【競泳・塩浦慎理】“戦い続ける日本最速”を捉えた写真の軌跡
長年、さまざまな競技で取材を続けるスポーツフォトグラファー、岸本勉さん、中村博之さんが写真を通じて、“アスリートの素顔”に迫る。第一回は中村博之さんが捉えた【競泳・塩浦慎理選手】。
撮影・文/中村博之
世界のスイマー達に叩きのめされるかもしれないのに、もう一度世界の表彰台を本気で目指し立ち上がった
競泳日本最速の男を一言で表現するなら『ナイスガイ!!』。
50m自由形21秒67の日本記録保持者で、31歳とベテランの領域に入った今もなお世界と戦い続ける塩浦慎理(しおうら・しんり)。
2016年6️月、一部のオリンピック日本代表選手団はヨーロッパグランプリに出場していた。場所はスペインのバルセロナ。当時十代で日本代表に選ばれていた池江選手、今井選手など若い選手も出場しており、最年長の彼は買い物に付き添い面倒をみて、どこにも所属していないフリーランスの僕に『お疲れさまです!暑いっすね』と気遣いをみせてくれる。ファインダー越しに観察していると誰に対しても随所に優しさを感じた。
僕は彼の優しさに戸惑いつつも、じわじわと心に残っていった。多分、フォトグラファーなんて些細な事で被写体に興味を持つのだと思う。
それから3年後の2019年日本選手権50m自由形で日本記録新記録を樹立。2020年東京オリンピックでは日本人選手にとって最も厳しいといわれている自由形のスプリントで、世界に真っ向勝負をする、はずだった。
しかし、新型コロナウィルスの感染拡大で全世界の人々の生活が止まり、スポーツも多大な影響を受けた。
何とかオリンピックの中止は免れ、1年延期で開催が決定。オリンピックアスリートは4年に1度開催される大会にピークを作らなければいけない。日本選手権や世界選手権で活躍をしてもオリンピックに出場できず涙を飲んだ選手達を過去に沢山撮影してきた。
この1年延期はアスリート達はもちろん、彼にとっても辛いものだったのだろう。最終的に彼はリレーメンバーとして東京オリンピックに出場したが、個人成績は芳しくなく、その時期の写真を見返すと表情に元気がない。
そんな彼も父親になった。子どもに、奥さんに格好良い姿を見せたいという強い思いで、身体はボロボロのはずなのに、世界のスイマー達に叩きのめされるかもしれないのに、もう一度世界の表彰台を本気で目指し立ち上がる。その姿を、今も僕は追い続ける。
フォトグラファー・中村博之
中村博之(なかむら・ひろゆき)/1977年生まれ、福岡県出身。1999年スポーツフォトエージェンシー『フォート・キシモト』に入社。2011年フリーランスとして活動を始める。オリンピックは夏季冬季合わせて10大会を取材。世界水泳選手権は2005年モントリオール大会から取材中。2015年FINA世界水泳選手権カザン大会より、世界水泳連盟のオフィシャルフォトグラファーを担当。国際スポーツプレス協会会員(A.I.P.S.)/日本スポーツプレス協会会員(A.J.P.S.)。
Instagram:@picsport_japan