日常の隙間を守る。漢方常備薬・おすすめ6処方。
なんとなく不調な日が続く、けれど病院へ行くほどでもない。そんな「日常の隙間」を守ってくれるのが、この6処方。まずは名前と得意分野だけでも覚えて、家の常備薬棚に一軍登録しておこう。
撮影/藤井由依 スタイリスト/川合康太 ヘア&メイク/細江朱莉 生薬提供/ツムラ
初出『Tarzan』No.919・2026年2月12日発売

6処方に登場するおもな生薬オールスター。

- 科名
- 薬用部位
- おもな生薬成分
・黄耆 (おうぎ)
1.マメ科 2.根 3.アストラガロシド、フォルモノネチン
・甘草 (かんぞう)
1.マメ科 2.根とストロン(茎の一種) 3.グリチルリチン酸、リクイリチン
・桂皮 (けいひ)
1.クスノキ科 2.樹皮(若枝) 3.シンナムアルデヒド、ケイヒ酸
・柴胡 (さいこ)
1.セリ科 2.根 3.サイコサポニン
・芍薬 (しゃくやく)
1.ボタン科 2.外皮を除いた乾燥根 3.ぺオニフロリン、アルビフロリン
・生姜 (しょうきょう)
1.ショウガ科 2.根茎(ときに周皮を除いたもの) 3.ギンゲロール、ショウガオール
・升麻 (しょうま)
1.キンポウゲ科 2.根茎(サラシナショウマなどの根茎を乾燥したもの) 3.シミフゲン、フェルラ酸
・陳皮 (ちんぴ)
1.ミカン科 2.果皮 3.D-リモネン、ヘスペリジン
・釣藤鈎 (ちょうとうこう)
1.アカネ科 2.鉤状の棘 3.リンコフィリン、ヒルスチン、クロロゲン酸
・沢瀉 (たくしゃ)
1.オモダカ科 2.塊茎 3.アリソール
・大棗 (たいそう)
1.クロウメモドキ科 2.成熟果実 3.トリテルペノイド、ジジフスサポニン
・蒼朮 (そうじゅつ)
1.キク科 2.根茎 3.β-オイデスモール、アトラクチロジン
・川芎 (せんきゅう)
1.セリ科 2.根茎 3.リグスチリド、クニジリド
・地黄 (じおう)
1.ゴマノハグサ科 2.根 3.カタルポール、アクテオシド、オリゴ糖
・牡丹皮 (ぼたんぴ)
1.ボタン科 2.根皮(ボタンの根の皮部を乾燥したもの) 3.ペオノール、ペオニフロリン
・茯苓 (ぶくりょう)
1.サルノコシカケ科 2.菌核 3.エブリコ酸、パキマ酸、ツムロ酸
・白朮 (びゃくじゅつ)
1.キク科 2.根茎 3.アトラクチロン
・半夏 (はんげ)
1.サトイモ科 2.コルク層を除いた塊茎 3.L-アラビノース、ホモゲンチジン酸
・人参 (にんじん)
1.ウコギ科 2.根 3.ギンセノシド、パナキシノール
・桃仁 (とうにん)
1.バラ科 2.種子 3.アミグダリン、エムルシン
・当帰 (とうき)
1.セリ科 2.根 3.リグスチリド、アラビノガラクタン
1.抑肝散|痛みの万能薬。ストレスやイライラも穏やかに鎮める。
【漢方薬】抑肝散(よくかんさん)
【主な効果】ストレス、イライラ、不眠、子どもの夜泣き

古くから子どもの夜泣きに効くとされたが、現在は大人のストレスやイライラを鎮める目的でも用いられる。脳内で興奮を招く神経伝達物質・グルタミン酸の過剰な放出を食い止めるのだ。グルタミン酸は痛みの伝達にも関わるため、痛みにも期待できる。
近年注目されるのは認知症に伴う行動・心理症状(BPSD)との関わり。BPSDのうち、興奮や徘徊、不眠などの緩和にも効力がある。
「抑肝散には脳の血流を良くする成分も入っており、さらに神経細胞に対する作用を調べた基礎研究では、神経細胞の突起の伸びに影響を与える可能性も示されている。認知機能との関連についても研究が進められており、今後、何らかの効果が明らかになるかもしれません」(昭和医科大学医学部の砂川正隆教授)
2.十全大補湯|免疫&血流アップの特効薬。アンチエイジング分野でも注目株。
【漢方薬】十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)
【主な効果】体力低下、疲労倦怠、食欲不振、手足の冷え、貧血

気血水のうち、「気」も「血」も欠乏しているときに処方される「補剤」の一つ。
入っている生薬のうち、人参は抗疲労、茯苓は抗炎症、桂皮は発汗・解熱作用を持つ。その他にも、NK細胞など免疫細胞を刺激して免疫力を上げたり、赤血球などの元となる造血幹細胞を増やして血流を促したりする働きもある。
さらに話題なのは、アンチエイジング効果。
老化の一因は、細胞が新陳代謝する際の遺伝子の読み取りエラー。多少のエラーは修正できるが、エラーが多発すると手に負えなくなり、積み重なると老化が加速する。マウスを使った実験によると、十全大補湯を投与されたマウスでは、老化の引き金となる遺伝子の読み込みエラーが減少することがわかっているのだ。
3.補中益気湯|元気が湧かない? ならばまずコレ。腸管免疫も賦活する。
【漢方薬】補中益気湯(ほちゅうえっきとう)
【主な効果】体力虚弱、虚弱体質、倦怠感、食欲不振

「気」が足りない「気虚」の際、気を補う「補剤」の代表格。人参、白朮、柴胡といった生薬が気虚による疲れ、体力低下、食欲不振などに本領を発揮。ことに病後や手術後などに衰えた食欲を補い、体力回復を後押しする。
そればかりか免疫にも好影響を与える。
栄養素はおもに小腸から体内へ吸収される。いわばカラダの重要な入り口である小腸には、異物や外敵を除去する免疫細胞が集まっている。溜まり場の一つが「パイエル板」というドーム状のリンパ組織。
補中益気湯の生薬のうち、甘草のグリチルリチンや人参のギンセノシドといった成分はこのパイエル板に作用。するとT細胞やマクロファージなどの免疫細胞の活動が高まり、免疫パワーアップが望める。
4.当帰芍薬散|女性たちの頼れる味方。男女問わず、優れた鎮痛力も自慢。
【漢方薬】当帰芍薬散(とうきしゃくやくさん)
【主な効果】月経不順、生理痛、更年期障害、冷え性、貧血、むくみ

気血水の「血」の不足や「水」の滞りによる女性の不調に用いられるのが、当帰芍薬散。血流促進や鎮痛といった多彩な働きを有するが、その一部はロジカル的に解明されつつある。
主役と目されるのは、蒼朮のアトラクチロジンという成分。アトラクチロジンは、脊髄の「TRPA1」という温度センサーへ作用。血管を拡張し、血流を改善するペプチド(アミノ酸の固まり)の放出を促す。
TRPA1は痛みのセンサーでもあり、アトラクチロジンによる活性化により鎮痛効果が生じる。
活性化すると痛みはむしろ強まりそうなものだが、アトラクチロジンが持続的にTRPA1を刺激し続けると、痛みに対する感覚が鈍くなる現象(脱感作)が起こり、逆に痛みを感じにくくなるのである。
5.桂枝茯苓丸|血行不良を毛細血管レベルから抜本的な解決へ導く。
【漢方薬】桂枝茯苓丸(けいしぶくりょうがん)
【主な効果】生理痛、月経不順、肩こり、冷え

気血水のうち滞った「血」の巡りを良くし、女性の生理痛などに効く。その薬理も近年明らかになった。赤血球の変形能を上げるのだ。
血液を運ぶ血管の90%以上を占めるのは毛細血管。細胞一つひとつに血液を通じて酸素を運ぶ。その担い手が赤血球だが、そのサイズは毛細血管をギリギリ通れるかどうか。
そこで赤血球にはしなやかに形を変える変形能があり、ときには自身より細い毛細血管をすり抜け、カラダの隅から隅まで酸素を届けている。
「赤血球の変形能が落ちると毛細血管を通れなくなり、血液循環が滞る。血液は酸素だけではなく熱も伝えるため、それは冷えにも直結します。桂皮茯苓丸は赤血球の変形能を上げて血液循環を進め、冷えを軽減できるのです」
6.六君子湯|“君子”と呼びたい生薬たちが食欲亢進と長寿を強力サポート。
【漢方薬】六君子湯(りっくんしとう)
【主な効果】消化吸収機能、食欲不振、栄養状態と体力の回復

古代から食欲増進作用が知られていたけど、そのメカニズムがわかったのは21世紀。空腹時に胃から分泌されて食欲を高める消化管ホルモン「グレリン」を増やしてくれる。
胃でセロトニンが増えすぎるとグレリン分泌にブレーキがかかるが、六君子湯はセロトニンの働きを抑えてグレリンを増量する。
これは配合生薬のうち、陳皮に含まれるヘスペリジンによるもの。ヘスペリジンがセロトニンをキャッチする受容体をブロックし、働きを抑える。並行して蒼朮のアトラクチロジンは、脳におけるグレリンの感受性を上げ、食欲を高める。
加えて、六君子湯は健康長寿にもプラス。長寿遺伝子・サーチュイン1のスイッチを入れて、寿命を延ばす可能性もありそうなのだ。
漢方薬の未来を先取り!3つの豆知識。
1.人類の宿敵・がんに効くかもしれない漢方薬。
日本人の死因の第1位はがん。年間38万人以上が、がんで亡くなっている。
日本でもっとも使われている漢方薬もがんと関わる。大腸がんなどの手術後、腸閉塞を起こさないように大建中湯を出すのが通例化しているのだ。
「がんのリスクを下げるためには、免疫力や抵抗力を上げてくれる補中益気湯、六君子湯、人参養栄湯といった補剤も役立ちます」
動物実験の段階ではあるものの、抗がん剤と十全大補湯の併用により、がんの転移が抑制されるという成果も得られている。この他にも、人参養栄湯や当帰芍薬散に、がんの転移を抑えるというリポートもある。
ただし、がんのできる場所や体質などで抑制効果には差があり、さらなる研究の進展が待たれる。
2.感染症とも闘うスキルあり。
かつて人類最大の敵は感染症だった。感染症の克服にはワクチンや抗生剤、抗ウイルス剤といった西洋薬が有効だが、漢方薬も無力ではない。
前述の補中益気湯などの補剤は、体力や抵抗力を上げ、感染リスクを下げる。新型コロナウイルスが流行した当初、対応する西洋薬が見当たらない段階では、多くの医師たちが漢方薬に頼ったため、一時的に漢方薬の在庫が尽きる状況が起こったほどだ。
東北大学は、小柴胡湯加桔梗石膏と葛根湯の飲み合わせにより、発熱が早く治まったり、重症化リスクが下げられたりしたと報告している。
「新型コロナの後遺症に対しても、疲労感には十全大補湯や補中益気湯など、味覚や嗅覚の障害には当帰芍薬散などが効くことがわかっています」
3.「証」の見極めと処方をデジタルで支援。
日本では医師の90%以上が日常的に漢方薬を出しているが、なかには漢方専門医以外のドクターも多く含まれる。こうした専門医以外のドクターの漢方IQをAIやDXでアシストする試みが進む。
漢方処方でもっとも大切なのは、患者一人ひとりの状況や体質といった「証」の見極め。それを支援するのが『KAMPO 365 works』というソフト。患者自身が入力したデータを基に、「証」や対応する漢方薬などの情報を瞬時に教えてくれる。
さらに「証」を判断する重要な手段で舌を診る「舌診」を、AIの画像診断でサポートする技術も確立されつつある。この他、個人向けに舌の写真から健康状態を診断できるスマホアプリもある。これからさらに進歩していくはずだ。


