
教えてくれた人
廣野沙織(ひろの・さおり)/管理栄養士、料理家、クリエイター、〈セイボリー〉代表。お茶の水女子大学大学院で食品科学を専攻し、料理を科学的に美味しく作る方法や原理を研究。現在はレシピ開発、料理撮影など幅広く活躍する。
タンパク質の特性を知り、毎日の食卓を劇的に変える。

火を用いた加熱により、肉などのタンパク質と穀類の糖質が消化吸収しやすくなり、ヒトは脳と筋肉を発達させて、できることが一気に増えた。私たちの進化・繁栄を後押ししたのは、調理なのだ。
タンパク質を美味しく上手に摂り入れるには、肉や魚などが調理でどんな変化を起こすかを知っておくべき。それを学べるのがキッチンサイエンス(調理科学)だ。
「食品と調理をサイエンスで読み解くと料理がもっと楽しくなり、その味わいもアップします」(管理栄養士の廣野沙織さん)
各種食品中のタンパク質にはどのような違いと特性があり、それを活かして料理するには何をわかっておくべきなのか。12の例を挙げて知識を深めていこう。
1.ハンバーグの種をよく捏ねるのはなぜ?

肉のおもなタンパク質に、筋原線維を作るアクチンとミオシンがある。挽き肉を入れた種に塩を加えて白っぽくなるまでよく捏ねると、おもにミオシンが肉粒の表面に溶け出し、種の粘り気が増す。
「加熱するとタンパク質が網目状になり、接着剤の役割を果たして肉粒同士をつけ、脂肪や水分を抱え込んでジューシーに仕上がります」。
体温で挽き肉の脂肪が軟らかくなりすぎるのを防ぐため、手を氷水でよく冷やして捏ねるのもコツ。
2.肉を強火で焼くと肉汁が閉じ込められるって本当?
これは一種の都市伝説。肉を加熱すると表層のタンパク質が収縮して、押し出された水分が蒸発する。それによって表面はカリッとするが、肉汁を閉じ込める「防水膜」としての機能はない。
ただし強火での加熱は香りや焼き色を醸し、肉料理の風味をアップさせる意味で大切。
3.牛乳からチーズを作れるのはなぜ?

牛乳のタンパク質の約8割を占めるカゼインはカゼインミセルという小さな粒子として散らばり、表面にマイナスの電気を帯びて反発し合いながら漂う。
「そこへレモンなどの酸を加えるとpHが下がり、反発力が弱まって集まりやすくなり“カード(凝乳)”という白い塊になる。集めて濾すとフレッシュチーズができます」。
牛乳を予め温めると凝集が進みやすくカードを分離しやすい。濾して残った液体がホエイ。プロテインの原料だ。
4.茹で卵が生卵に戻らない理由は?
タンパク質は無数のアミノ酸が一列に並び、立体構造を取る。卵を加熱してもアミノ酸配列に変化はないが、立体構造は崩れて分子同士が絡まって固まる。それが一度茹でると生卵に戻らない理由。なかには立体構造が再生するタンパク質もあるものの、調理での再生はほぼ無理。
5.マメ科のなかでも大豆にタンパク質が多い理由は?
タンパク質の合成には窒素がいる。マメ科の植物は根粒菌という土壌微生物と共生しており、この根粒菌が窒素を供給してタンパク質の効率的な合成を助ける。マメ科のなかでも大豆は、発芽に備えて種子にグリシニンやβ-コングリシニンといった貯蔵タンパク質を大量に蓄える。
6.肉をヨーグルトに漬けると柔らかくなるって本当?

アクチンとミオシンからなる肉の筋原線維を酸性のマリネ液に漬け込むと、pHの変化で保水や結合の具合が変わり、柔らかくなることがある。
「ヨーグルトのような酸性のマリネ液で肉が軟化するという報告もありますが、その効果には肉の種類や条件によって差がある」。
鶏肉はヨーグルトに漬けても、硬さは変わらないという研究も。タンドリーチキン作りで事前に鶏肉をヨーグルトに漬けるのは、良い風味を付けるのがおもな狙いだ。
7.電子レンジで魚が焼けないのはなぜ?
レンジはマイクロ波のエネルギーを食品内部に吸収させて加熱する仕組み。火は通るものの、全体を加熱するため、グリルのように表面だけ水分を飛ばして焼き色を付けるような調理は苦手だ。最近はマイクロ波を吸収する素材で高熱を発生させて魚が焼ける容器も登場している。
8.魚が煮崩れしやすい理由とは?
肉は筋原線維とそれを支える結合組織からなる。結合組織の主成分はコラーゲンというタンパク質。魚の身は肉と比べて結合組織が少なく、コラーゲンも加熱で変性して溶けやすいため身が崩れやすい。煮魚は煮立たせすぎず、むやみに動かさないようにすると煮崩れしにくい。
9.照り焼きを美味しく仕上げるコツは?

香ばしい焼き色はメイラード反応によるもの。アミノ酸やタンパク質中のアミノ基と、糖質でも反応しやすい還元糖(ブドウ糖や果糖など)が加熱で結びつき、褐色に変わり香ばしさも生まれる。
照り焼きのタレの醬油にアミノ酸、本みりんにブドウ糖などの還元糖が含まれる。照りは後半に加えたタレを短時間で煮詰め、糖質を凝縮させて出す。
「早く入れすぎると、水分蒸発に熱を取られてメイラード反応が進みにくいので注意です」。
10.なぜ生ハムは生で食べられるのか?
生モノが腐るのは、増殖した微生物で腐敗が進むせい。微生物が増えるには「自由に使える水分」が欠かせないが、塩漬けや乾燥などを経ると水分が抜けるうえに微生物が自由に使える水分が減り、長期保存できて生に近い状態で食べられる。むろん規格に従った製造工程管理は必須。
11.加熱しても鮭の色は変わらないのに、なぜエビの色は変わるの?
鮭の身やエビの殻の赤色の源はアスタキサンチン(ASTX)。食物連鎖の末、鮭やエビに溜まる。エビのASTXは殻のタンパク質と結びつき、加熱で連結が外れると赤みが強まる。鮭は筋肉内に蓄積しており、タンパク質と強く結びついていないので加熱で色は大きく変わらない。
12.ステーキを焼くときの塩・胡椒の正解は?
塩を振ると表面に水分が出てくる。そのまま加熱すると、出てきた水分の蒸発に熱を奪われてしまう分、焼き色が付きにくい。事前に塩を振って出てきた水分をしっかり拭き取り、表面を十分乾かして焼き始めよう。胡椒は加熱で香りが飛びやすいので、仕上げに挽き入れるとよい。

