踏んだ。責任感の強さが自身を追い込み、その重みに体が耐え切れなくなって怪我をしてしまう。

後から冷静に考えれば、足の痛みが取れるまで休めばいい。だが、そう簡単に割り切れるようでは、キャプテンなど務まらないのかもしれない。チームに対する強烈な忠誠心と、心の奥底にある勇気こそが、姫野をトッププレーヤーたらしめているからだ。ジャッカルでボールを奪取し、雄叫びをあげながら立ち上がる姿に、観客たちは酔いしれる。冷静な頭脳と熱いパッション。そのバランスが大きく後者に傾いて、熱の塊になった姫野に、観る者は文字通り熱狂する。

ラグビー選手・姫野和樹の足もと
ラグビー選手・姫野和樹のトレーニング施設

「正直、しんどいですね。去年も怪我で日本代表を辞退して、来年にはワールドカップがあるので今年こそ代表に復帰したかったんですが、アキレス腱を切ってしまった。長期離脱は結構しんどいですし、手術するまでは落ち込みました。でも、仕方ないと言い聞かせて、きちんと休もうと。2019年に日本で行われたワールドカップの際にも、開幕の1ヶ月前に怪我をしてしまったんですね。足首を捻ってパンパンに腫れて、出場できるかどうかもわからない状況になってしまった。すごく落ち込んでいた時に、堀江(翔太)さんから『怪我した時はな、頑張りすぎだから休めって神様が言ってるんだよ。いいから飯行くぞ』って誘われたんですね。その言葉は今もすごく心に残っていて、だから、神様に休めと言われているんだと思うようになりました。過去を引きずっていても今が良くなるわけでもないし、アキレス腱がくっつくわけでもない。だったら顔を上げて、今できることをやるしかないですから」

ボロボロになるまで、ラグビーがやりたい。

姫野が背負った責任感の荷をおろすには、「神様」が必要だったのかもしれない。気持ちを切り替えるコツはこれまでの怪我で身につけたが、果たして今回と同じシチュエーションになったとして、次は、休めるだろうか? 姫野は「今回の怪我で学んだんで」と少しはにかんで言ったが、年齢を重ねるほどに責任感は強くなっていくものではないか。姫野は今年32歳を迎え、引退するには早過ぎるが、ベテランと呼ぶには十分な年齢となった。

「どうしても年を重ねるごとに疲労感は抜けづらくなります。ただ、リーチ・マイケルが言っていたんですが、『年齢はただの数字だ』と。僕もそう思います。そのメンタリティでプレーし続けるつもりですけど、体の変化は必ずある。そこから目を逸らさずに、しっかりアプローチしなければいけない。何せボロボロになるまで、ラグビーやりたいんで」

現役の間、怪我は友として付き合うしか方法がないのかもしれない。時に反目しながら、自身を成長させてくれる存在として。

心の奥底にいる、ピュアな少年。

ラグビー選手・姫野和樹

これからトレーナーに体のケアをしてもらうという姫野のポートレートを写してから、クラブハウスまで歩く少しの間に、最後の質問をした。ファンの間では知られた話だが、姫野は馬が好きで、しばしば厩舎を訪れては馬に癒やされている。馬は人間よりもはるかに繊細な動物で、些細な心の動きを汲み取ってくれる。

「なんの建前もなく接してくれるじゃないですか。自分を取り繕う必要がないんです。キャプテンであるとか、日本代表であるとか、ラグビー選手であるとか、肩書きを一切関係なく僕という人間を好きか嫌いかだけで判断してくれる。それが好きですね」

幾度も怪我を誘発してきた、その責任の重さに疲れますか?

「そうですね、時々、疲れます。ちゃんと自分自身でいられるように、馬に会いに行くのかもしれません」

自らを問い詰め続けるような鬼気迫るリハビリを行った後に、穏やかな口調でインタビューに真摯に答える。どちらも姫野というアスリートを象るもの。だが、馬の話をしている時には、普段はじっと奥に身を潜めている少年のようなピュアさが顔を出した。それは臆病さを感じさせるものではなく、むしろ強さの源泉のようだった。姫野がなぜ愛される選手なのか、その理由の一端に触れた気がした。

アキレス腱断裂から再び這い上がって新たなステージに立つためには、心の奥にいるピュアな少年の声を聞きながら、同時に新しい自分を獲得しなければならない。そのためにもがき、汗だくになりながら、自分に嘘をつかずにリハビリを続けている。

「ラグビーだけではなく、自分の人生において新しい価値観に出会えたり、判断の選択肢が増えたり、いろんな知識知見が得られることもまた、怪我の魅力。いや、魅力って言ったらおかしいけれど(笑)」

そう言って姫野は、力強い握手をして、大きな背中を見せて去っていった。

ラグビー選手・姫野和樹
Profile

姫野和樹(ひめの・かずき)/ラグビー選手
1994年愛知県名古屋市出身。〈トヨタヴェルブリッツ〉所属。春日丘高校時代には、全国大会へとチームを導き、帝京大学時代には大学選手権8連覇に貢献。2019年ワールドカップでは、日本代表として初のベスト8入りを果たす。2023年ワールドカップでは、日本代表の主将として出場している。著書に『姫野ノート「弱さ」と闘う53の言葉』(飛鳥新社)がある。現在、左脚アキレス腱断裂からの復帰を目指し、リハビリ中。