


シューズ《NORVAN 4 NIVALIS WOMEN》 42,900円、ジップアップ 59,400円、フーディ 24,200円、タイツ 19,800円、パンツ 34,100円 、バラクラバ7,700円、グローブ 14,300円、以上アークテリクス、問い合わせ先:アークテリクス ゲストサービスセンター 公式サイト


文/小澤匡行
初めて〈ARC’TERYX〉を買ったのは、もう四半世紀も前のことになる。アメリカに留学していた頃だ。週末になると、自分が住んでいたフィラデルフィアのチャイナタウンから出発する、イリーガルなバスという名のバンに乗り、スピード違反しまくりの荒い運転でハイウェイを駆け抜け、正規のバスよりも30分以上早く、30ドルほど安く、ニューヨークのチャイナタウンへ連れていってくれた。
到着したらまず、市庁舎(City Hall)方面に徒歩で向かい、「Tent&Trails」というアウトドアショップへ向かうのがお決まりのルート。ステッカーに覆われた古びたドアを開けると、上下階にたくさんの衣服やギアが雑然と並ぶその光景は、20代の僕にはアメリカらしい夢のようなお店だった。そこで買ったチャコールグレーのアルファジャケットは、初めてのゴアテックスでもあった。その頃、日本では〈BEAMS〉がブームの火付け役で、「原宿で〈ARC’TERYX〉が急増中!」みたいな記事を雑誌で読んだのがきっかけで、探して買ってみた。滑らかに走らない止水ジップの感触も初めての経験で、とにかく「完全防水=ARC’TERYX」のイメージはいまも強く残っている。
海外にいると、ちょっとの雨で傘をさすことはない。とくに北米やヨーロッパは霧雨ばかりで、強い風を伴うことが多いからだ。そうなると、フード付きの〈ARC’TERYX〉がとても有効だった。悪天候は避けるのではなく、どう受け入れるか。その発想で、アウトドアウェアは発達してきた。
長いことゴアテックスは雨への備えと刷り込まれていたが、最近はようやく「雨の日以外にどう使うか」で価値を考えるようになった。ファブリック自体の性能もこの25年で大きく向上し、「環境を調整する素材」としての意味を帯びてきたように思う。外側からの水気や風を遮断し、内側の蒸れを逃す。簡単に言えば、この2つを同時に成立させるための、環境と身体をつなぐメンブレン(膜)のようなものだ。
そう思うと、日常でも使えるし、晴れている日のランニングに着てもいい。雨がなくても、風は体温を奪ってくる。そして走り終わった時、外気を遮りながら、身体を覆う熱気をゆっくり放出してくれると、汗冷えしにくく、それはありがたいのである。
《NORVAN 4 NIVALIS》は、ゴアテックスのアッパーカバーを採用していて、足首周りのゲイターが雪や水の侵入を防いでくれる。アウトソールはぬかるみに踏み込んでもグリップが効く。とうぜん雨の日に最適なわけだが、冬の朝に走り出すと、足の指先がとにかく寒い。ましてオープンメッシュやニットのシューズだと、血管が収縮するのがわかるように冷えるから、身体があったまるのに時間がかかる気がする。そうなると厚手のウールソックスなどで対策をするが、なるほどこのシューズなら、そうした工夫も必要ない。この「ノーバン」自体は、山岳ラン向けのコレクションで、ロードランニングモデルのような着地の柔らかさは得られにくいものの、公園で芝の上や土の上を走ったりするには快適で、安心感もある。
木々に覆われた路面は、日当たりによって硬く乾いていたり、ぬかるんでいたりする。そうした状況でも《NORVAN 4 NIVALIS》なら環境によって自分のマインドを変えなくていい。濡れるから、寒いから、という状況に判断という煩わしさを、足元から消してくれるありがたいシューズである。
冷え込む朝に目が覚め、窓の内側につく結露を拭いて外を覗いたとき、「今日は(走るのを)やめようかな」とよく思って二度寝する。そんなときに〈ARC’TERYX〉を身につければ、勇気をくれる。室内と外を分断する窓とは違い、ゴアテックスは外気と身体をつなぐために進化してきたファブリックだ。だから昔の僕のように、傘の代わりととらえなくていい。
冬に走ることを生活のアクセントにせず、環境に対して過剰に身構えることなく、日常の延長に置いてくれる。そういうギアがあるだけで、気持ちはかなり楽になる。そういう意味では、バラクラバもランニングのスイッチだ。耳たぶは、つま先と同じくらい冷たく、走り始めてもなかなか変わらない。つま先、指先、耳の端。心から一番離れたパーツをどう快適に感じるかが、冬の課題であり、おしゃれの醍醐味でもあると思う。
ちなみに「ノーバン」は、ブランドの本社があるノースバンクーバーに親しみを込めた略称だ。山を楽しむフィールドと街との距離が近いダイナミックなこの場所で、〈ARC’TERYX〉は独自の美意識と哲学を育んできた。だからこのブランドが使うゴアテックスは、自然と都会を通過し合うメンブレンでもあり続けている。だから僕にとって《NORVAN 4 NIVALIS》は、特別な日のための装備でもなければ、スピードや記録をくれるものではない。どんな日でも一歩を出せる、無意識のマインドを作ってくれるシューズである。





