女優・木竜麻生さんと学ぶ、漢方という「診かた」の基本。

「漢方って何?」そのモヤモヤを、女優・木竜麻生さんが読者代表として聞いてみた。薬のこと、体質のこと、東洋医学の物差しを、研究者・大野智さんと一緒に整理していく。

取材・文/井上健二 撮影/森山将人 スタイリスト/佐藤奈津美 ヘア&メイク/大上あづさ イラストレーション/MOOLU 取材協力/マルヱ薬局

初出『Tarzan』No.919・2026年2月12日発売

木竜麻生さんが煮出しだ漢方の香りを嗅いでいる様子
教えてくれた人

木竜麻生(きりゅう・まい)/14歳のときに東京・原宿でスカウトされて、大学進学を機に上京、本格的な芸能活動を始める。2014年に映画デビューを果たし、18年公開の映画『菊とギロチン』で映画初主演を飾る。25年NHK夜ドラ『いつか、無重力の宙で』で主演。テレビドラマ『ラムネモンキー』(フジテレビ系)にも出演。

大野 智(おおの・さとし)/島根大学医学部附属病院臨床研究センター教授。1971年、静岡県生まれ。98年、島根医科大学(現:島根大学医学部)卒業。2018年から現職。22年から島根大学医学部附属病院副病院長を兼務する。東洋医学を含む統合医療・補完代替療法をテーマに学生講義や医療者・一般向けの講義を盛んに行う。共著に『東洋医学はなぜ効くのか』(講談社)。

体質改善には漢方が役立つと聞きました。

左:島根大学医学部附属病院臨床研究センター教授・大野智さん、右:木竜麻生さん。

漢方とは?

江戸時代後期にオランダなどから入ってきた西洋医学に対し、それまで日本で長らく実践されてきた伝統的な医学・医療を「漢方」と再定義した。源泉は古代中国にあり、6〜8世紀に段階的に日本へ伝播。漢方薬、鍼灸、按摩・指圧(ツボ押し)、養生という4つの柱がある。

大野 智(以下、大野)
「漢方」と聞くと、どんなイメージをお持ちになりますか?
木竜麻生(以下、木竜)
漢方の「漢」は、中国の「漢」のことだと勝手に思っていました。
大野
大正解です! 漢方という言葉が生まれたのは、江戸時代の後期のことなんです。
木竜
杉田玄白とかが活躍していた時代?
大野
そうです。まさに杉田玄白らは、当時オランダから伝わった医学を広めていました。オランダ由来の医学を「蘭方」といい、対して日本古来の医学を「漢方」と称するようになったのです。まさに「漢」=中国であり、古代中国発祥の中医学を、日本で独自に進化させたのが漢方です。
木竜
では、中国には漢方のオリジナルが残っているんですね。
大野
興味深いことに、そうではないんです。2000年という由緒正しい歴史を持つ中医学の伝統を、もっとも忠実に受け継いでいるのが漢方なのです。
木竜
意外です!
大野
中国ではむしろ伝統にこだわらず、新たな薬の処方や治療術が続々と誕生しています。そして日本と同じように中医学が伝わった朝鮮半島には朝鮮人参という強力なアイテムがあり、そこに重点を置いた韓医学が発展しました。

食べるものは薬でもある。「薬食同源」が漢方薬の源。

葛根湯

木竜
日本がスペシャルなんだ。漢方というと、やはり漢方薬というイメージが強い。私もたまに飲むことがあります。
大野
とくに江戸時代までは漢方薬が治療の中心でした。「匙加減」といいますが、あれは江戸時代の漢方医たちが、原料となる生薬の粉末を匙で調合していたことに由来します。「匙を投げる」というのも、完治の見込みがない患者さんを漢方医が諦め、調合をやめることから来ています。
木竜
面白い! でも、漢方=漢方薬ではないですよね。
大野
はい。よく誤解されるのですが、漢方には漢方薬以外にも、鍼灸、按摩・指圧、養生があります。現代風に整理するなら、漢方薬を使うのは内科医。鍼灸、按摩・指圧は外科医の担当です。養生は食事や睡眠など生活習慣全般を指し、栄養士あるいは看護師が担当するといった感じです。
木竜
漢方薬や鍼灸に頼り切り、普段の生活が乱れて暴飲暴食していたら健康にはなれませんよね。よく聞く「医食同源」というのも漢方の考え方なんですか?
大野
おっしゃる通り。医食同源は日本で生まれた言葉で、それと似た意味で中国では「薬食同源」という言い方をします。
木竜
薬も食事も口にするものという意味では同じですものね。
大野
漢方薬も、ある野草を食べたら腹痛が治ったとか、ポカポカして冷え性が軽くなったといった積み重ねにより、長い時間をかけて確立されたと考えられます。
木竜
始まりはそうなんですね。
大野
同じように、鍼灸もあるところに鍼を打ったら、肩こりが軽くなったといった経験の蓄積から生まれたのでしょう。
木竜
先生はもともと外科医だと伺いました。なぜ漢方に興味を持たれたのですか?
大野
お腹の手術をした後、腸閉塞を起こした患者さんに「大建中湯」という漢方薬を出したら、よく効いたんです。臨床試験でもその効果が認められるようになり、本格的に勉強し始めました。すると漢方薬の原料となる生薬には、西洋薬にはない潜在力があるとわかり、漢方の沼にハマりました。
木竜
私も皮膚科の先生から「十味敗毒湯」という漢方薬を出してもらったことがあります。西洋医学のお医者さんも、漢方薬を処方なさるのですね。
大野
日本の医学部はカリキュラムが21世紀に入って変わり、全ての医学部で漢方薬について学ぶようになりました。医師国家試験でも漢方薬の問題が出題されます。日本の医師は、必要に応じて西洋薬も漢方薬も出せるのです。
木竜
西洋薬と漢方薬のいちばんの違いはどこにありますか?
大野
西洋薬は同じ病気の患者さんには同じ薬を出すのが原則ですが、漢方には「同病異治」という考え方があり、同じ病気でも違う薬を出すこともあります。「証」が一人ひとり異なるからです。

漢方では西洋医学のような病名はつかない。代わりに用いられるのが「証」。患者のその時点でのさまざまな症状を、ここで紹介する虚実、陰陽、気血水といった独自の視点で捉え直したもの。「証」を踏まえて治療家が葛根湯を出したら、「葛根湯証」と呼ぶ。

血液検査などに頼らず五感を駆使して診察する。

漢方の香りを嗅ぐ木竜麻生さん

木竜
「証」って何ですか?
大野
漢方の元となる中医学には特有の理論があります。なかでも治療の方針の決め手となるのが「証」。その日の症状の表れ方や体力など、患者さんの体質や状態の全体像を示す物差しです。
木竜
現代は血液検査やレントゲンなどで病状を判断できますが、そうした手段がない時代に発達した医学ですからね。
大野
漢方医は五感を総動員して「証」を定めます。目で診る「望診」、声や口臭などを評価する「聞診」、問いかけで判断する「問診」、脈やお腹に触れて情報を取る「切診」の「四診」です。
木竜
口臭までチェックですか。胃潰瘍になると口が臭くなるという話も見聞きしますから、「聞診」も大事でしょうね。「証」が違えば、同病異治で処方される漢方薬も変わるのですね。
大野
そうです。「証」は体力や抵抗力を見る「虚実」、活動性を見る「陰陽」などで見分けます。
虚実

「虚実」は、前述の「証」を判断するときに用いられる。体力の充実度を元に、抵抗力や反応力がどうなっているかを示す。虚証とは足りない部分を補うべき状態で、実証とは過剰な部分をカットすべき状態とされる。両者の中間にあたるものを虚実中間証という。

陰陽

漢方の源泉である中医学は、万物を対照的な2つの因子で捉える二元論を好む。その二元論の根本とも言えるのが「陰陽」という発想。陰証は寒がりで体温が低く、閉鎖的で何事にも消極的。対照的に陽証は暑がりで体温が高く、開放的で活発性と積極性を備える。

木竜
漢方薬を処方してもらうときは「証」がわかる専門家に診てもらうことが大切ですね。
大野
それができるのが経験豊富な漢方専門医や、漢方薬局の漢方薬剤師です。
木竜
一人ひとりに合わせて処方してくれるから、体質改善にも漢方薬がいいと教わりました。
大野
漢方には「未病」という発想があります。病気に至る前の調子が悪い状態で、漢方薬も鍼灸も未病段階でのケアを重視します。体質改善もその一つです。
木竜
病気じゃないけど、何となく調子が悪いことってありますよね。そんなときこそ漢方だ。
大野
中国には「上医」「中医」「下医」という医師の分類があります。上医は新型コロナ対策のような公衆衛生を担う医師、中医は未病を癒やす医師、そして下医は症状が出た患者さんを治す医師。
木竜
普通は症状が出てから病院で診てもらいますから……。
大野
私のような西洋医学の医師は下医ということになる(笑)。むろん私は西洋医学や西洋薬を否定しているわけではありません。西洋医学も漢方のような東洋医学も両方必要。未病や体調不良の陰にがんなどの重篤な病気が潜んでいることもある。気になる不調が続く際は、病院でそうした可能性を否定することをお薦めします。

温めながらツボを押すと、より効果がアップする。

耳の下を押している様子

大野
鍼灸やツボ押しにも馴染みがありますか?
木竜
生理痛が重めなので、三陰交というツボをよく揉みます。
大野
“女性のツボ”と呼ばれる場所ですね。婦人科系疾患に効くし、生理痛にも効果的です。
木竜
ツボは温めながら押すとよりいいと聞いたことがあります。
大野
いいですね。指圧や鍼灸は物理的な刺激ですが、お灸は温めて刺激します。外部からのいろいろな刺激に反応する神経がたくさん集まっているところが、どうもツボらしいのです。
木竜
婦人科系の病気の一因は「血」の巡りが悪いせいだと聞きます。「血」って漢方の考え方ですよね。血液のことですか?
大野
漢方ではカラダを作っている要素として「気血水」を重視します。おっしゃるように「血」は血液とその働き、「気」は元気や気力のような目に見えないエネルギー、そして「水」は血液以外の水分を指します。カラダの60%ほどは水分ですから、「水」の影響は想像以上に大きい。これら気血水の乱れや滞りが、不調の引き金となるのです。婦人科系の疾患も「血」だけの問題ではなく、さきほどの三陰交も気血水すべてに関わっているツボです。
気・血・水

気・血・水を表したイラスト

もっともポピュラーな漢方コンセプト。気(生命活動のエネルギー)、血(気の働きを担って体内を行き来する赤い液体≒血液)、水(気の働きを担って体内を行き来する無色の液体≒血液以外の体液)という3要素が過不足なく滞りなく、関連し合うのが理想だ。

木竜
そうか。3つが交わるから「三陰交」ですね!
大野
この気血水を作り出す元になるのが「五臓」。
五臓・五行説。

五臓・五行説を表したイラスト

古代中国では万物は「木・火・土・金・水」からなると考えた。これが五行説。それに基づき人体の機能を5要素に振り分けたのが五臓。肝は木、心は火、脾は土、肺は金、腎は水に当てはまる。それらは独立せず、互いに影響を与え合う「相生相克」の関係にある。

木竜
「五臓六腑に染み渡る」の五臓ですか?
大野
はい。「肝・心・脾・肺・腎」が五臓で、その背景には五行説があります。五行説とは、森羅万象は「木・火・土・金・水」から成り立つという発想。それをカラダに当てはめたのが五臓です。ちなみに六腑は「胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦」という6つで、消化・吸収・排泄を担っていると考えられています。
木竜
肝は肝臓、心は心臓のことなのですか。
大野
違うんですよ。五行説や五臓六腑といった概念が生まれた時代、カラダにどんな臓器があり、いかなる働きをしているかはわからなかった。だから先に肝・心・脾・肺・腎、胆・小腸・胃・大腸・膀胱・三焦という言葉があり、のちに各臓器に当てはめたのです。だから重要な臓器なのに、膵臓は五臓六腑に入ってない。
木竜
三焦って何ですか?
大野
ナゾなんですよ。前立腺説もありますが、女性に前立腺はありませんからね。

ツボ押しは痛みを伝える扉を開け閉めする。

葛根湯を煎じる体験している様子

木竜さんに、葛根湯を煎じる体験をしてもらった。「初めての体験です。コトコト煮詰まるまでの間にほのかに漂う香りにホッとできますね」(木竜)。

葛根湯を煎じる体験している様子

「“葛根湯”のように最後に“湯”がつく漢方薬は、お湯で煎じて飲むのが本来の服用法です」(大野さん)。

木竜
「葛根湯」は風邪っぽいときに飲むこともありますが、すべて顆粒状のもの。生薬を煎じた葛根湯を今日初めて飲みました。
大野
どうでしたか?
木竜
まず、香りがスゴかった。
大野
香りは鼻からダイレクトに脳へ入り、それ自体で独特の効果を発揮するとされています。
木竜
煎じないと得られないアロマテラピーのような作用ですね。口に含むと甘さと苦みが交互にやってくる感覚があり、成分が体内へじわじわ入る感じがしました。

煎じた漢方を飲んでいる様子

大野
「良薬口に苦し」といいますが、漢方の世界では薬が美味しく飲めるときは、カラダがその薬を必要な「証」だと捉えます。
木竜
苦みもあったから、今日の私には葛根湯は必ずしも必要なかったのでしょうね。調子いいし。
大野
「証」によっては、葛根湯は肩こりなどにも処方されます。同じ薬で違う症状に対処することを「異病同治」といいます。
木竜
覚えておきます!
大野
未病で留めるために、私自身は「補中益気湯」という漢方薬をよく飲んでいます。これは気血水のうちの「気」を補う代表的な漢方薬。普段はただ苦いだけですが、出張が続いて疲れが溜まっているときに飲むと甘く感じる。
木竜
良薬口に甘し(笑)。もう一つ聞きたいことがあります。ツボって患部だけではなく、離れたところの痛みまで軽くしてくれるじゃないですか。その仕組みはどこまでわかっているんですか?
大野
ある程度わかっています。たとえば、歯痛などの痛みに効く「合谷」というツボがあります。
木竜
知っています。手の甲の親指と人差し指の間のツボですね。たまに私も押しています。
大野
合谷を刺激するとその信号は脊髄へ届きます。脳から背骨に沿って体幹まで続いているのが脊髄。この脊髄から痛みの信号が脳まで伝わると、初めて「痛い!」という感覚が生まれます。
木竜
最終的に痛みを感じるのは歯ではなく脳なんですね。
大野
はい。脊髄には、脳への痛みの伝達をコントロールする働きがある。鍼灸や指圧は脊髄に作用し、脳へ痛みを伝える途中にある扉を少し閉じて、鎮痛作用を発揮することがわかっています。

大野智さんと木竜麻生あんが話している様子

木竜
漢方は、人間のカラダをよく知っていますね。私、小さいときから痛みに強い。子供時代、学校で予防接種を受ける際、同級生たちが痛がって泣いている姿を見て「注射なんて楽勝なのに、なぜ泣くんだろう」と不思議に思ったくらい(笑)。痛みの扉がやや閉じ気味なのかもしれませんね。ありがたいことに、季節の変わり目で体調を大きく崩したりもしない。
大野
「証」でいうと体力があり、体質的に抵抗力も高いのでしょう。さらに漢方を上手に取り入れたら、息の長い女優さんとして元気に活躍できるはずです。
木竜
ありがとうございます。気候変動で季節ごとの寒暖差は年々激しくなり、体調管理も年々難しくなるような実感があります。この先年齢を重ねて「証」が変わったら、改めて相談に乗ってください!