角田裕毅(F1ドライバー)「次の一戦、 その次の一戦。 目の前のことを潰していく」

選ばれた者だけが立てるF1という舞台で、ただ一人の日本人として戦っているのが彼だ。その競技は選手たちに究極の肉体を求めている。(雑誌『Tarzan』の人気連載「Here Comes Tarzan」〈2025年11月6日発売〉より全文掲載)

取材・文/鈴木一朗 撮影/下屋敷和文

初出『Tarzan』No.914・2025年11月6日発売

角田裕毅_F1ドライバー
Profile

角田裕毅(つのだ・ゆうき)/2000年生まれ。19年、FIA F3選手権、ユーロフォーミュラ・オープンに参戦。20年、F2でシーズン総合3位となり、F1へ昇格。21年、スクーデリア・アルファタウリからF1デビュー。アブダビGPで自己最高の4位。25年チーム名が変更、レーシング・ブルズから参戦。同年、レッドブル・レーシングに昇格。アゼルバイジャンGPで6位入賞。レッドブル・レーシング所属。

多くのレースを積み重ねて、緊張との接し方だったり、それに対する考え方が変わった。

界中の才能あるドライバーの中で、たった20人しか座ることができないのがF1のシートである。角田裕毅は2021年にF1チーム〈スクーデリア・アルファタウリ〉のシートを獲得してから5年間その地位を保持し、現在は〈レッドブル・レーシング〉で戦っている。F1は世界最高峰のモータースポーツで、今シーズンも史上最多の全24戦が組まれ、まさに世界中を転戦する。

角田裕毅_F1ドライバー

普通の人ではとても扱えない最高時速350kmオーバーのモンスターマシンを意のままに駆るには、肉体的にも精神的にも非常なタフさを要求される。それを24回、つまり月に2回から3回(今年は第1戦が3月14日からのオーストラリアGP、第24戦が12月5日からのアブダビGP)行わないといけない。レース前の心境とはどのようなものなのか。

角田裕毅_F1ドライバー

「緊張はしますね。ただ、緊張することでゾーンに入りやすくなったりとか、パフォーマンスを上げるのにはすごく重要な要素なんです。だから、いい感じに高めておく。高すぎず低すぎずみたいなところです。ただ、いざヘルメット被ったら、頭からは消えてしまうんですけれど」

かつては緊張するのは良くないと思っていた。実際16歳のときには、トップ選手の育成を目的とする鈴鹿サーキットレーシングスクールのスカラシップ選考会で緊張してカラダが硬くなり、実力を発揮できなかったという苦い経験があるのだ。

角田裕毅_F1ドライバー

「でも、多くのレースを積み重ねたことで、緊張との接し方や、それに対する考え方がちょっと変わってきました。緊張してゾーンに入っているときは、一つ一つのコーナーをしっかり意識して走れるんですが、それがないときは自分がこのレベルで走りたいと思っているのに、走れていないという感覚がある。でも、緊張なんてのは勝手に出てくるんですよ。別にわざとしようとは思わないですし。経験によって緊張をいい方向へ向けることができるようになったということはあるんでしょうね」

これが晴れていたらもっと行くんだろうな。

F1を目指すドライバーは普通、F3、F2というカテゴリーをステップアップしていく。角田は2つのカテゴリーを2シーズンで乗り越えた。異例のスピード昇格だ。そして2020年11月、テストで初めてF1のマシンに乗り、衝撃を受ける。

角田裕毅_F1ドライバー

「加速感と制動力が凄かったです。思った以上のG(重力加速度)で。とくにブレーキをかけるとGがかかって、首が前に倒れるから、それを抑えなければならない。F2に上がったときも首が前に倒れたけど、(コースを)1周したら、次の周には首を抑えるようにしようと勝手にカラダが反応して、大丈夫になった。でもF1は2周、3周してもなかなか慣れなかった。その日は雨で、F1のフルポテンシャルが出せているわけではなかったんです。これが晴れていたらもっと行くんだろうなと想像して走っていましたね」

加速・減速のG、コーナーではいわゆる横Gがかかる。カラダを安定させるには首だけでなく、全身の筋力が求められる。そのため、角田も18歳の頃からトレーニングをやってきた。しかしF1参戦1年目、初めてのチームメイトとなったピエール・ガスリーのカラダは、角田の想像の範囲を軽く飛び越えていた。

角田裕毅_F1ドライバー

「ガスリー選手と僕のカラダを比べたら全然違うんです。明らかに作り込んできているのがわかった。僕もトレーニングが重要というのはわかっていたんですが、どこか軽視していた部分があって……。嫌いでしたし、今も別に好きじゃない(笑)。でも、考え方はまったく変わった。24レースの中では3週連続で行われることもあるし、リカバリーの速さというのも、普段のトレーニングによって培われると考えています。だから、イヤなんだけどやらなくてはならないことなんです」

レース時間も、F2が1時間ほどなのに対して、F1は最大時間が2時間と定められている。つまり、持久力も不可欠になる。それを補ってくれるのも、トレーニングなのだ。

角田裕毅_F1ドライバー

「レースではずっとGと闘っている状態の中で、疲れてくると集中力が持続できない。それが1年目のとくに前半戦に出た。カラダを作り込んでいなかったぶん、ガスリー選手と比べるとかなり苦労をしました」

超高速の中で瞬時に判断をして、マシンを正確にコントロールする。頼りは自分自身の能力しかない。ミスをすれば遅れるだけでなく、事故に繫がることもある。

「疲れからタイムが落ちたことも何レースかありました。体力の不足によるスピードの低下というのは、一番あってはならないこと、お話にもならない。絶対的な自信を持つためにも、トレーニングは重要です」

自分のパフォーマンスを最大限出すことができれば、結果もついてくるとわかってきた。

現在はオフシーズンになったときに足りないと感じたり、弱かった部分をトレーナーと相談して徹底的に強化する。そして、シーズンになるとトレーニングの目的は現状維持とコンディショニングに変わっていく。

角田裕毅_F1ドライバー

今回はレースの合間に取材をして、「今日は軽く刺激を入れる程度」と言うトレーニングを見せてもらったのだが、それがとんでもないメニュー。最大31kgの重さで行うダンベルプレス、4kgのウェイトを持っての片足ヒールレイズ、懸垂、ベンチを使った首のトレーニングなど。これをサーキットで繰り返し、仕上げに「いつもは1時間ですが、今日は30分にします」と淡々とバイクを漕ぐ。担当の編集者は「普通の人なら完全にオーバートレーニングですね」と驚くほど。モーターレースの頂点で過酷な戦いを続けるアスリートにとって、当然の負荷なのであろう。

今はまだシーズン中であるが、角田は今シーズン第17戦アゼルバイジャンGPで6位入賞を果たした。決して満足できる内容ではなかったであろうが、ひとつ手応えを感じたことは確かなようだ。強力なライバルが居並ぶ世界で、彼はこの先どのように戦っていこうと思っているのか。

角田裕毅

「次のレースでベストを出すためにどうするか。それしか頭にはないんです。いや、最終的にはドライバーズチャンピオンになりたいとか、そういうのはあるにはあるけど、すべての選手が望んでいることですから。先のことはわからないし、次の一戦、その次の一戦っていうふうに目の前のことを潰していって、その中でスコアを取ってくっていうことが重要だと考えているんです。自分のパフォーマンスを最大限出すことができれば、結果もついてくるってわかってきた。だから、フィジカルもメンタルも、常にレースのために整えていきたいんです」