諸田実咲(棒高跳)「アジア競技大会にはパワーアップして臨みたい」

両手首の骨折という大ケガを経て、今年、日本記録を更新するまで復活した。第一人者の視線は世界へと向いているのだ。(雑誌『Tarzan』の人気連載「Here Comes Tarzan」〈2026年8月6日発売〉より全文掲載)

text: Ichiro Suzuki photo: Hiroyuki Nakamura

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Profile

諸田実咲(もろた・みさき)/1998年生まれ。父親の影響で中学生のころより、本格的に棒高跳を始める。2023年の中大・日体大定期対校陸上で4m41の日本記録を樹立。同年のアジア競技大会で4m48を跳び、日本記録を更新して2位。26年、木南道孝記念陸上競技大会で4m50cm。日本選手権は21年、23年、24年、26年に優勝。アットホーム所属。

勝ち切ることに意味があった。だからうれしいというより、ホッとした気持ちだった。

諸田実咲は、これまで女子棒高跳の日本記録を3度更新している。最初が3年前、2023年の中大・日体大定期対校陸上で出した4m41。2度目が同年に行われたアジア競技大会での4m48。このときは、銀メダルも獲得している。

そして、今年5月の木南道孝記念陸上競技大会では4m50cmを跳んだ。日本の女子選手にとって、50cm台というのは夢のまた夢であり、つまり、彼女の実力は国内では突出していて、他の追随を許さない状況なのである。

夢を現実にした、その前後に諸田は何をどう考えて、行動していたのであろう。

諸田実咲(棒高跳)競技中の様子

「今年は室内の大会で2月からシーズンインしました。4月からはすごくいい状態が続いていて、走れているし、動きにもキレがある感じだった。だから、あとは条件さえ合えば4m50はいつでも跳べると思っていたんです。で、5月の木南記念は追い風が吹く好条件が続いていたので、これはチャンスと考えていました。自分が技術的に意識しているポイントをしっかり押さえて、一本一本を跳べたのがよかった。早い時期に出しておきたかった記録ですから」

実は、4m50は今年9月に名古屋で開催されるアジア競技大会の派遣設定記録。この記録を突破して、6月に行われる日本選手権で優勝すれば、内定を得ることができるのであった。そして、諸田は記録こそ4m25と伸びなかったが、日本選手権で優勝し、これを果たしたのである。

諸田実咲(棒高跳)競技中の様子

「もう一度アジア大会というのがあったので、とにかく勝つことを目標に置いて臨みました。試合の日は、過去で一番酷いんじゃないかというぐらい、ずっと向かい風の悪条件。精神的に苦しくなる場面もありました。2位の選手も同じ記録で、私が1回目で跳んだのですが、彼女が2回目でクリアで2位。本当に僅差ですし、記録的に見ればあまりよくないですけど、勝ち切ることに意味があった。だから、うれしいというよりは、ホッとした気持ちでしたね」

少しでも可能性があるなら、しっかりと準備をしよう。

さて、話を前回のアジア競技大会まで遡ろう。諸田はここで4m48の日本記録を出せるとは、まったく思っていなかったようだ。ただ、それがひとつのきっかけになったのだろう。以降4m40台を連発するようになる。

正確にはこの大会の翌年、つまり24年には4m40以上が6試合、25年も5月までに2試合である。実力が底上げされたのだ。

ところが、5月末に開催されたアジア選手権(アジア競技大会とは別の大会。競技大会は4年に一度の開催で選手権は2年に一度)で、マットに着地できずに直接地面に落ち、両手首を骨折してしまう。

どんな競技、いや日常生活でも手首は重要である。が、棒高跳では、ポールをコントロールするために、手首の強さと柔らかさが大きなポイントになるのだ。さらには出場できるかもしれない東京での世界選手権が9月に控えていた。

諸田実咲(棒高跳)競技中の様子

「ワールドランキングが36位までは出場できる。ケガをしたときは出られる可能性があったので、それが1パーセントであってもしっかり準備しようと思いました。とにかくリハビリです。可動域を広げる訓練が痛くて痛くて(笑)。ただ、ちょっと走ったりはできたので、下半身のトレーニングはやっていたんですよ」

なんと3か月余りで回復し、世界陸上にも出場できた。まったく信じられないことだ。ただ使えるようになるのとは訳が違うのである。「普通ではありえないことかも」と諸田も言う。

それでも、彼女は大勢の観客が入った国立競技場のピッチに立った。予選は4m25から始まった。3回目の試技でこれをクリアし、彼女の初めての世界選手権は終わった。

諸田実咲(棒高跳)競技中の様子

「あの舞台に立てたというだけで、感慨深くて……。あれだけの観客の中でやることはなかったし、ほとんど日本の人がお客さんで、アットホームな雰囲気で跳べたのはとてもうれしかった。大ケガをしたあとですが、やっぱり出るからにはバーを越えたいという思いもありました。だから、3回目はただ気持ちだけで跳んだという感じだったんですよ」

何があるかわからない。だから最後の最後までベストを尽くすだけ。

そして今、9月に名古屋のアジア選手権大会が迫っている。棒高跳という競技は技術的にとても難しい。何といっても、通常の人間の動作とはまったく違う。強いて言えば、体操競技に似ているかもしれない。パワーも必要だ。

ポールを大きく屈曲させ、反発を利用して跳ぶには全身の強い力が求められる。そのポールは重さは3kgほどあるし、硬さの違いで種類もある。柔らかいポールを選べば、反発力は得やすいが高さが出ない。

逆に硬いポールは、高さは出るが反発力を得るには、それを曲げるための力が必要となる。ただ、難しいからこそ、まだまだ伸びしろはあると、諸田は考えているのだ。

諸田実咲(棒高跳)トレーニングの様子

「たとえば、助走が課題です。私は癖でオーバーストライドになってしまうことがあるのですが、(足を前方に振り上げるのではなく)真下に落とすことをアドバイスされている。コーチにはストライドが大きいとカラダが後傾してしまい、体重が乗らないというか、ポールに上手く力が伝わらないと言われています」

パワーの面でも、まだまだ鍛えていくことはできると思っている。

諸田実咲(棒高跳)トレーニングの様子

「やっぱり、海外選手と比べるとちょっと細いので、一回り大きくなれるといいですね。5kgぐらい(筋肉で)増やしたい。そうなれたら、もっと硬いポールも使えるので、メチャクチャ面白いことになると思います。筋力を強くすることで、体重が増えることには怖さはありません。もともと筋肉がつきにくいタイプなので、重くなりすぎたらどうしようという不安はないですね。とりあえず、今は痛めているところを治す。手首はだいぶよくなっているのですが、腰の状態がよくない。まずは、自分のカラダをしっかり見直して、正しい動作というのを身につけたい。それで、8月半ばぐらいまではしっかりとトレーニングを積む。パワーアップをした状態でアジア大会に乗り込めたらいいです」

アジアでは中国の牛春格という強い選手がいる。彼女は今年の5月には、4m73を跳んでいるのだ。

諸田実咲(棒高跳)競技中の様子

「自己記録では彼女の方が上回っていますが、棒高跳って本当に環境に左右されやすくて、何があるかはわからない。だから、最後の最後まで自分のベストを尽くすだけだと思っています。もちろん優勝を目指して。そして、来年は北京で世界選手権があるし、再来年はロサンゼルス・オリンピックになります。一つ一つ着実に積み重ねてその舞台に立ち、世界と戦える選手になりたいと思っています」