時間割とコンディショニング

「PC? 持ってないよ。仕事はスマホで」建築家・隈研吾さんのコンディショニング術。|時間割とコンディショニング

世界にはさまざまなタイムラインで働く人がいる。超多忙な生活を送りながら、溌溂に活動をしているあの人は、いったいどうやって日々、コンディションを整えているのだろう。インタビュー連載の初回は世界5カ国にオフィスを構え、400人以上のスタッフを束ねる世界的建築家・隈研吾さんが登場。豆腐の朝食や運動を習慣化するための工夫、そして「物を持ち歩かない」独自の健康法について話を聞いた。

取材・文/平岩壮吾 撮影/永禮賢

隈研吾
Profile

隈研吾(くま・けんご)/建築家。1954年生。1990年、隈研吾建築都市設計事務所設立。慶應義塾大学教授、東京大学教授を経て、現在、東京大学特別教授・名誉教授。50を超える国々でプロジェクトが進行中。自然と技術と人間の新しい関係を切り開く建築を提案。主な著書に『隈研吾 オノマトペ 建築 接地性』(エクスナレッジ)、『日本の建築』(岩波新書)、『全仕事』(大和書房)、『点・線・面』(岩波書店)、『負ける建築』(岩波書店)、『自然な建築』、『小さな建築』(岩波新書)、他多数。

Morning

Morning

  • 毎朝、起きてすぐ30分程度の運動をする。
  • 絶対に“ジム付き”のホテルに泊まる。
  • 朝食はオリーブオイルをたっぷりかけた豆腐。
  • オープンカーで日差しと風を浴びて出社。

建築家は早朝から走る

隈研吾さんの履いている靴

出張の荷物を最小限に抑えるための鍵となるのがシューズ選びだ。「今日履いているトッズの靴は、底がゴム製で滑らない。汚れはするけど、これがあればほとんどの現場は対応できる」と隈さん。「いかに荷物の容量を減らせるかが大事なんです」

隈研吾さんの朝はいつも同じ始まり方をする。

「毎朝、起きてすぐ30分程度の運動をするんです。家にあるトレッドミルで走ったりバーベルを持ち上げたり、上半身から下半身までまんべんなく動かしています。ここ7、8年の習慣かな。それまでは水泳党だったんだけど、朝から冷たい水に入るのはハードルが高いでしょう。それに友だちの医者が唱えている、骨に振動を与えるとホルモン分泌が促進されるという説に則ってみようと思って。水泳党のときは忙しくて数週間泳げないこともあったけれど、今のスタイルに変えてからは毎朝欠かさず続けられていますね」

“毎朝”という言葉に嘘はない。海外出張の滞在先でも、普段と変わらぬルーティンを続けている。

「一昨日北京から帰ってきたんだけど、帰国日の朝も6時にホテルを出なきゃならなかったので、5時からトレーニングをしてました。だから、“ジム付き”であることは泊まるホテルの必須条件になってますね。毎日やるのが大事なんです。1日の生活リズムのなかに身体を動かすことを取り込む。それをしないと1日が始まらない。そういう状態にできれば習慣化できる気がします」

日課のトレーニングが終わると、次は朝食の時間だ。

「ここ数年はずっとお豆腐を食べてます。毎日ワンパックほど、オリーブオイルをたっぷりかけて。茗荷や海苔をかける日もありますけど。つくるのも楽だし、タンパク質を摂れるのがいいんです」

腹ごしらえのあとは身支度をして青山の事務所へ。ドライブ好きの隈さんにとっては移動そのものが大事なリフレッシュ時間になっている。

「毎日、ミニクーパーで屋根を全開にして走ってます。雨じゃなければ、真冬でも。これも一種の健康法だね。ミニに乗り換える前はサーブのカブリオレ。ちゃんと日が差すカブリオレじゃないとダメなんです。それが選ぶ車の基準ですね」

出社時間は早い。事務所のスタッフとの打ち合わせは朝の8時台から始まることもある。

「平均すると、8時には出社しているんじゃないかな」

隈研吾さん事務所の風景
Afternoon

Afternoon

  • ミーティングには模型を持ってきてもらう。
  • メールはシンプルに返事ができるオプションを添えて送ってもらう。
  • フライト中は手書きで原稿を書く。
  • 出張は手提げかばんひとつで。

パソコンは持たない派。仕事はスマホ一台で。

世界各地に400人以上の所員を抱える隈研吾建築都市設計事務所では、何百ものプロジェクトがつねに同時並行で進んでいる。隈さんが月に参加する打ち合わせは500件におよぶ(15分刻みのミーティングが連続することも!)というが、どのようにしてこの数をこなしているのだろうか。その秘密は、一件あたり10分で終わらせる独自のミーティング術にある。しかしどうやって?

「なるべく(所員に)模型を持ってきてもらうようにしているんです。もちろん、いつもというわけにはいきません。時間がなくて間に合わなかったら、3Dのレンダリングで代用することもある。でも、そういう具体的なものがあることで、より建設的な話し合いができるんです」

“具体”を囲んで話していると、クリエイティブな着想も問題点の修正案もおのずと出てくる。

「アイデアはひとりで考えるというよりも、ミーティングをしているときに湧いてきますね。問題があれば、プロジェクトの担当者と自由に議論して、その場でどんどん解決案を出していく。朝のトレーニングもそうなんだけれど、ひとつのことをずっとやっていると飽きちゃうんだよね。だから、細切れの予定を1日のなかに散りばめて、生活にリズムをつくっているんです」

具体を提示する隈事務所の仕事術は、メール上でのやりとりでも徹底されている。

「設計関係だと今日・明日で決めてくれ、という連絡事項がほとんどなので、メールは届いたものから即返信するのを心がけています。毎日100件いかないくらいかな。だから所員にはかならず、質問と一緒に選択肢を送ってもらっています。僕はそれに対して、「◯番目の案」とショートアンサーで返していく。オプションをつくろうとすると、質問するほうも頭が整理されるので、仕事するうえではとても良い習慣だと思いますね」

隈さんがその意思決定をするのはスマホ上だ。パソコンは持っていない。というより、“持たない”と決めているのだそう。

「ノートパソコンって重たいじゃないですか。僕はものをなるべく持ち運ばないことが健康法だと思っているんです。だから、メールの返信も全部スマホで打ってます。事務所にある自分の机にもデスクトップは置いていません」

こうした日々のスクリーンワークに加え、隈さんのレギュラー業務には多くの出張が含まれている。海外出張も月に3、4回はある。しかし、その長いフライトが隈さんには「リラックスの時間」になっているという。

「出張が多いから、それが負担にならないようにするのが大事なんです。だから、飛行機に乗っているあいだは一切メールは見ないと決めていて。その結果、フライト中が普段よりリラックスできる時間になった。今では空港に向かうのが楽しみなくらいになってます(笑)」

さりとて、フライト中に仕事をしないわけではない。むしろ機内でこそ捗る作業がある。

「ヨーロッパ行きの便だったら10時間以上乗っているけど、食事と睡眠以外の時間は、本を読むか自分の原稿を書くかしています。執筆は紙とペンで。だから、離着陸のときもずっと書いていられるんです。搭乗してから食事が出るまでの1時間がいちばん捗る。20年、30年続けているから、手書き原稿はものすごい量溜まってますよ」

ものを持ち運ばない健康法は、出張でもその効果を発揮する。海外出張でも、隈さんの荷物はひとつの手提げかばんで収まるのだそう。

「靴も容積を取るから1セットだけ。今日履いているトッズは靴底がゴム製で、山のなかの現場でも滑らないから重宝してますね。険しい現場のときはもっと本格的な山用の靴にするけど、いずれにせよ履いていく靴だけです。ここでも、いかに持ち運ぶものを減らせるかが重要なんです。だから出張の準備も、いつも出発する日の朝にしています。荷物も手提げのかばんひとつに入るだけ。何を持って行こうか悩むこともないから、ストレスもまったくかからないんですよ」

〈隈研吾建築都市設計事務所〉の一角にある隈の席

〈隈研吾建築都市設計事務所〉の一角にある隈さんの席。扉で仕切られておらず、周りには進行中のプロジェクトや執筆中の原稿に関する参考資料が大量に置かれている。

〈隈研吾建築都市設計事務所〉の一角にある隈の席。
控えめに言って綺麗に整頓されているとは言い難いように見えるが、本人はどこに何が置かれているかわかるという。
〈隈研吾建築都市設計事務所〉の一角にある隈の席
卓上には気分転換のアロマオイルやスプレーが並ぶ。デスクトップを置かないのが隈流だ。
隈研吾の原稿は手書き
これまで数十冊の著作を上梓してきた隈さんの原稿はすべて手書き。草稿はスタッフが打ち直し、編集者へ送られる。事務所には、20年以上にわたって書き溜めた膨大な直筆原稿が眠っているという。

上/所員が書き込むスケジュールボード。国際色豊かな所員が日々、目まぐるしく事務所を出入りする。下/プロジェクトの打ち合わせは、卓上に置かれた模型を見ながら進行する。バランスボールのように座っているだけで背筋が伸びる可動式チェアが隈さんのお気に入り。

〈隈研吾建築都市設計事務所〉の一角
Evening

Evening

  • 夕食はタンパク質を意識。
  • お酒はもっぱらナチュラルワイン。
  • カフェイン・間食は摂らない。
  • どんなに忙しくても湯船に浸かる。
  • アイマスクを常に携帯。

睡眠目標は設けない

ガラスで区切られた開放感のあるミーティングルーム

ガラスで区切られた開放感のあるミーティングルーム。窓の向こう側には、隈事務所が設計に携わった国立競技場の眺望が広がる。

上/模型室では、模型を専門に制作する所員たちが作業を進める。中/これまでに手がけてきたプロジェクトの完成模型。下/所員の作業スペース。フリーアドレスで日毎に座る席を選ぶことができる。

打ち合わせや現場視察、執筆や原稿確認などの作業は夜まで及ぶ。夕飯を食べるのはやっと夜も9時や10時になってから。けれど、それは意図的な選択で、この時間が1日のクールダウンになっている。

「コロナ禍を機に、遅い時間に夕飯を食べてそのまま帰宅する生活に変えたんです。それまでは、6時半とかに食事をして、それから事務所に戻って夜中の12時頃まで仕事をするスタイルだったんだけど、コロナのときにめんどくさくなっちゃって。それでガラッと朝型に。自分にとっては大きな転換でしたね。それからは、夜の食事がリラックスする時間になりました。だから、食事もカジュアルなほうが良い。出張先でフォーマルなイベントに呼ばれるときもそこではほとんど食べないで、終わってから近くの料理屋にスタッフと行くことも多いですね」

食事の内容は“偏らない”が第一原則。かといって、栄養バランスを気にしすぎることもしない。

「極端なことはしてないです。野菜をなるべく食べようとか、魚と肉を満遍なく食べようと心がけているくらいで。強いていえば、タンパク質を摂ろうという意識はあります。この前、韓国に出張したときも3日連続で焼肉でした(笑)。お酒はほぼ毎晩、リラックスできるくらいの適量を。最近はナチュラルワインばかり飲んでますね」

ちなみに日中は一切間食をしないそうだ。

「ここ数年、カフェイン断ちをしているんです。昔はコーヒーが大好きでよく飲んでいたんだけど、甘いものが食べたくなるでしょう。代わりに今はペパーミントティーにはちみつを入れて飲んでます。外にも持ち歩いているけど、間食もしなくなったし、カフェインを摂らなくなってから割とスッキリしている気がします」

帰宅は深夜近くになることもあるという隈さんだが、それでも入浴は欠かさない。

「夜はどんなに遅くなっても、お風呂に浸かるようにしています。温度は少し熱め。浸かってる時間は10分もないくらいだけれど、そこで少しリズムを整えて就寝に備えるんです。時々浴槽でお湯に浸かりながら寝ちゃうこともあるんだけどさ(笑)」

ベッドに入るのは12時か1時ごろ。睡眠時間は平均すると一日4、5時間だという。

「睡眠の目標時間は設けないようにしています。目標を設定すると、達成できなかったときにストレスになるから。次の日の朝の予定に合わせて、寝られるだけ寝る。それだけです。リラックスしているのでいつもすぐに寝ちゃいますね。導眠剤は飲んだことがない。でもここ6、7年はアイマスクを付けるようになりました。眠りが深くなった気がしますね」

建築家・隈研吾さんのコンディショニング術

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