極地旅行家・角幡唯介|北極圏の寒さに耐えるための脂肪コントロール術。
過度についた脂肪をなんとかしたい。それが、我々一般人が願う脂肪コントロールだが、極地を目指す探検家にとっては生死に直結する問題。毎年グリーンランドでの長期漂泊行を継続する角幡唯介さんは、カラダに脂肪を蓄えることで「寒さに耐えるカラダづくり」を実践する。その脂肪コントロール術とは?
取材・文/神津文人 撮影(プロフィール写真)/園山友基 イラストレーション/岡田成生
初出『Tarzan』No.894・2025年1月4日発売

脂肪があると北極圏の寒さが案外辛くないんですよ。
角幡さんの脂肪増の心得
- 目標は通常体重+10㎏。
- 有酸素運動を減らす。
- 欲望を解放し夜に脂を摂取。
- 炭水化物(米)の量を増やす。
- 三食+間食+夜食。
2019年から犬ぞりでの旅を始め、毎年グリーンランド北部で2か月近くの長期漂泊行を継続している角幡唯介さん。拠点とする北極圏の村・シオラパルクには体重を増やしてから向かう。
「脂肪が多いと暖かい。それはもう間違いないですね。最近は、1月の半ばぐらいにシオラパルクに入って犬ぞりの訓練をするんですけど、その時期ってかなり寒いんです。マイナス30度、寒い年だとマイナス40度ぐらいまで下がります。犬ぞりは指示を出して犬を走らせるだけなので、訓練中に自分のカラダが温まっていくことはないんですが、脂肪がついているとそんなに辛くないんです。それが現地入りして2週間、3週間経って痩せてくると、寒さに耐えられなくなってカラダがブルブル震えだすんです。それで、犬と一緒に走ってカラダを温めたりするんですが、現地入り直後の寒さに慣れてない段階の方が暖かいのは、脂肪の効果だと思います」
増量のコツは欲望を解放して食べること。
では、どのようにして脂肪を蓄え、体重を増やすのか。特別なことはしていないと角幡さんは言う。
「一日三食の食事は家族と一緒に食べるので、増量のための特別なメニューがあるわけではありません。普段より白米の量を増やすぐらいです。あとは間食と夜食ですね。おやつにポテトチップスやコンビニスイーツを食べて、寝る前にインスタントラーメンやカップラーメンを食べる。節制せずに食べられるだけ食べていると、ある程度までは自然に太ります」
普段はランニングなどのトレーニングをしている角幡さんだが、グリーンランド出発の約1か月前の増量タイミングでは、カロリー消費を抑えるためにトレーニング量を減らすという。
腹八分目に抑えて、コツコツと有酸素運動に取り組むというダイエットの定石の逆を行くのが、増量のコツというわけだ。

増量時は白米の量を増やし、間食にポテトチップスやスイーツを、夜食にインスタントラーメンを食べる。コンビニスイーツで一番食べるのが、生クリームが入ったどら焼き。
美味しいはずの焼き肉が増量で楽しめなくなる。
角幡さんが最も増量したのが、著書『極夜行』で書かれた極夜探検の前。犬ぞりを始める以前、自身でそりを引いて探検をしていた頃は、通常体重プラス10kgを目標に増量していたという。
「当時は80kgを目標に増量していて、一番増えたときで79.9kgだったかな。体重計に乗る前にトイレに行ったんですけど、行かなきゃ80kgに届いていたなと(笑)。僕の場合、通常体重からプラス4、5kgまでの増量はそんなに難しくないんです。健康を考えずに間食や夜食で好物を食べていれば、それなりに増える。ただ、そこからもう5kgとなると大変で。好きなはずのラーメンも美味しくなくなってくるんです。それこそ極夜行の前は、焼き肉店での壮行会が続いて、普段だったらめちゃくちゃうまいって喜んで食べるはずなのに、体重がかなり増えているタイミングだったので食べたいっていう気持ちが湧いてこない。美味しいはずの焼き肉を楽しめない。でも体重を増やすために食べる。増量末期はそんな状態になっていました」
北極圏での探検は1日当たり5000キロカロリー摂取。
狩猟をメインにしている現在の犬ぞりを使った長期漂泊行では、事前の準備はあえて最低限にし、獲れたものを食べることを基本としているが、自身でそりを引いて探検をしていた頃は、1日5000キロカロリー摂取を想定して食糧を準備していたという。極寒の地で行動をしていると、体温維持のためだけでもかなりのカロリーが必要だからだ。
「持っていける荷物にも限りがあるので、100g当たり500キロカロリーで1日分が1kgで収まるようにしていました。クッキータイプの栄養補助食品は1箱80gで400キロカロリーあって、ビタミンも摂れるので便利。あとは、チョコレートを溶かしてサラダ油、きな粉、胡麻を混ぜて固め直した自作のチョコバーも欠かせません。探検初期は味がくどくて美味しいと感じないんですけど、痩せてくるととにかく食べたくなる。出発前はこれぐらいで十分だろうと思って持っていくんですけど、探検の後半になると、もうこれっぽっちしか残ってねーのかよって毎回思ってますね(笑)。最近よく食べるのはアザラシの脂。干し肉や干し魚に塗りたくって食べるんですけど、今世界で一番美味しいと思っている食べ物です」
食糧不足になり、1日5000キロカロリー摂取が難しくなると体重は激減する。探検前との比較で15kg近く痩せてしまったこともあるという。それだけ北極圏での探検は過酷なものなのだ。

クッキータイプの栄養補助食品は現在実践中の長期漂泊行にも必ず持参。普段はチョコレートをほとんど食べないという角幡さんだが、探検時は自作のチョコバーが欠かせない。
Profile
角幡唯介(かくはた・ゆうすけ)/作家・探検家。『極夜行』(文藝春秋)でYahoo!ニュース本屋大賞ノンフィクション本大賞、大佛次郎賞を受賞。近著に『地図なき山—日高山脈49日漂泊行』(新潮社)、『裸の大地』第一部・第二部(集英社)、『書くことの不純』(中央公論新社)。