
街の暑さを離れて、憧憬の北アルプス・燕岳へ。|8月の山・燕岳
季節によって異なる表情を見せる日本の山。その時期だけに出会える風景や体験を求めて、写真家の野川かさねさんに毎月おすすめの山と、その歩き方を教えてもらいます。
取材・文/小林百合子 撮影/野川かさね
今月の山 燕岳
標高/約2763m
おすすめコース 1泊2日
1日目
中房・燕岳登山口(1時間10分)第2ベンチ(1時間50分)合戦小屋(1時間5分)燕山荘
歩行時間計:4時間5分
2日目
燕山荘(30分)燕岳(25分)燕山荘(1時間5分)合戦小屋(1時間10分)第2ベンチ(45分)中房・燕岳登山口
歩行時間計:3時間55分
気品高く、やさしい北アルプスへ。
8月に入ると、どこかソワソワと気持ちが急いてきます。街はすっかり夏で、うだるような暑さにうんざりしてしまいますが、日本アルプスの山々ではようやく雪がとけて、本格的な登山シーズンが始まります。10月下旬ごろになると雪の気配が漂う日本アルプスは、歩ける期間がとても短いのです。あの山も、この山も行きたいと、カレンダーを見ながら頭を悩ませる季節でもあります。
日本アルプスの中でも、北アルプスは登山者の憧れです。標高が高く、険しい道が続く北アルプスは苦しい場面もありますが、その分、歩く先で見る風景は格別。どこまでも連なる山々を見るのは、心が躍ります。
広大なエリアに広がり、たくさんの山がある北アルプスの中でも、私は特に燕岳が好きです。槍ヶ岳や剱岳など、北アルプスの名峰と呼ばれる山々ほどのダイナミックさはなく、山頂までのほとんどの行程は森の中。途中、「北アルプス三大急登」というきつい登り坂があったりして、汗をかきながら、じっと耐えて登ります。
途中、もうダメかも…と思った頃に合戦小屋という山小屋があって、夏にはよく冷えたスイカが食べられます。そのおいしさといったら! 元気を取り戻して森林限界を越えると、まだうっすらと残雪がある北アルプスの山々が見えてきます。山頂近くにある山小屋〈燕山荘〉に着くと、どこまでも遠く続く稜線を見渡せ、遠くに小さなトンガリ帽子のような槍ヶ岳の姿も。
燕岳から槍ヶ岳までは山づたいに歩くことができ、その大パノラマと高山植物が咲き誇るお花畑の美しさから「表銀座」ルートと呼ばれています。いつか、この道をずっと遠くまで歩いていけたら。そんな気持ちが込み上げてきて、ドキドキと胸が高鳴るのです。
登山と聞くと、山頂を目指して歩くようなイメージが強いですが、私にとって登山は「山を旅する」ような感覚です。山頂というポイントを目標にするのではなく、どこまでも遠く歩き、その過程で出会う風景や感情を噛み締めること。燕岳に行くと、そんな気持ちを改めて確認できるのです。
テント泊もできますが、私はいつも燕山荘に泊まります。ヨーロッパアルプスにあるような佇まいの山小屋で、喫茶室ではおいしいケーキとコーヒーがいただけるのも素敵。夕食どきにはスイスワインも楽しめて、いつもの山小屋泊とは違う、上品な雰囲気を味わえます。翌日は、朝早くに山頂へ。花崗岩でできた山は岩肌が白く、ところどころ出ているハイマツの緑とのコントラストが美しい。夜の間にひんやりと冷えた岩を触りながら、ゆっくりと山頂に向かいます。そんな朝の時間も、とても好きなのです。
私にとって燕岳は、怖くて辛い北アルプスというイメージを大きく変えてくれた存在。やさしくて気品があって、美しい、そんな北アルプスの姿を教えてくれた山です。
北アルプス入門にうってつけの山。
登山口から片道4時間ほどで登れる燕岳は、滑落危険箇所もほとんどなく、北アルプス初心者にもってこい。行程のほとんどは樹林帯で怖い思いをすることはないが、登山口から合戦小屋までは急登が続くため、熱中症や脱水、疲労による転倒に注意が必要。
森林限界を越えると風が強く吹くことがあり、汗冷えで体温が下がることも。しっかりとした防風、防寒対策をすること。稜線上では雨や雷から身を守る場所が少ないため、初心者は悪天候時の登山を控えるのがベター。
燕岳周辺はツキノワグマの生息地。出没情報を事前に確認のうえ、周囲に注意しながら行動すること。時間的に日帰りできると思いがちだが、初心者は山小屋で一泊するのが安心。ゆっくりと無理のない計画を立てること。燕岳から先の表銀座ルートは中級から上級者向けなので、経験が浅い人はその先に進まないようにしよう。
おすすめスポット情報
燕山荘
燕岳の山頂近くにある山小屋。創業100年を超える歴史ある山小屋で、多くの文人が愛したことから、小屋内には山を愛した作家や画家の作品が多い。小屋の前には畦地梅太郎が作った山男の石像があり、ファンの聖地となっている。夏場は混み合うので、事前に必ず予約を。
0263-32-1535
https://www.enzanso.co.jp/
田淵行男記念館
日本を代表する昆虫生態研究家で自然写真家の田淵行男を顕彰するために設立された記念館。北アルプスを中心に生前撮影した作品や山道具などを展示する。わさび田に囲まれた美しい場所で、蝶など昆虫の姿も見られる。
長野県安曇野市豊科南穂高5078-2
0263-72-9964
http://azumino-bunka.com/facility/tabuchi-museum/
おやじの道楽
田淵行男記念館の近くにある小さな手打ちそば店。メニューはそばだけという潔さで、安曇野のそば粉と美しい仕込み水で作られたそばは清らかな風味。ボリューミーで登山の後にもぴったり。
長野県安曇野市豊科南穂高2371
0263-72-8836
https://www.instagram.com/zarusoba.oyazino.douraku/?hl=ja