ランナー必見! 本番の頑張りを最大化する「糖質摂取術」
トレーニングやレースの前・中・後の糖質の摂り方、しっかり頭に入れておこう。
取材・文/井上健二 撮影/山城健朗、谷 尚樹 スタイリスト/高島聖子 ヘア&メイク/天野誠吾 取材協力/田山寛豪(流通経済大学スポーツ健康科学部助教)
初出『Tarzan』No.783・2020年3月12日
目次
強度によって、糖質摂取を変える。
減量のために走る人は多い。ランなどの有酸素運動は、酸素を介して体脂肪を燃やせるからだ。でも、有酸素は体脂肪だけを原料にしているわけではない。糖質も欠かせない。
運動の2大エネルギー源は、糖質と脂質(体脂肪)。両者は仲良くつねに一緒に使われている。その利用率は運動の強度、有酸素ならペースによって変わってくる。
強度が高いほど糖質が使われる率が上がり、低いほど脂質の使用率が上がる。
その理由は、強度が高くなると多くのエネルギーを素早く供給することが求められるから。糖質の方が脂質よりエネルギーになりやすいため、強度が上がると糖質の利用率がアップするのである。
だから同じ有酸素でも中身によって糖質の摂り方を変えるべき。
「長距離をゆっくり走るLSD(ロングスローディスタンス)のような軽めのトレーニングは脂質メインで糖質の補給は必ずしも必要ありませんが、ハイペースの運動を休み休み行うインターバルのような高強度の練習は糖質もいるのでスポーツドリンクなどから補います」(流通経済大学スポーツ健康科学部助教でトライアスロン部監督の田山寛豪さん)
運動前に糖質を摂りすぎるのはNG。
糖質は運動に欠かせないが、事前に摂りすぎるのはマイナス。インスリンショックの恐れがあるからだ。
膵臓から分泌されるインスリンは、筋肉などに作用して血糖(糖質)を取り込む輸送体であるGLUT4を細胞膜の上へ移動させる。そして食後に増える血糖を細胞に取り込ませ、血糖値を下げる。運動の30〜45分前にご飯やパンといった糖質を多く含む食事をすると血糖値が急に上がり、インスリンの分泌が増えてくる。
一方、運動を始めると自律神経のうち交感神経が優位となり、インスリン分泌は抑えられる。だが、運動中の筋肉は安静時とはスイッチが切り替わり、GLUT4が勝手に細胞膜上へ移動し、インスリンを介さずに血糖がどんどん取り込める。運動前に分泌されたインスリンと、運動中の筋肉による血糖の取り込みという相乗効果で、運動をスタートしてほどなくすると一時的な低血糖に陥り、パフォーマンスが下がる恐れがある。これがインスリンショックだ。
糖質は肝臓と筋肉にグリコーゲンとして蓄積される。運動時は血糖とグリコーゲンの分解で、有酸素のような持久的な運動が求める糖質は十分カバーされるから、事前に糖質を摂りすぎないほうがいい。
運動後には、糖質とタンパク質を摂る。
持久的な有酸素を長時間続けると、筋グリコーゲンが消費されて減る。筋グリコーゲンは持久運動に欠かせないから、毎日のように有酸素を行うなら次に備えて速やかに補いたい。
運動後に筋グリコーゲンをチャージするなら、なるべく早く糖質を摂るのが正しい。なぜだろうか。
前述のように、運動に励むと、その主役である筋肉の細胞では、血糖を取り込むGLUT4が細胞膜上へ移動する。そして運動をやめた後でも、GLUT4はしばらく細胞膜上に留まり続ける。そのタイミングを逃さずに糖質を摂ると、血糖が筋肉に取り込まれやすくなり、筋グリコーゲンがスムーズに合成される。
糖質を摂って血糖が上がったときにタンパク質や脂質を補うと、消化管ホルモンの働きで筋グリコーゲンの蓄積が加速する(トレーニング効果を高める糖質の摂り方参照)。筋トレ派はタンパク質ばかり摂って糖質を疎かにしがちで、有酸素派はタンパク質を忘れがち。でも運動後は糖質、タンパク質、脂質の3大栄養素が必要だから、全部摂れるサンドイッチやおにぎりなどを食べよう。
あえて低糖質で運動すると…。
有酸素を続けていると糖質や脂質といったエネルギー源を使いやすい体質になる。筋肉に糖質(血糖)を運び込むGLUT4が増えるし、筋肉内で脂質を燃やしてエネルギーを作るミトコンドリアも増えるのだ。
変化を起こすきっかけは、筋肉内のAMPキナーゼという酵素。
有酸素などでエネルギーを大量に使うと、筋肉の細胞内はエネルギーの涸渇状態に陥る。そのストレスに対抗するために、AMPキナーゼが活性化されて、GLUT4やミトコンドリアの増量を促すのだ。
こうした体質の改善に有効なのが、「Training-Low, Sleep-Low, Training-High」という方法。筋グリコーゲンが少なくなるほど、AMPキナーゼが活性化しやすいという性質を利用したものである。
まずは朝食と昼食で糖質をしっかり摂り、夕方インターバルなどの高強度トレを行う(Training-High)。
トレーニング後は糖質オフの夕飯を食べて、あえて筋グリコーゲンを減らした状態で眠り、AMPキナーゼの活性化を狙う(Sleep-Low)。
翌朝は朝食前に一層筋グリコーゲンを減らしたまま、LSDなどの低強度トレを行う(Training-Low)。そして振り出しに戻り、朝食と昼食で糖質を入れて高強度トレに臨む。
朝夕の2部練習を行うアスリートには実践しやすい手法だが、筋グリコーゲンが涸渇すると筋肉のタンパク質が分解されやすく、疲労も溜まりやすいというデメリットもある。一般人が我流で真似るのは危険かも。
トレーニング前、 最中、直後の糖質の摂り方。
トレーニングの前、最中、直後は糖質などの栄養素をどう摂るべきか。整理してみよう。
インターバルのように強度が高いトレーニングは、事前に糖質を摂っておかないとこなせない。それ以外の低強度のトレーニングは、糖質を摂らずにやった方が代謝は高まり、糖質や脂質を利用する効率が高まる。これはダイエット目的で有酸素を行う人に、とくに有益な方法である。いずれにせよ水分補給はマストで。
運動中の摂取は強度以外に継続時間も鍵となる。90分以上なら、持続的にエネルギーを供給するマルトデキストリンなどを含むスポーツドリンクを摂りながら行う。それより短時間で終わるなら、発汗で失う水分と電解質をスポドリから摂る。
トレーニング後は失った筋グリコーゲンの回復のために糖質、タンパク質、脂質がいる。アスリートのように毎日ハードに鍛えている人は、運動終了後なるべく早い段階で食事&サプリで3大栄養素を摂ろう。
週2〜3回マイペースでトレーニングするタイプはもっと気楽に構える。終わった後の空腹を我慢せず、3大栄養素をたっぷり含む一汁三菜の食事を心掛ければOKだ。長い目で見ると栄養素の補給は、タイミングより絶対量の方が筋グリコーゲンの回復を左右しているのである。
本番の頑張りを最大化する糖質摂取術。
レースは糖質の摂り方次第でパフォーマンスに大きな差がつく。自己ベスト更新のためには、糖質をいかに摂るかがポイントになるのだ。
普段は空腹でトレーニングして代謝を高めて、本番ではエネルギー源となる糖質を摂るのが合理的。早起きできるなら(フルマラソンなどのスタート時刻はだいたい早朝だ)、いつも通りの朝食で糖質を摂る。
「和食党は、ぜひご飯とともにお味噌汁を飲みましょう。水分と塩分が補給できるので、とくに暑い季節は脱水の予防になります」
朝食が食べられないときは、カステラのように糖質が多くて消化も良いものを1時間前までに食べ終える。あまり直前に食べると、前述のように低血糖を起こす恐れがあるのだ。
レース中は、主催者側が用意したエイドのスポドリやバナナなどの補食から糖質をこまめ・少なめに摂る。
「お守り代わりに、デキストリンのように速くエネルギーに変わりやすい糖質を含むジェルをポケットに忍ばせておくといいでしょう。万一バテそうになったら、ジェルから糖質を入れて乗り切ってください」
いずれにしても大切なのは、事前の練習で糖質などの摂取法をシミュレーションしておくことだ。ぶっつけ本番でやるのは、新品のシューズでマラソンに挑むくらい危険である。