
Profile
草原貴也(くさはら・たかや)/東京都中野区出身。大学卒業後、中古自転車店〈サイクルパラダイス〉に勤務。その後、サードウェイブコーヒーの先駆けである〈BE A GOOD NEIGHBOR COFFEE KIOSK〉に移り、コーヒーの道へ。2024年、中野駅近くに自身の店〈calmside〉をオープン。
東京・中野駅から少し歩いた通りに店を構えるコーヒーショップ〈calmside〉。オーナーの草原貴也さんの生活には、いつも自転車がある。
「土砂降りの日以外は、自転車で通勤しています。家と職場は片道15分くらいなので、もっと走りたくてちょっと遠回りして帰ることも。たとえば哲学堂公園を通って、平日の夜によくやっている草野球を観戦したりして」

明治37年、哲学者の井上円了によって精神修養の場として創設された哲学堂公園。野球場やテニスコートのほかに、哲学にちなんだ古建築物が点在している。

哲学堂公園から15分ほど漕ぐと、閑静な住宅地にカレー店〈chamame〉がある。大村健太朗さん、舞衣さん夫婦が営むこの店は、草原さんが自転車を走らせて訪れる、お気に入りの一軒だ。
「舞衣さんの高校の同級生が、僕の大学の一個下の後輩で。地元に新しい店ができると教えてもらって、プレオープンのときから通っています。二人の人柄がそのまま表れているような、優しいカレーなんですよね」

西武新宿線「都立家政駅」北口から徒歩2分。民家の立ち並ぶ静かな通りに位置する。
草原さんがそう語るように、〈chamame〉で供されるのは、スパイスの奥深さと季節の移ろいを感じられるこだわりの一皿。店主の健太朗さんは、料理のコンセプトをこう語る。
「南インドのカレーを中心に、スリランカやネパール、あとは和の要素も取り入れています。味付けのベースは南インドっぽくしつつ、春ならウドやフキノトウなど、日本の旬の食材を使うことを意識していますね」

草原さんがいつも頼むのはカレー3種盛り。この日は、チキン、キーマ、そして旬のホタルイカをセレクト。

以前は天ぷらを出すお店だったというこの場所。かつての和の雰囲気が残っていて、落ち着いた居心地のよい空間。

中野の街並みを楽しみながら日々ペダルを漕ぐ草原さんは、かつて自転車店に勤めたことがあるほど、根っからの自転車好きでもある。けれど、そのまま本業にする道は選ばなかった。自転車を通して、少しずつコーヒーに惹かれていったという。
「友だちと自転車で遊びに行ってカフェに寄ったり、自転車店の先輩とキャンプへ行ったときに淹れてもらったりするうちに、それまでは全然興味がなかったのに、いいなと思うようになっていきました。自転車は好きだったからこそ、職場でより情熱のある人たちを目の当たりにして、自分で店をやるならコーヒーかもしれないと思ったんです」

〈calmside〉の店の前にはサイクルスタンドがあり、自転車でも気軽に立ち寄れる。

元は〈silo coffee stand〉だった場所を譲り受け、草原さんらしい空間に仕上げた。
その後、転職してバリスタとしての経験を積み、中野駅の静かな側に自身のコーヒーショップ〈calmside〉をオープン。その空間は、草原さんがこれまで大切に積み重ねてきた縁で構成されている。提供するコーヒーはもちろん、内装や看板の制作、営業を手伝ってくれるスタッフも、すべてが知り合いの輪で繋がっている。
「お客さまの半分以上はこのあたりに住んでいるか、働いている常連さんですね。最近は、中野に民泊が増えたこともあって、海外からのお客さまも増えました。『こういうローカルな店を探していた』と気に入ってくれて、滞在中は毎日足を運んでくれる方もいらっしゃいます」

毎日飲んでも飽きないような、派手すぎない浅煎りのコーヒー。豆は友人が焙煎している山梨の〈AKITO COFFEE〉をメインに。

週に1回お店に立つトモエさんは、草原さんの妻の友人。ふだんは〈Switch Coffee Tokyo〉でバリスタとして働いている。
カウンター越しにお客さんが何を目的に来店したのかをそっと察知し、自然な距離感で人と人とを繋ぐのも、草原さんが得意とするところだ。
「月2回ほど、夜の営業もやっています。コーヒー屋って滞在時間が短くなりがちで、常連さん同士がなかなか会えなかったりするんです。だから、みんながゆっくり集まれる時間を作りたくて」
夜のひとときをより豊かにするため、店ではコーヒーだけでなく酒類も取り扱う。
「うちで置いているクラフトビール〈FETISH CLUB〉は、僕が以前勤めていた中古自転車店〈サイクルパラダイス〉の社長が作っているんです。営業担当は僕の元上司で、いまでもいろいろと気にかけてくれています」

エッジの効いたIPAを展開する〈FETISH CLUB〉。お米を副原料に使った「ライスIPA」など、香り高くキレのあるビールを手がけている。

calmside
●東京都中野区中野2-11-3 ステージファースト中野駅前101。TEL 03-6764-6431。月火木金8時30分~18時、水土日・祝日10時~18時。月〜金14時〜15時休。@calmside_tokyo

こうした日々を送る草原さんの足となっている自転車は、〈Crumbworks〉で組んだもの。90年代のオールドマウンテンバイクを得意とする自転車店の一台だ。
「昔のマウンテンバイクは、フレームのカラーリングやグラフィックにインパクトがあります。パーツひとつひとつをとってもすごく手が込んでいて、そのガチャガチャ感がかっこいい。そういう自転車の楽しみ方があるんですよ」

2019年、まだ日本で取り扱いのなかった〈Crust Bikes〉のパーツが欲しいという思いから、店を立ち上げた。草原さんも当時、内装づくりを手伝ったという。
そう語るのは、〈Crumbworks〉オーナーの松本圭太さん。実はこの松本さんこそ、かつて草原さんが自転車店でともに働いた先輩であり、「この人の情熱には敵わない」と、思わされた張本人でもある。松本さんの熱い想いを中心に、当時の仲間たちで立ち上げたのが〈Crumbworks〉なのだ。
「いまも近くを通ったら必ず顔を出しますね。ここでは、ほかにも3台の自転車を組んでもらいました。この一台は、今年の3月に納車されたばっかりです」

パーツは、以前乗っていた古い〈Cannondale〉のマウンテンバイクから乗せ替え。〈CODA〉のブレーキに、〈Magic Components〉のチドリがニコリ。

90年代のマウンテンバイクを語るうえで欠かせない〈CODA〉のクランク。〈Cannondale〉がかつて展開していたオリジナルパーツで、現在は生産されていない希少な名品。

ヴィンテージバイクへの愛が詰まったパーツをつくる、デンマーク発〈STRIDSLAND〉のチェーンリング。チェーンが外れにくいナローワイドを採用し、古い名作パーツをいまの街乗りに気持ちよくフィットさせてくれる。

ハンドル周りを支えるのは、アクション系マウンテンバイクで支持される〈Funn〉の《Head Banger》。端正なヴィンテージパーツの中に、さりげなくゴツめのストリート感を忍ばせている。
草原さんが最近手に入れたその一台は、〈Crumbworks〉があえて一から作ったオリジナルのフレーム〈Magic Components〉の《The Wizard》だ。なぜ、オリジナルを作るに至ったのか、松本さんに尋ねた。
「90年代のマウンテンバイクフレームって、状態の良いものがあまり出てこなかったり、組み立ててみるとパーツとの相性が難しかったりするんです。特に日本だと、186cmの草原さんが乗れるくらい大きいフレームはなかなか出てこない。それだったら、自分たちで作ってみようと思って始めました」

CRUMBWORKS
●東京都中野区中央4−42−11 小坂コーポ102。TEL 03-6338-0537。12時〜19時。月曜休(祝日の場合は翌日)。@crumbworks.co crumbworkstokyo@gmail.com。
自転車からコーヒーの世界へ。それでもなお、草原さんの生活はいまもこうして自転車が繋いでいる。
「もともと電車移動が嫌いで、自転車の方が便利だし、何より気持ちがよかったんですよね。その感覚に気づいたときから、僕の生活には欠かせない存在になったんだと思います」
お気に入りのフレームに跨り、馴染みの店へ顔を出し、また自分のカウンターへと戻っていく。自転車は、どこか遠くへ行くためだけのものではない。中野の街で生まれ育ち、いまもこの街で暮らす草原さんにとって、それは自分の世界を開くための、一番身近な道具なのだ。

〈BICYCLE SPECIFICATIONS〉
フレーム:Magic Components – The Wizard
タイヤ: SCHWALBE – Billy Bonkers
ヘッドセット: Funn – Head Banger
ステム: TIOGA
ハブ: SHIMANO – Deore XT
クランク: CODA
チェーンリング: STRIDSLAND – 94 bcd narrow wide
ペダル: 三ヶ島 – SYLVAN GORDITO
ハンドル: Nitto×Crumb Works – KT Bar
ブレーキ: CODA
ブレーキレバー: DIA-COMPE – mx-2
サドル:AVOCET -O2










