〈THE NORTH FACE〉の《Altamesa 500 RD》|これ、履きたい。

スタイリング・文/小澤匡行 撮影/キム・マルセロ ヘアメイク/曳田萌恵

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シューズ《Altamesa 500 RD》 23,980円、ハーフジップ 14,300円、ベスト23,100円、パンツ 14,520円 、ネックウォーマー7,700円、グローブ 5,390円、ボトル 3,520円、以上ザ・ノース・フェイス 問い合わせ先:ゴールドウイン カスタマーサービスセンター 公式サイト

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文・小澤匡行

3月に人生2度目のハーフマラソンに出場することになった。自分のランニングを数値化することがモチベーションに繋がらないタイプなので、基本的にレース欲はない。ただ、それでも出場するとなると、距離に身体を慣らしていかないと、苦しいだけで楽しめない本番を迎えることになるとかなり辛いので、1月から少しだけ走行距離を伸ばしている。

それまでランニング中は、自分との対話の時間だと思っていた。呼吸やフォーム、その日のコンディション、抱えている仕事の悩みなど、内側に意識を向けていくランニングだ。それは10kmに満たない距離を、比較的のんびりと走る日の、ウェルビーイングな行為である。しかし、1日の走行距離が伸びて、一定のペースで長く走り続けると、思考が研ぎ澄まされるフェーズを超えて、自我や執着が弱まり、自分という感覚が薄くなってくる。つまり何かを感じようとするのではなく、自分という存在の確認から降りるような状態が、結果としてメンタルを安定させるのではないか。そんなことを感じてから、長い距離を走ることに対する抵抗が少し変わったように思う。

ランニングはメディテーション(瞑想)だとよく聞く。それも言ってみれば、外的なノイズも内的なノイズも削ぎ落として、思考が消える状態のこと。自分が自分を失っていく感覚は、いつもより長い距離を走り続けて、ようやく辿り着いた禅のような理解だ。自分のことを忘れている無意識の時間は、とても贅沢なのかもしれない。

そうした境地に浸れることを知った時に、ずっと履いていたのが、この撮影を機に買ってみた〈ザ・ノース・フェイス〉の《Altamesa 500 RD》だ。その1年以上前に発売された、ベースとなるトレイルランニングシューズ《Altamesa 500》をデイリーランニング用にアレンジしたものだ。これは山を専門にするランナーが、舗装路でも快適に走れるためのシューズ。だからグリップ力やコントロール性能が、いわゆるロードランニングシューズよりも高く感じた。速く走るためよりも、安定して走れるテクノロジーが、しっかりと凝縮されている。

先日の週末は、東京に雪が降った夜にこのシューズを履いて代々木公園へ走りに出た。舗装路の雪はもうほとんど溶けていたが、木の枝や葉に乗っかっていた雪が風に揺れて落ちて、シャワーのように、雪を配って消えていく。街はもう終わっている白い景色が、ここだけはまだ続いているようで、何か得をした気分になった。ロマンティックに形容してしまったが、そうした反発性を打ち消すようなコンクリートの雪も、少しぬかるんだ土も《Altamesa 500 RD》はしっかりと掴んでくれる。変わっていく状況の中でも一定のリズムで走れるから、まるで雪の中で自分が消えていくような贅沢な時間をシューズが作ってくれた。

これまで〈ザ・ノース・フェイス〉はウェアばかりで、シューズを履くのは初めてだった。2000年代に入ってSUMMIT SERIESがはじまって以降、高所登山に挑む山岳アスリートに向けた設計思想がアウトドアランニング全体に広がり、走るためのウェアやシューズは急速に進化している。僕にとってトレイルウェアの魅力はレイヤリングにある。環境の変化に対応することを前提に、自分の身体を管理していく構造のおもしろさだ。着脱が前提にあるから、いろいろと工夫してみたくなるのは、ファッションと考え方が近いかもしれない。不要なものは何でも削ぎ落とし、ミニマルに最適化していくランニングウェアとは異なり、足していくことで皮膚感覚を整えていく。そうしたトレイルのウェアの快適に対する真逆のアプローチが、長い距離の中で意識を手放していく感覚と、どこか繋がっているのかもしれない。

とくにTRシリーズのザックは、何度か買い替えている。少し荷物を持って、ゆっくり長く走る時に背負うのだが、ザックで身体を少し締め付けた方が走りやすいと思うこともある。最近はウィメンズで、ザックを背負うモードなファッションも見かける。スポーツと文脈のない女性的なドレスに合わせるコントラストが素敵だ。メンズに変換するならスーツにザックか、と想像したが、それはそれで野暮ったい。ウィメンズの方が自由で、ファッションの意外性を楽しめると、個人的に思っている。