大藤沙月&横井咲桜(卓球)「ライバルだけど仲間。 二人で高みを目指す。」
オリンピック代表の選手を相手に一歩も引かずに打ち勝ったペアは、3年後のオリンピックに懸けている。(雑誌『Tarzan』の人気連載「Here Comes Tarzan」〈2025年1月23日発売〉より全文掲載)
取材・文/鈴木一朗 撮影/中西祐介
初出『Tarzan』No.895・2025年1月23日発売

Profile
写真左:大藤沙月(おおどう・さつき)/2004年生まれ。24年、WTTコンテンダー リマ、女子シングルスと女子ダブルス優勝。WTTチャンピオンズ モンペリエの女子シングルス優勝。アジア卓球選手権女子団体と女子ダブルスで優勝。同所属。女子ダブルス世界ランキング3位。
写真右:横井咲桜(よこい・さくら)/2004年生まれ。21年、四天王寺高校時、女子シングルス、女子ダブルス、団体の3冠を達成。24年、アジア卓球選手権、女子ダブルス優勝。同年、WTTファイナルズ福岡女子ダブルス準優勝。ミキハウス所属。
目次
坂本コーチにはプロになる覚悟を教えてもらった。
2024年、開催された卓球のアジア選手権、女子ダブルスで優勝したのが大藤沙月と横井咲桜である。彼女らは、これで今年行われる世界選手権の出場権を得た。と、その前にひとつ山があった。
2024年6月にアジア選手権の日本での予選会をクリアしなければいけなかったのだ。この大会のシングルスで大藤は準決勝で橋本帆乃香、横井は佐藤瞳と当たった。この4人はともに〈ミキハウス〉に所属する。隣の台でラケットを振っている仲間。佐藤はベテランのうまみを見せ、横井を下して決勝に進む。そして大藤は橋本を破り、佐藤の日本最高峰のカットと粘りを凌いで優勝した。大藤と佐藤のアジア選手権の出場が決まった瞬間だ。
「2セット先取されて、3セット目もリードされていて、そのときにタイムを取ったんです。それで、流れが変わったのか、逆転で勝つことができた。あの試合は自分の中で大きな分岐点だったと思います」(大藤)
実はこの取材、彼女たちの練習場で行われた。来ていたマスコミは多い。卓球界に新たなスター誕生!と集まったのである。ともあれ、カザフスタン・アスタナで行われたアジア選手権には、彼女たちはどのような心境で挑もうと思っていたのか。
「アジア選手権は1年前に佐藤(瞳)さんの練習相手で行っている。ただ、自分が出ると思うとワクワクしたり、緊張もしたりで普通のとは違うとは感じていました」と横井。
一方の大藤はしっかりした言葉で、
「優勝は難しいかもしれないけれど、不可能じゃないと二人で話していました。今までと違ってアジア、世界という舞台になると相手も変わってくる。だから、自分たちがやれることをやろうと言いました」と言う。
使い慣れすぎた、カラダの一部とも言えそうなラケットを持って、彼女たちは大きな舞台に向かった。
ペアを組んだ頃は、ずっと引っ張ってもらった。
ダブルスを組んだのは四天王寺高校時代に遡る。2020年のことだ。大藤は中学校時代から全国中学校卓球大会女子シングルスで優勝したり、シニアの全日本卓球選手権大会で芝田沙季とダブルスで優勝するなど実力を見せていた。同じ中学に通っていた同学年の横井も、全中シングルスで3位など多くの大会で活躍し、いわばライバルの関係。ただ、横井にはダブルスの経験がそれほどなかったので、「最初は本当に大藤に引っ張ってもらっていました」と言う。
が、大藤はまったく違う意見だ。
「引っ張ったという感じじゃないです。ただ、組んだときは、こんなに合わないパートナーがいるのかってぐらい弱くて……。横井はずっと攻めの選手で、逆に自分は守りの選手だったので、彼女にしてみたらやりづらいだろうなと思っていました」
それでもインターハイで2年連続優勝。同世代の中では抜きん出ていた。だが、今の日本の女子卓球界を思えば、そこから上を目指すのは大変である。転機をもたらしたのは、元日本代表選手である坂本竜介コーチに指導を仰いだことだった。
「技術もですが、精神面でめちゃくちゃ変えてもらいました。たとえば、自分はあんまり気にする性格じゃなくて、ミスしてもミスっちゃったなぐらいの感じだった。でも、同じミスを繰り返すことについて、けっこう言ってもらって。上に行けば行くほど1本が大事になるという、プロになる心得とか覚悟を、もうたくさん教えてもらいましたね」(横井)
「横井はポジティブだから、“オマエそんなことやったらダメ”って怒られる(笑)。私はネガティブだからやさしく教えてもらいました。こういう考え方をすれば、この先負けたり、苦しくなったときでも乗り越えられるという感じで」(大藤)
それと同時に大藤は、プレイスタイルを超攻撃型に変える決断をした。
「変えるのは怖かったです。打ち方から全部がゼロからのスタート。最初は全然入らない。Tリーグでも2か月ぐらい勝てなかったし、苦しかった。ただ、本当に弱かったから、もうやるしかなかったんです」
24年4月からは海外へ進出。WTTシリーズ(上位選手が集って競うツアー大会)にも出場し、何度も優勝するほどの実力をつけたのだ。
空港での出迎え、やっぱ勝たないとダメ。
アジア選手権では、まず大きな関門があった。3回戦の北朝鮮戦だ。23年のアジア競技大会の準優勝ペアで、かつここで勝てば世界選手権の出場が決まる一戦でもあった。
「あれが一番緊張しましたね。相手の情報も、ほとんどなかったし、ここで勝てば世界ですから」(横井)
1ゲーム先行されたものの、落ち着いた試合運びで勝ち、準々決勝でタイ、準決勝で中国を撃破する。そして、日本人同士の決勝。相手は張本美和と木原美悠だ。このゲーム、フルセットまでもつれ込むが、なんと最終ゲームで大藤・横井ペアはラブゲーム(ゼロ封)を成し遂げる。
とにかくこの3年間で、自分がどれだけ伸びるか。二人でやっていきたい。
「相手はオリンピック選手だから、それに勝っただけでも日本の人は驚いたんじゃないでしょうか」(横井)
「メダルですね。帰りに空港にマスコミの方がたくさんいて、やっぱ勝たないとなと思いました」(大藤)
彼女たちにとって、近々の目標は5月に行われる世界選手権。「ずっとテレビで見ていた景色だから楽しんで頑張りたい」と大藤が言えば、横井は、「目指しているのは優勝」と言い切る。ただ、彼女たちの最終目標はあくまで3年後のオリンピックだ。
ここにはダブルス枠はない。世界ランキング上位3人が選ばれ、シングルス、ダブルス、団体を戦う。大藤は現在、日本人3位。気が早いがこのままならオリンピックだ。横井は9位。なのだが、選手の実力は横一線で誰が選ばれても不思議ではない。日本は選手層が厚いのだ。
「一緒に代表になってダブルスで金メダルというのはベスト。でも、そのためにはランキングを上げないと。自分では2年後までには世界15位以上にしないとオリンピックはないと思っています。大藤はもちろんライバルだけど、やっぱり一緒に頑張っている仲間。ですから二人で行けたらうれしいですね」(横井)
「オリンピックは二人が目指しているところです。横井は本当にめちゃくちゃ強くて、もっと上に行く選手だと思っています。ずっと刺激をもらっているというか、自分がマイナスな気持ちになると、いつも助けてくれたりする。今の選手では若い張本選手は、これから強くなっていくと思うけれど、とにかく自分がこの3年間でどれだけ伸びるかが重要。横井とやっていきます」(大藤)