



文・小澤匡行
1947年に創業した〈サロモン〉は、ずっと雪上のためのブランドだった。ノコギリとスキーエッジの研磨工場からはじまり、技術が向上したことでスキーのビンディングを作り始めた。それこそ1972年に〈ナイキ〉がランニングシューズのブランドとして始まったとき、〈サロモン〉はすでに年間100万セットを生産する、世界No.1のビンディングメーカーになっていた。靴を初めて作ったのは1992年。それから急速にマウンテンスポーツブランドの地位を確立したが、シューズもギアのひとつという考え方。ランニングシューズとしての歴史は決して長くない。「走ること」に関しては、老舗にして後発ともいえる。
僕も初めて〈サロモン〉を履いたのは、たしか12年前だったか。軽装で、テンポよく山を登る「ファストハイク」が欧州で話題になり、その仕掛け人がサロモンだと聞いて、フランス南東部の湖畔町、アネシーにある本社に取材に行ったことがある。そのときに《X ULTRA》シリーズのハイキングシューズを履き、ベストのようなザックを背負ってアルプスの小さな山を登ったが、サロモンの履き心地、着心地のよさに驚いたことをよく覚えている。これなら街で履いても十分快適だなと。最近ではすっかりファッションシーンの足元に選ばれ、世の中にもタウンユースのイメージが定着している。
そして昨年の秋にはじめてロード用のランニングシューズを買った。モデルは《DRX DEFY GRVL》という。それはデンマークのサイクルウェアブランドとのコラボレーションで、カーキというかブラウンのトーナルカラーが気に入った。今回紹介するのは、そのウィメンズの最新カラー。軽量性も、クッション性も、ホールド性も、反発性もかなり高いが、けっして速く走るためのシューズではない。ただ、公式サイトにも書いてあるが《DRX DEFY GRVL》は舗装路から外れても走り続けられるシューズ。つまりオフロードや砂利道を走ってもいいよ、というコンセプトが気に入った。グラベルバイクにヒントを得たグリップ重視のアウトソールは芝の上でも地面を掴める感覚があった。山道でもまったく滑らなかった、12年前の感動(というと大袈裟だけど)というか、感覚が蘇ってくる。
昨年末に休暇でロンドンに旅行したときは、このシューズでほとんどを過ごした。そのうち3日間は、ランニングにも使っている。宿泊先だったイーストロンドンは、中規模のコモン(原っぱのようなオープンスペースのこと)があちこちにある。調べてみると、イースト地区は経済活動が活発だが、テムズ川に沿って建物が密集しているため、労働者の憩いとなるスペースを増やす&保護する法案が19世紀に発足されたようだ。いわゆる都市公園に比べて道が砂利だったり芝だったりと、自然のままが保たれているコモンは《DRX DEFY GRVL》がとても活躍した。宿泊先から近かったフィンズバリーとウッドベリー・ダウン、クリソルドそれぞれのパークは大きな貯水池があるからか野鳥も多く、景色を眺めながらオフロードを走る、ぜいたくな時間が楽しめたのである。
普段のランニングでも、走る距離に応じて、〈サロモン〉のリュックとウエストバンドを使い分けている。ともに収納力があり、フィット感がいい名品だと思う。そして何よりデザインが気に入っている。ランナーが集まる場所で走る時のおしゃれと、それ以外の人が集まる公園などを走る時のおしゃれは違うもの。その点、〈サロモン〉の小物はどっちにも万能だ。つまり身につけると速そうに見えるし、落ち着いた街の景色にも調和するということ。今回はその”どっちも”感を大事に考えてみた。《DRX DEFY GRVL》を履いていろいろな場所を走るなら、僕はちょっとクラシックに、スウェットショーツを合わせるくらいが気持ちいいと思う。走りながらカフェに寄ったり、友達と会ったり。