未体験の灼熱が魂をリセットする。日韓古式サウナのプリミティブな体験とは。

韓国のスッカマと、日本のから風呂。とてもよく似た古式サウナが海を越えて存在する。洞窟のような灼熱の部屋に籠もり、極限状態から外の世界へと戻る。その瞬間、心と身体と魂がリセットされるのだ。

text: Takuro Watanabe photo: Takuro Watanabe, Rai Shizuno

炭の窯「スッカマ」180℃の灼熱の部屋にて。

炭が大きな炎を立てて燃え上がる灼熱の窯内。

 サウナがもたらす心身への良い効果は、これまでにも多くのところで語られてきた。温冷交代浴によって自律神経が刺激され、副交感神経と交感神経の切り替えがスムーズになり、心身がリラックス状態になる。

より深いリラックス効果を求めるサウナ愛好家たちは、どこまでも貪欲で、彼らのニーズに応えるように、全国各地に趣向を凝らしたサウナが数多存在する。

恥ずかしながら、私もそんな“欲しがり”なサウナ愛好家の一人。「あのメーカーのサウナストーブがいい」、「水風呂は天然水で、水圧がかかるように、もっと水深が欲しい」とか、そんなことばかり言っていた。

でも、ある時訪れた韓国での、韓国伝統の古式サウナである「スッカマ」の強烈な体験が、あれこれうるさい自分の考えを、軽く吹っ飛ばしたのだ。

タオルを頭からかぶり、立ったままスッカマの中に入る。もはや誰だかはわからない。燃えてしまうんじゃないかと思うぐらいの熱気が襲ってくる。

スッカマとは、炭を焼いた後の部屋の中に入る温浴施設。炭窯=スッカマ。どういうことかというと、密閉された炭窯の中でガンガンに炭を焼いて、その炭をかき出した後の、余熱で温まった部屋に入るというもの。

その温度は高温部屋で180℃(と記載されていた)、低温部屋でも約120℃。信じられないくらい熱いので、裸でなんて入れない。支給されるサウナ着の上に、頭からタオルをかぶって、下駄を履いて(ゴム草履だと溶けてしまうらしい)立ったまま入るのだ。

部屋の中は真っ暗で、明かりはない。ドアもなく、出入り口となる穴から外光がうっすらと差し込む。まるで洞窟。中に入ると、すぐに衝撃的な熱さが全身を襲い、20秒くらいで耐えられなくなる。

そして、「もう出よう」と思った時にはもう遅い。外の世界までは、わずか数歩の距離だが、出口が遥か遠くに感じるのだ。3歩目あたりで「あ、これはやばい……。出られないかも」と思いながらも、朦朧としながらどうにか脱出。

その後、外の風に吹かれる。全身に張りついていた熱が消えて、じわじわと解放感が訪れる。極度の緊張からの緩和。ものすご〜く気持ちいい。

通常のサウナの、サウナ→水風呂→外気浴で得られる整いの感覚ともまた違う、再生感みたいなものに全身が包まれる。とんでもない熱さの中で、ある種の擬似臨死体験をして、洞窟のような部屋の中からなんとか出てくるという行為は、まるで、新たに生まれ変わるようなイメージだ。

熱源の前に座り、体を温めるオモニたち。オモニたちのやさしさに心が温まった。

ふと周りを見渡すと、スッカマ部屋の傍では、炎が燃え盛る窯の入り口を囲むようにオモニたちが座っている。その輪に入ってもいいものかと、もじもじしていると、「ここに座りなさい」と、オモニがスペースを空けてくれた。

「痛いところはないのか?」というジェスチャーをするので、「腰が痛いかな」と言うと、「後ろを向いて背面を温めろ」と腰をさすってくれる。

すると、別のオモニがラップに包まれた大量のキンパをバッグから取り出し、皆に振る舞いはじめるのだ。僕の口にもキンパを突っ込んできて、「美味しいか?」と微笑みかけてくれる。なんだんだ、スッカマ。オモニの優しさで胸の奥まで熱くなるじゃないか。

窯からかき出された炭火を用いて、オモニたちはチゲなどを思い思いに調理する。

いくつか訪れたスッカマのひとつ『カマゴルランドチャムスッカマ』の施設の人に話を聞くと、スッカマは韓国に古くから伝わる温浴文化のひとつで、もともとは炭を焼くためだけに使われていた窯に、炭を掻き出したあとの余熱を利用して、人が入るようになったのが始まりだそう。

民間療法の役割も担っていたとも言われるが、正確な起源や成立年代については、はっきりした史料が残っているわけではないらしい。

飲み物や軽食を販売する売店。ローカル気分を味わうなら、米を原料にした発酵飲料「식혜(シッケ)」がおすすめ。

奈良時代から続く、日本の古式サウナ「から風呂」。

から風呂の外観。豊島石でできた風呂は、幅1.2m×奥行2.7mの横穴状の構造。

スッカマに魅了されて帰国した後、古式サウナについて調べるうちに、日本にもよく似た文化があることを知った。香川県さぬき市にある「から風呂」だ。

から風呂施設「塚原から風呂」は、飛鳥時代から奈良時代にかけて活躍した高僧・行基が創建したと伝えられている。行基は各地で橋やため池を築き、庶民の救済に尽くした僧として知られる人物だ。その出自については百済系渡来人の系譜を引くとする説もあり、当時の日本と朝鮮半島の文化的な往来を想起させる存在でもある。

およそ1300年の歴史をもつ「から風呂」。かつて瀬戸内地方には、この様式の石室を用いた蒸し風呂が多く存在したという。

もちろん、から風呂がスッカマから伝わったと断定できるわけではない。だが、スッカマと同様の構造や、暗く閉ざされた空間に身を置くという体験の共通性を思えば、両者が無関係とは考えにくい。海を挟んだ土地に、よく似た古式サウナが残っているという事実自体が、ものすごく興味深いのだ。

風呂は毎日、午前と午後の二回にわたって焚かれる。

実際に訪れてみると、から風呂の構造はスッカマと驚くほど似ていた。から風呂は、炭窯状の部屋で燃料となる松葉や廃材などを焚いた後の予熱で温まるというもの。
ただし壁材は異なり、黄土を用いるスッカマに対し、豊島石という石を使うのが、から風呂の特徴だ。土壁に比べて湿度が低いのだろう、濡らしたむしろとござを敷くことで蒸気を補っていた。

エストニアで入ったスモークサウナ。真っ暗なサウナ室の扉を開くと、外の世界が光り輝いて見えた。目の前の池に飛び込む。

これは余談だが、以前、エストニアの古式サウナであるスモークサウナを体験したことがある。窓がない、もしくは最低限の小さな窓のみがある、闇の中の灼熱の空間に“籠る”という在り方は、スッカマ、から風呂とも共通している。

これらの古式サウナは、外部世界と遮断された時間を過ごし、外の世界へと帰ってくる再生の場なのだと感じる。エストニアでは昔、サウナ室でお産をしていたというから、生命が始まる場でもあったとも言えるだろう。

現代のサウナとはまた異なる力を持つ、プリミティブな古式サウナでしか得られない特別な感覚というものがある。古式サウナは心と身体だけではなく、魂まで整ってしまう装置なのかもしれない。