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鈴木健吾(マラソン)「いい時の走り方は、 感覚でわかっている」

マラソンの元日本記録保持者は、2度オリンピックを逃してしまった。今、彼は最後の戦いに挑んでいるのだ。(雑誌『Tarzan』の人気連載「Here Comes Tarzan」〈2026年1月22日発売〉より全文掲載)

取材・文/鈴木一朗 撮影/岸本 勉

初出『Tarzan』No.918・2026年1月22日発売

Profile

鈴木健吾(すずき・けんご)/1995年生まれ。164cm、49kg。2019年、マラソングランドチャンピオンシップ7位。21年、ニューイヤー駅伝6区区間賞。同年、びわ湖毎日マラソン優勝、日本記録。シカゴマラソン4位。22年、世界選手権(オレゴン)マラソン日本代表。24年、東京マラソン28位。25年、大阪マラソン8位。ベルリンマラソン19位。同年、富士通を退社し、合同会社Kemmmyを設立。プロランナーとして活動。

マラソンを頑張る、後悔がないようにしたいと決断した。

フルマラソンでの2時間4分56秒。アフリカ系の選手以外で、初めて2時間5分台を切ったのが、鈴木健吾である。2021年、びわ湖毎日マラソンでの快走だった。もちろん日本記録だ。その彼が25年10月に、所属していた富士通を退社、プロランナーとして活動していくことになった。先の見えない一大決意であったはずだが、その時の心境はどのようなものだったのであろうか。

鈴木健吾_マラソン選手アップ

「長い期間、自問自答するというか、本当に悩みましたね。大学時代にはそれなりに活躍できたと思っていますが、富士通さんにはそれ以前から声をかけていただいていましたし、マラソンで活躍する選手を獲得したいっていう熱意もすごかった。ただ、日本記録を出してから、自分の中でより上を目指したいっていう思いが強くなって、それで何かを変えないといけないとも考えるようになった。やはり、オリンピックというのが大きな目標であって、そこに向かうためには実業団のチームでというより、自分一人でどうにかしなくてはならないと感じるようになったんです」

実業団のチームは、その多くが駅伝をメインに捉えている。正月に行われるニューイヤー駅伝(全日本実業団対抗駅伝競走大会)が最高峰の舞台となる。駅伝とマラソンの大きな違いは走行距離。ニューイヤー駅伝では2区の21.9kmがもっとも長く、これはマラソンにすれば折り返しをした後ぐらいということになる。

そのため実業団の選手は、1月の駅伝に備えて、9月あたりから練習を始める。そして、その練習は距離に差があるために、マラソンとはほとんど異なった方法となるのだ。

鈴木健吾_マラソン選手

「チームではもちろん個人を尊重してもらえますし、駅伝というものが大きいということも理解しています。ましてや、駅伝が嫌いなわけでもないんですが、やはりチームでやっている以上は、みんな同じ方向に行かないとならない。その環境を変えてマラソンを頑張る、後悔がないようにしたいと決断したんです」

単純にすごいという感じ。練習への姿勢が変わった。

日本記録を樹立したその年、鈴木は結婚する。お相手は女子マラソンのトップランナーである一山麻緒だ。東京、パリと2度のオリンピック出場を果たしている。翌22年、世界陸上オレゴン大会のマラソン代表にも内定し、順風満帆かと思われた。

ところが、ケチのつき始めではないだろうが、世界大会では新型コロナウイルスの陽性反応が出て、欠場ということになってしまう。

そして、その後は故障にも苦しみ、思うような結果が残せず練習を黙々と続ける日々を送っていたのである。オリンピックは夢見るだけになり、一層想いは強くなった。それだからこその独立ともいえよう。

ただ、鈴木にはひとつ大きな救いがあったようだ。それが妻の存在である。彼女からは、とてつもなく大きな影響を受けた。

鈴木健吾_マラソン選手

「変わったという部分はいっぱいあるんですが、やはり一番近くに2大会も経験している人がいる。目標になるというわけじゃないですけど、高いところを見ている人がいるのは、すごく自分のモチベーションにもなります。それに、彼女の練習はボリューム的なものがすごい。自分は怪我もしていますから、故障しないようにとりあえず継続するということを重要視していた。もちろん、ある程度は走りますけど、攻めた練習っていうのが多くできなかったんです。でも、彼女はガンガン、ガンガンやっているので、やっぱりそれは必要だっていうふうに思うようになったし、単純にすごいなっていう感じになる。だから練習に対する姿勢も変わってきたんだと思います」

鈴木を巡る話の中で、復調という言葉が聞こえるようになったのは、25年の2月に行われた大阪マラソンからだ。完走してタイムは2時間6分18秒で8位。決して満足できるものではない。しかし、次のステップにはなっただろう。

そして、前述のように富士通を退社するが、この12月には大迫傑が2時間4分55秒の日本記録を出す。4年ぶりに鈴木の持っていた記録を塗り替えたのだ。

鈴木健吾_マラソン選手

「記録はずっと破られていませんでした。それは自分自身も4年以上自己ベスト更新ができていないということですし、日本のマラソンもそれほど成長していないということ。世界を見たら(2時間)3分、2分台がゴロゴロと増えているなかで、ちょっと停滞していたと思います。そういう意味では(大迫の記録には)大きな刺激をもらいました。年上の大迫さんが出したのも力になる。もちろん、自分の中には、シンプルに悔しいという思いはあります。だから、今は自分の記録をもう一度更新したいと思って取り組んでいます」

上半身と下半身が連動して、あまり力を使わずに推進していくというのが理想。

日本記録となると気負いが先に立つ。だが、自己ベストと考えれば少々ラクになるのだろうか。ただそう思えるだけでも、鈴木は他の選手に比べ有利なのかもしれない。そして、2年後には焦がれ続けたオリンピックがロサンゼルスで行われる。

鈴木健吾_マラソン選手

現在、鈴木は30歳、集大成ともいうべき時期を送っているのだ。オリンピックの選考レースも始まっている。指定された大会で順位と記録を突破した選手がMGC(マラソングランドチャンピオンシップ)への出場権を与えられる。

そして、ここで3位までに入れば、オリンピックだ。もうひとつ、男子ならば2時間3分59秒を切れば、即代表になれる(2人以上が記録した場合は1人のみで、このときはMGCから2人選ばれる)。さて鈴木の作戦はいかに?

鈴木健吾_マラソン選手

「とりあえず大阪マラソン(2月22日)か東京マラソン(3月1日)に出場して、MGCの出場資格を取りたいと思っています。そればかりを目標にするのはいけないかもしれないけど、まずは達成したい。それに、(2時間)4分を切ることも無理だなとは思ってはいません。いろんな条件であったり、ある程度コースも限られてくると思うんですけど、チャレンジはしたい。ベルリン(マラソン)とかシカゴ(マラソン)ですかね。自分のいい時の走り方っていうのは、感覚でわかっているんです。ただ、今はそこまでは到達していない。上半身と下半身がしっかり綺麗に連動して、力を使わずに推進していくというのが理想ですが、まだ少し力んでしまっているんです。なので、走り以外の部分のアプローチの中で、この精度を高めていきながら、強化していきたいなっていうふうに思っています。ただ、自分のいい時の走りが理解できているということは、ひとつ大きなメリットなんですよね。そして、それが次のオリンピックに、さらにメダルにと繫がっていけばいいと思っているんですよ」