人生を懸けた文句なしの一発勝負

長年、さまざまな競技で取材を続けるスポーツフォトグラファー、岸本勉さん、中村博之さんが写真を通じて、“アスリートの素顔”に迫る。第十三回は中村博之さんが捉えたパリオリンピック競泳代表選手選考会。

撮影・文/中村博之

3月17日から24日まで開催された競泳国際大会代表選考会は、この夏に開催されるパリオリンピック代表選考会としても位置付けられていた。

競泳のオリンピック選考会は文句なしの一発勝負。決勝で日本水泳連盟が定めた『派遣標準記録』を2位以内で突破しなければいけない。

大会2日目に行われた注目のレース女子100mバタフライ決勝に出場した相馬あいは4位でオリンピック出場を逃した。翌日に行われた50mバタフライ予選レース前、選手待機所でレースを待つ彼女にレンズを向けると寂しそうな表情で遠くを見つめていた。

しかし、夢破れたレースから6日間。涙を見せず、気持ちも切らさず、目の前のレースに集中し、50m自由形では予選・準決・決勝と自己記録の更新を続けた。50m自由形決勝後はすぐにプールサイドに上がらず、オリンピック内定を決めている池江璃花子に手を差し延べ優しく勝者を讃える。

引き上げて来る彼女にレンズを向けると、目に涙を少し浮かべながら『決勝でも自己記録を更新しました!』と自分に言い聞かせるかのように言葉にして、最後まで相馬あいらしく笑顔でプールを去った。

渡部香生子は中学3年の時に2011年ジャパンオープン平泳ぎ3種目で優勝しメディアから注目され、2015年カザン世界選手権では200m平泳で金メダルを獲得。2016年リオデジャネイロオリンピック、2020年東京オリンピックにも出場。日本の女子平泳ぎを長年牽引してきた。

少し感情的になる表情もフォトグラファーにとっては魅力的で、最後は笑顔でオリンピック出場を決めた姿がイメージできるアスリートの一人だ。そんな彼女も今回は敗者となった。俯きながら感情のままに涙を流す姿は悲しいはずなのに、ファインダー越しに見えるシーンであたたかい気持ちになった。『KANAKO』と刺繍してあるTシャツを着た素敵な仲間達がプールから引き上げる彼女の真後ろから優しい表情で見守っていた。

2016年リオデジャネイロオリンピック男子800mフリーリレー銅メダル獲得に貢献した江原騎士はとにかく人懐っこい。レース前の練習中に『今大会が最後のレースになるので、写真お願いします!』と満面の笑顔でフォトグラファー達に話しかけてくる。

大会期間中はカメラを向けるとガッツポースやピースでシャッターチャンスを演じてくれる。1コースでスタートした男子200m決勝は惜しくも6位でリレーメンバーに入れなかった。顔を涙でくしゃくしゃになりながら電光掲示板を見る姿は、最後だと言葉にしながらも本気でオリンピックを狙っていたと強く感じた。

一発勝負の競泳オリンピック選考会の撮影は毎回本当に疲れる。その1レースが選手達の人生に大きな影響を与え、この8日間に選手とコーチの4年間の人生を懸けた想いが詰まっている。全員を紹介する事はできないが、魅力的で人間味あふれる素敵なスイマー達が沢山いた。

相馬あい(バタフライ)高校時代は全国大会で決勝に残れるような選手ではなかった。中京大学入学後、オリンピック出場を狙える選手までに成長した

相馬あい(バタフライ)オリンピック出場を逃した翌日のレース直前。寂しそうな表情で遠くをみつめていた

相馬あい(バタフライ) 1位を狙っていた50mバタフライでも高校生の平井瑞希に敗れ2位に終わった

相馬あい(バタフライ)大会最終日に行われた50m自由形決勝。レース前に気合を入れる

相馬あい(バタフライ)涙を堪えてレースに集中し、最後も笑顔で1枚!

渡部香生子(平泳ぎ) どちらかというと笑顔の写真は少ないような気がするので、 シャッターチャンスは逃さないように気をつけている

渡部香生子(平泳ぎ)オリンピック出場を逃し、目を真っ赤にして止まらない涙が、遠くからファインダーを覗いていても確認ができた

江原騎士(自由形)フォトグラファーを見つけると、しっかりカメラ目線で満面の笑顔

江原騎士(自由形)パリオリンピック出場を逃し、ゆっくりした足取りで引き上げていった

佐藤翔馬(平泳ぎ)激戦となった男子200m平泳ぎ決勝を5位で終えて無表情で引き上げていったが、右手に持っていたキャップを力強く握りしめていた

渡辺一平(平泳ぎ)男子200m平泳ぎ元世界記録保持者。コロナウイルスの影響で延期になった東京オリンピックは落選。2大会ぶりのオリンピック出場を決め、パリオリンピックでは金メダルを目指す

難波実夢(自由形)代表内定を決めた小堀倭加と女子自由形を引っ張ってきたが、惜しくも派遣標準記録には届かなかった

牧野紘子(バタフライ)2016年リオデジャネイロオリンピック、2020年(2021年)東京オリンピックと2大会連続で出場を逃す。パリオリンピックが初出場で笑顔の写真が多かった

高橋美紀(背泳ぎ)オリンピック出場は逃したが、世界選手権やアジア大会では日の丸を背負いトビウオジャパンとして戦ってきた

高橋美紀(背泳ぎ)オリンピック内定を決めた直後の大橋悠依に、自分の事の用に喜び抱き合っていた姿が印象的だった

古林毬菜/秀野由光(背泳ぎ) 共にオリンピック出場の夢は絶たれたが、レース後に力強く抱き合い健闘を讃えあった

塩浦慎理/中村克(自由形)男子自由形短距離を切磋琢磨しながら引っ張ってきた競泳界の『ナイスガイ』二人

中村克(自由形)今大会は結果を残す事ができなかったが、それでも『絵』になるアスリートだ

塩浦慎理(自由形) 30歳を超えて鍛えてきたこの身体を見たら言葉はいらない。オリンピックに懸けた想いを十分に感じた

入江陵介(背泳ぎ)
長年に渡り日本水泳界を牽引してきたが、惜しくもパリオリンピック出場を逃す。レース後、記者が待つミックスゾーンに向かったが、引き返してきて会場をゆっくり見回す姿が印象的だった

小方颯(個人メドレー)
男子200m個人メドレーでは瀬戸大也に続き2位に入ったが、100分の1秒届かずパリオリンピックは落選。落胆している表情がこの選考会の厳しさを物語っていた

小方颯(個人メドレー)
男子200m個人メドレーでは瀬戸大也に続き2位に入ったが、100分の1秒届かずパリオリンピックは落選。落胆している表情がこの選考会の厳しさを物語っていた

緒方颯(個人メドレー)
4年後のロサンゼルスオリンピックを目指して挑戦が始まった

瀬戸大也(個人メドレー)高校3年生の時に出場したロンドンオリンピック選考会では3位で出場を逃すも、2016年リオデジャネイロオリンピック、2020年(2021年)東京オリンピックと2大会連続で出場。2016年リオオリンピックは400m個人メドレーで銅メダルを獲得。世界選手権は7大会連続でメダルを獲得。パリオリンピックも日本のエースとして金メダルを狙う!

フォトグラファー・中村博之

中村博之(なかむら・ひろゆき)/1977年生まれ、福岡県出身。1999年スポーツフォトエージェンシー『フォート・キシモト』に入社。2011年フリーランスとして活動を始める。オリンピックは夏季冬季合わせて10大会を取材。世界水泳選手権は2005年モントリオール大会から取材中。2015年FINA世界水泳選手権カザン大会より、世界水泳連盟のオフィシャルフォトグラファーを担当。国際スポーツプレス協会会員(A.I.P.S.)/日本スポーツプレス協会会員(A.J.P.S.)。