濱口竜介最新作のテーマは「歩くこと」|Move On Screen
話題の新作映画を通して、カラダや健康、生き方について考える。第一回目は、パリを舞台にした二人の女性の交流を描く『急に具合が悪くなる』。散歩やケアをめぐる対話のなかから、「歩くこと」の意味を静かに問いかける一本。
text: Keisuke Kagiwada
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フランス語には「フラヌール」という単語がある。日本語に訳すなら「遊歩者」、要するに「散歩する人」。街歩きを文化として大切にしてきたフランスならではの言葉だ。だからなのか、フランス映画には街を歩くシーンを魅力的に活写する作品が多い。
主たる舞台をパリに据えた濱口竜介監督の『急に具合が悪くなる』も、また然り。しかし、本作では単に過去の「フラヌール」映画にオマージュを捧げるだけでなく、その一歩先に進もうとしているようだ。
本作はパリで知り合った女性2人の友情譚だ。一人は高齢者向けの介護施設〈自由の庭〉でディレクターを務めるフランス人マリー=ルー、もう一人は演劇公演のために来仏した日本人演出家の真理だ。マリー=ルーは早稲田大学で文化人類学を、真理はソルボンヌ大学で哲学を学んだ経験があるので、二人の間に言語の壁はない。
その後、マリー=ルーは末期がんの真理が手掛けた演劇に感銘を受ける。そして彼女たちは、終演後に散歩しながら濃密な会話を重ね、その日のうちにかけがえのない関係性を築く。一歩前進するごとに絆を深めていく二人の描写は、これが濱口流「フラヌール」映画であることを高らかに宣言しているかのようだ。
しかし、話はここで終わらない。その会話の中で詳しく語られるところによれば、マリー=ルーは〈自由の庭〉で、尊厳を傷つけずに被介護者と向き合うケアの技法、ユマニチュードの推進に尽力している。
ユマニチュードにおいては4つの柱が重んじられ、最初の3つは「見る、触れる、話す」。すなわち、相手の目線の高さに合わせること、カラダの不快ではない部分に触れること、やさしい言葉をかけ続けること。さらに、このうち2つを掛け合わせながらコミュニケーションを取ることが重要なのだという。
しかし、ここで注目したいのは、4つ目の柱が、ずばり「歩く」であること。マリー=ルーは言う。「立って歩くことは人間の自由の根本」であり、「歩けたら受け取る情報も多様で思考能力も長く保てる」。だから、ユマニチュードの施設では、転倒のリスクがあってもなお、「患者は亡くなる直前まで歩く」のだ、と。さらに付け加えられる言葉は非常に重い。
「カラダじゃなくて施設の方針が“寝たきり”を作るの」。
かくして、本作は「歩く」ことに、医療的な意味も持たせていく。実際、やがて体調が悪化し、〈自由の庭〉で暮らしながら入居者に向けてワークショップを始める真理が、まず取り組むのは、みんなで支え合いながら裸足のまま庭を歩くことだ。そこに真理が編み出した足裏マッサージも加わるのだが、これもまた足の裏を刺激するという意味で、「歩く」ことの擬似的再現と言えるだろう。
そして、そのようにして足の感覚を研ぎ澄まされたことで自由を獲得した入居者たちが、最後に繰り広げるカオスな光景は、涙なしには観られない。パリが舞台だからといって単なる「フラヌール」映画には甘んじず、医療的、さらには哲学的な視点まで持ち込んでしまう濱口監督、すさまじい。
『急に具合が悪くなる』
介護施設で働くマリー=ルーと末期がん患者の真理。パリで出会う二人の短くも濃密な交流が描かれる。同名の往復書簡集が原作。物語は映画オリジナルだが、通底するものは同じ。真理を演じたのは『ウルヴァリン:SAMURAI』の岡本多緒。6月19日公開。WEBサイト


