『Mental Athletic』のクリエイターが語る、「文化」「美学」「運動」で表現するランニング。

カルト的な存在で知る人ぞ知る、インディペンデント・メディア『Mental Athletic(メンタル アスレチック)』。このイタリア、ミラノ発の媒体は、紙媒体とデジタル プラットフォームにおいて、独自の視点でスポーツシーンについて発信し続けている。創設者のガブリエーレ・カサッチャとビジネスデベロップメントパートナーのフィリッポ・カントーレが「世界陸上」開催中に東京へやってきた。謎めいた媒体に迫るべく、2人に話を訊いた。

取材・文/河田愛歌 撮影/mitograph(cultural event),Sushiman(running session)

Profile

Gabriele Casaccia(ガブリエーレ・カサッチャ)/創設者兼クリエイティブディレクター。ミラノを拠点に活動する。デザインやアート、ストリート ファッションの分野でクリエイティブやスポーツブランドへのコンサルタントに携わってきたバックグラウンドを持つ 。

Filippo Cantoni(フィリッポ・カントーニ)/デジタル&コマーシャルのデベロッパー。SNSやデジタルプラットフォームの開発やビジネスを担当する。

『Mental Athletic』の始まりとヴィジョン。

彼らの掲げる哲学とスポーツの切り取り方は、ユニークでカウンターカルチャー的だ。キーワードに掲げるのは、「文化」「美学」「運動」。人々のスポーツ競技にかける懸命さや熱狂、それにまつわる“精神性と美意識”にフォーカスしてきた。

インタビューが実現したのは、彼らがミラノへ戻るフライトの3時間前のこと。2人揃って世界中を旅するランナーだが、出立はストリートファッションの業界人的なムードが漂っている。

「世界陸上は大盛り上がりだった。でも、それより地元、東京のコミュニティやランナーと街のあらゆるところを走って交流を楽しんだよ。ローカルの繋がりは大切に築いてきたもの。スタジアムで起こる一瞬のできごととは違い、ずっと続いていくものなんだ」(ガブリエーレ・カサッチャ、以下ガブリエーレ)

彼らがランニングを始めたのは、15年前。年齢を重ね、「ただ楽しい」だけではなく、「人生をより健康的で明るい方向に変えたい」と思ったことがきっかけだった。走ることに深い精神性を見出したガブリエーレは、「自ら発信して広めたい」と思い、『Mental Aesthetic(メンタル エセティック)』と名づけたInstagramのプロフィールに、ランニングの写真を投稿し始めた。

「すると周囲の人たちに「『メンタル エセティック』ではなくメンタル・アスレティックでは? 」とからかわれるようになって。そのとき、“自分のものとしてしっかりと形にする必要がある” と気づきました。媒体名としてもしっくりきていたので、そこからビジュアルアイデンティティを含めたブランドとしての軸を築いていったんです」(ガブリエーレ)

Issue #1 FW 2023「Cover w/ Kilian Jornet」(創刊号。ウルトラマラソンやトレイルランニング界の注目人物を取り上げた)

Issue #2 SS 2024「Cover w/ Lydia Oldham」(UNDERCOVERの高橋盾をはじめ、クリエイターとしての顔を持つランナーのインタビューを掲載)

Issue #3 FW 2025「Cover w/ Oakley」(スポーツとファッションの関係性や世界の極地への旅、競技ランナーとしての思考過程やマインドセットなどについて)

Issue#4FW2025「COVERw/HOMERUN」(ストリートブランド「Homerun」、箱根駅伝へのトレーニング、アーティストの井口弘史 や総合格闘家Marlon Veraのインタビューなど掲載)

 2024年11月、ガブリエーレは紙媒体としての「Mental Athletic」を創刊。現時点で、4冊を世に送り出している。子供の頃からzineや雑誌を収集し膨大なコレクションを所有する彼の念願かなってのことだ。

「旅先で目にした世界中の人々が日常生活で何を感じ、何を行なっているのかをビジュアライズしています。スポーツは、アスリートの輝かしい結果が全てだと思われがちですが、自ら体験することの方がずっと重要。ランニングは誰もが始めやすいシンプルな運動で、あらゆるトレーニングの出発点。人々が新しい考え方や生き方を手に入れられる手段だと考えています」(ガブリエーレ)

“ストリート仕込み”のアプローチは、ステレオタイプなランニング観に物足りなさを感じていたランナーたちの興奮と共感を呼ぶことになる。「Mental Atheletic」が日常のルーチンとして取り上げる投稿やクリエイターとランナーを兼ねる人物たちによるコラムはフォロワーたちが常にリポストし、拡散されていく。ロゴ入りのマーチャンダイズはリリースの度に注目を集める。「Mental Athletic」とタグ付けされた数々の投稿を見れば、その盛り上がりは一目瞭然だ。

写真家Dave Hashim が、NY市のランニング・コミュニティの変遷、走ることと撮ることについて語ったインタビューより/issue#3「Shoots and Strides」

ロゴをあしらったコーデュロイキャップ。公式HP(https://shop.mentalathletic.com)より購入できる。

一貫して心がけていることは、ニッチな媒体でありながらアートブックの質感とコレクションとしての価値があることだ。撮影をともにする写真家が有名か無名かは気にしない。

「既存の専門誌や大手スポーツメディアは、彼らの知見と方法でスポーツを語っています。それに比べると、私たちはより美的で、実験的。新たな言語で、スポーツのリアリティを語ろうと試みています」(フィリッポ・カントーニ、以下フィリポ)

「これまで運動に興味がなかった人々にスポーツへの情熱を感じてもらうためには、違った感覚で触れてもらうことが大切です。“誰もがアスリートのようになれ、日常を生きられる”そんな感覚を味わってもらいたい」(ガブリエーレ)

「Mental Athletic」は、世の中に開かれたメディアだと2人は口を揃える。彼らが誌面で大々的にフォーカスするのは誰かの勝利の瞬間ではない。

「人間の“動き”そのものに焦点を当てているんです。身体を動かすことへの解釈であり、その動きを司るのは人間のクリエティブな精神です。それは何かに没頭をしている特定の瞬間に現れるもので、スポーツに対する新しい視点になりうる。それが最も表現したいことです」(ガブリエーレ)

ランニングは一時的な流行りなのか。

米国やヨーロッパだけではなく、ランニングは中国や韓国でも人気が高まっている。大手スポーツメーカーによる技術革新の競争も激しく、ランニングシューズの売り上げも好調。しかし、この現象について2人の見解はかなり冷静だ。

「一過性のトレンドというより、人々が自分たちの未来に目を向けて、健康やウェルビーイングを求めているのだと思います。それにはスポーツが効果的で、他に替えがきかないことを発見した。このムーブメントの中で、ランニングを始めた人たちの中にはかなりの数のクリエイティブ業界出身の人たちがいるんです」(ガブリエーレ)

価値観の転換は、世界中がロックダウンに見舞われたパンデミックの影響も大きいとふりかえる。

「世界中の人々が健康について考え直し、リアルな感覚、人や社会との繋がり、自分自身を大切にする時間を切に求めるようになりました。そんなニーズに応えているのかも知れません。最初はランニングが中心でしたが、現在は他の競技にも視野を広げ、ライフスタイル、食や音楽などのカルチャー、ファッション、ウェルネスなど、様々な要素を網羅したプラットフォームを展開しています。新しい方法でスポーツにアプローチした人々の物語や人生の一部を紹介し、スポーツが持つ可能性を追求しています」(ガブリエーレ)

「イタリアではよく『人は食べたものでできている』と言われます。日本の文化と似ていて、食べ物をとても重視する。人生をより良い状態で、長く生きたいなら、自分の日常生活や人生観について深く考えないと」(フィリポ)

自分たちが新しい世代だと自負しているという。ランニングはビジネスやマーケット的には一時的なブームであっても、彼らにとっては“人々の価値観の変化による自然な流れ”であり、“生き方の選択”なのだ。

目指すは、スポーツで起こすソーシャルイノベーション。

「Mental Athletic」は、クリエイティブ・エージェンシーとしても活動している。〈On〉や〈Salomon〉、〈Dover Strret Market Ginza〉、〈HOMERUN〉など数々の企業やショップ、ブランドと協業してきた。

「東京では〈On〉とともに、ランナー仲間のコミュニティが一堂に会する特別な朝のランニングエクスペリエンスを開催しました。また、『On Labs Tokyo』(※1)では、〈On〉と作成した本『LightSpray™Neural Archive』(※2)に盛り込んだヴィジュアルやアイディアをサウンドとして解釈できるミュージシャンBaba Stiltzを招き、ランニングを終えた来場者に音楽とインスタレーションを体験してもらいました。有酸素運動後に、深く没入する瞬間を体験してもらいたいと考えました」(フィリポ)

※1  「On Labs Tokyo」:世界陸上の開催中に合わせて東京・原宿で展開されたポップアップスペース。(現在は開催終了)
※2 「LightSpray™Neural Archive」:On が開発した、シューズ上部素材をロボットアームを使ってスプレー成型する新製造技術を紹介するブック。

カルチャーイベントでライブパフォーマンスを行なった、アーティスト Baba Stiltz 。

今年4月に米国、ボストンでリリースされた『LightSpray™Neural Archive』。東京で開催した『On Labs Tokyo 』でもゲストに配布された。

朝6時から駒沢公園を走るモーニングセッションの様子。

「東京に住むランナーたちとの朝のランニングセッションでは、走った後にティーマスターによる野点(野外での茶会)を体験しました。特別なときを共有し、交流をすることができました。まるで魔法のような静かな時間でしたね。ただ集まって走るだけではなく、参加者には“記憶に残る瞬間”を持ち帰ってもらいたいんです」(ガブリエーレ)

東京・世田谷にある松陰神社前のカフェ 「SOUEN」による野点。水出しコーヒーと、季節の和菓子として金団、抹茶がサーブされた。

常に“案内役”に徹して、“社会的に有益なことをしたい”と彼らは口を揃える。

「正直、昨今のソーシャルランイベントは、企業とブランドが参加者数を見せつけあうだけのゲームになっていると思います。プロモーションだけのイベントの開催なら、私たちは反対です」(フィリポ)

『Mental Athletic』に社会派な一面があるのは意外かもしれない。しかし、それは彼らが“自分たちが何者であるか”を深く理解し、影響力の大きさをよく把握しているからだろう。2人は、人々が「クールだ」と共感することは、印刷物やデジタルメディアの枠にとどまらず、人の生き方を変え、ゆくゆくは社会に影響を及ぼすと信じている。

「デジタル エコシステムは、共通した目的を持つ人同士を非常に速く繋げ、強固な関係性を維持するのに役立っています。これがソーシャル メディアの力で、この“ソーシャル”という言葉自体が、“人々と共にいる”という意味を持っています」(フィリポ)

最後に、媒体が知名度を獲得するにつれ、意識していることを尋ねた。

「私たちがありのままで、人間同士の繋がりであるということ。スポーツは人と現実の生活をつなぐもの。媒体が体現しているのは、生活の質、つまりクオリティ オブ ライフなんです」(ガブリエーレ)

「ランニングシューズの進化は素晴らしく興味深いこと。でも、靴はツールに過ぎません。このランニングシューズがあなたをどこへ連れて行ってくれ、何をもたらすのかを皆さんと語りあいたいと考えています」(フィリポ)

「Mental Athletic」× Dover Street Market Ginzaのカプセルコレクションより